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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
決意表明です。今から俺の『運命の恋人』をつかまえに行きます。ご声援、お力添えのほど、お願い致します。
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家に帰ると、すでに店は閉まっていた。

苦労しながら階段を登ってリビングに行くと、テーブルの中央ではおでんの鍋が湯気を立てていた。

タイミングよく飯が炊ける音がする。


キッチンではエプロンをつけた父が、冷蔵庫からビールを出していた。こんな時間に家にいるのは珍しい。


「帰ってたんだ。残業が無いなんて、久しぶりだね」


「たまにはな。……いや、それより、どうしたその足!?」


「転んだ」


長電話が終わったらしい姉もリビングに入って来て、俺の姿を見るなり息を呑む。


「まさか颯太……学校でいじめられてるの!?」


勘弁してくれ。どれだけヘタレキャラなんだよ。


風呂場の方で物音がして、母が出て来る気配がする。さらに面倒なことになりそうなので、「食欲が無い」と言い残し自分の部屋に引きこもった。


何もかも嫌になって、コートを着たままベッドに倒れ込む。

イヤホンを耳に突っ込み、スマホにダウンロードした曲を再生した。耳に残るまゆらの声を消したくて、限界まで音量を上げる。


何を聞いても平気だと思った。受けとめられると思っていた。

彼女が見通す俺達の未来に、どんな悲しい出来事が待ち受けているとしても、乗り越えられると思った。

運命が敷いたレールから飛び降りて、二人で駆け落ちしようとすら思った。


でもあの病院でまゆらが語った言葉は、俺の青臭い決意を木端微塵こっぱみじんに叩き潰した。


隕石なんて落ちない。

どちらかが不治の病に侵されることもない。

実は血の繋がった兄妹だったとか、そんな衝撃の事実が明るみになることもない。


俺とまゆらの未来は、ただ穏やかで――

柔らかな金色の光に包まれているように、幸福だった。



大学を卒業後、俺は公務員試験に合格し、市役所の社会福祉課に配属。まゆらは地元の信用金庫に就職。

二年後のまゆらの誕生日、レストランで食事をして、その帰り道に車の中でプロポーズ。

姉貴が式挙げる予定の教会で俺達も結婚。

まゆらは仕事を辞めてうちの花屋を手伝いながら、フラワーアレンジメントの専門学校に通うようになる。

一年後に男女の双子が生まれ、三十六歳のときに三十年ローンで店の改築を決意。

店はそこそこ繁盛し、花屋に併設した小さなカフェも盛況で、長男が店の跡を継ぐ。

長女は大恋愛の末に親の反対を押し切って高校在学中に結婚し、専業主婦になり八人の子供に恵まれる。

俺は定年と同時にローンを完済し、その後は店と家を長男夫婦に譲り、まゆらと二人で小さなマンションに移り住む。

毎朝二人で散歩をし、忙しい長男夫婦のために孫の保育園の送り迎えをし、ときどきは二人で花屋の仕事を手伝い、俺は市の集団検診で血圧高めと診断されて、そんな俺のためにまゆらは毎日の食事に細心の注意を払うようになって、そして二人は――


『……最後まで聞く?』


まゆらは静かにたずねた。

頷こう。そう思ったのに俺の首は動かなくて、代わりに喉が鳴った。


映画のあらすじのように淡々と語られる俺達の未来に、当然のことながら現実感が湧かなかった。


まゆらの手に重ねた手の平が、ひどく汗ばんでいた。慌てて手を離してジーンズの腿で拭く。


指先が小刻みに震えるのを、抑えることができなかった。

興奮や感動とは違う。強いて名前を付けるなら、恐怖だ。


『大丈夫?』


多分、相当ひどい顔色になっていたはずだ。

まゆらの心配そうな声が、やけに遠く聞こえた。


眼鏡を外して、目頭を強く押さえた。

そんなことをしても意味がないとわかっていたけど、度の強すぎる眼鏡をかけて気分が悪くなった時の感覚に似ていたから。

急に細部まで鮮明になった視界を、網膜と脳が拒否するように。

急に遠くまで見通せるようになった未来を、俺の思考と体が拒否していた。


まゆらが、バッグからペットボトルを出して渡してくれる。

温くなって少し気が抜けた炭酸水は、かすかにグレープフルーツの味がした。

少しだけ、気分がましになった。


『それが俺を避け続けた理由?

でも――』


でもその未来は、俺にとっては、十分すぎるほど幸せに思える。

勿論まだ戸惑いだらけだし、すぐには受け入れられない。でもそれでも未来の俺は、ちゃんとまゆらを幸せにすることができる。その事実に、改めてほっとした。


『……すごいね。男女の双子? 全然想像できない』


『男の子は颯太に似ていて、女の子は私に似て融通がきかないの』


『女の子は、家族の反対を押し切って結婚って……どんな相手なの?』


『反対するのは主に颯太よ。

普段はどん に仲が良くても、娘の結婚相手となると話は別みたいね』


『どういう意味?』


『今はまだ、知らないほうがいいと思う。

そもそも私達がこのまま――ずっと親友のままで結ばれなければ、その未来は消滅するわ。二人がこの世界に生れ落ちることもなくなるの。

だから、知る必要はないと思う』


そう言いながら顔を強張らせるまゆらを、レンズを通さない裸眼で直に見つめた。


ずっと聞けなかった俺達の恋の未来。それを教えてもらえば、まゆらが俺を拒む理由もわかると思っていた。


でもこうして、絵に描いたように幸福な未来を聞かされたあとでは、謎が深まるばかりだった。




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