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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
速報です。『運命の出会い』が勢力を増して接近中です。急な動悸、めまい、息切れ等にお気を付け下さい。
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図書館の階段を登っている途中で、ジーンズのポケットに入れていたスマホが鳴った。


幼馴染のサブローからLINEが届いていた。

『振られ記録更新?』

情け容赦のないメッセージ。……なぜ知っている。


返事を打つのが億劫で、スタンプのアイコンをタップした。

親指を離した瞬間後悔する。

可愛らしいキャラクター達と胸やけしそうな甘いメッセージ、散りばめられたハートマーク。


付き合い始めの頃、早苗に『颯太のLINEは素っ気ない』と言われてダウンロードしたものだ。


しかし、つい三日前に『頭の中はダーリンだけでチュ』と言いながらネズミがチーズを齧っているスタンプを送って来ていたのに、『他に好きな人ができた』って、どういうことなんだ。女子の本音は計り知れない。


早苗を責めるのは筋違いだとわかっていながら、被害者モードに陥りそうになる。

結局そのままLINE画面を閉じ、スマホをポケットにねじ込んだ。

友よ、既読スルーで察してくれ。


図書館のドアを押すと、湿った落ち葉のような独特の匂いがした。

そういえば、初めて早苗と言葉を交わしたのもこの場所だった。

きっと、無意識の未練が俺をここに連れて来たのだろう。


早苗は、今までの女の子達とは明らかに違っていた。特別だった。

出会った瞬間は、もしかしたらこの子が《彼女》かもしれないって、本気で思ったんだ。


もともと、顔は知っていた。俺が人文学部で、早苗は教育学部。

同じ文系で学部棟が隣同士ということもあって、すれ違う機会は何度もあった。


肩の辺りで揺れる栗色の髪と、膝丈のフレアスカート。小動物のように黒目がちな瞳。

正直に言えば、何度か肩越しに振り返ったことがある。

でも可愛い女の子を目で追うのは男の習性。くせみたいなものだ。

多くの男は、実際に声をかけるほどの勇気も積極性も、自信も持ちあわせていない。勿論俺も。


キャンパスを行き交う華やかな女の子達の中で、早苗が俺の『特別』になったのは、ふとした偶然がきっかけだった。


初めて言葉を交わしたのは、この図書館。


俺はその日、レポートに使う資料をスキャンするために、何気なくコピー機の蓋を開けた。

ガラス板の上に、誰かのノートが置き忘れられていた。

空色の表紙に、白いマーガレットが散りばめられたキャンパスノート。

それを取り上げた瞬間――比喩ではなく、本当に息が止まった。


ブルーの罫線に挟まれて、等間隔で整列するボールペンの文字。

右上がりでも左上がりでもない、堅苦しいほどに整った、筆圧の強い文字。女の子らしい柔らかさや、可愛らしさとはかけ離れていた。


なのに、どうしても目が離せなかった。


心臓を素手で掴まれて、乱暴に揺さぶられているような感覚。

他人ひとの忘れ物のノートを――それもおそらく、女の子のノートの中身を覗くなんて、いけないことだとわかっていた。

それでも俺の目は、手は、欲望に忠実に動いた。指先が震えてうまくページをめくることができず、ひどくじれったかったことを、今でも覚えている。

時間を忘れてノートを読みふける俺の前に、小走りで現れたのが早苗だった。


『これ、君の?』


早苗は目を見開いて、恥ずかしそうに頬を染めた。


そんなふうにして、俺達の恋は始まった。

そしてその瞬間を最高潮に、あとはただ、緩やかに減速していった。


早苗も違った。《彼女》じゃなかった。

でもあの瞬間は、待ち続けていた『運命の恋』が、ようやく始まったと思ったんだ。




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