表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
決意表明です。今から俺の『運命の恋人』をつかまえに行きます。ご声援、お力添えのほど、お願い致します。
40/58




∞ ∞ ∞ ∞


右足甲の骨折、全治一カ月。

白い靴型のギプスで固定してもらい、慣れない松葉杖を使って診察室を出る。


まゆらは、受付の前のソファに座って待ってくれていた。


「手術は?」


「大丈夫。三週間はギプスで、あとは通院だって」


青ざめていたまゆらの顔に、少しずつ血の気が戻る。


「ごめん。午後の授業、サボらせちゃったね」


「……謝ってばっかりね」


口数が少ないまゆらの後について、エレベーターに乗り込む。

一階の待合ロビーは混んでいた。財布から出した保険証と、看護師に渡されたファイルを会計窓口に持って行く。


その間ずっと、まゆらは俺に付き添ってくれていた。


名前を呼ばれるまでは、まだ当分時間がかかりそうだった。

松葉杖につかまり、ギプスの足が床に付かないように気をつけながら、無器用に椅子に座った。


「どうしてこんな無茶するの」


「……ごめん」


まゆらは俺の隣に座ると、体の緊張をほどくように、ゆっくりと長い溜息をついた。


大学病院の広い待合ロビーで、見知らぬ人たちの話し声やテレビの音に耳を傾けながら、俺達は長いあいだ無言で座っていた。


まゆらが何を考えていたのかはわからない。俺はただ、切り出すことを躊躇していた。


俺には、どうしても聞かなくてはいけないことがある。


でもそれを聞いてしまったら、俺達の関係が決定的に変わる予感がしていた。




朝家を出た時からあたためていたはずの言葉は、いつのまにか冷え切って、喉の奥で頑固に固まっていた。


俺の様子がおかしいことに気付いたのか、まゆらは心配そうに俺の顔を覗き込む。


「大丈夫? まだ痛むの?」


「いや、痛み止めが効いてるから平気。そうじゃなくて――」


散々格好悪く迷った挙句、ようやく俺は切り出した。


「まゆら、ごめん」


「さっきのことなら、もう……」


「そうじゃない。そのことじゃないんだ」


俯いた視界に、真新しいギプスの白さが眩しい。


怖かった。二階から飛び降りた時より、何倍も。


それでもかろうじて顔を上げた。


「今までずっと、君独りだけに背負わせていて、ごめん。

教えて欲しいんだ。

俺達が恋に落ちたその先に、どんな未来が待ち受けているのか。

君が、何を怖がっているのか。

もう逃げないから、全部聞かせて欲しい」


まゆらは、泣きそうな顔で俺を見つめた。


強張った白い頬から、少しずつ力がぬけて行くのがわかった。


そのときになって、俺はようやく気付いた。

まゆらはずっと、この瞬間が来るのを待っていたんじゃないかって。




俺達はそのまま、しばらく見つめ合っていた。


杖を持っていない方の手を伸ばして、まゆらが膝の上に置いている手に重ねた。


まゆらの肌に直接触れるたびにちらつく、いつもの閃光に意識を乱されながら、それでも強く、小さな手を握り締めた。


それを合図にしたかのように、木苺色の唇が開く。




まゆらの唇からこぼれる言葉のひとつひとつが、金色の糸のように絡み合い、未来の俺達のラブストーリーを紡ぎ出していく。


美しく、幸福で、残酷で、どうしようもないくらい悲しいお伽噺。


俺には、そんなふうに聞こえた。




まゆらが口を閉じてからも、しばらくは、立ち上がることもできなかった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ