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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
決意表明です。今から俺の『運命の恋人』をつかまえに行きます。ご声援、お力添えのほど、お願い致します。
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足許から七メートル下のサザンカの植え込みに狙いをつけて、思いきりジャンプした。


恋は人を狂わせる。

平凡で常識の枠にとらわれた俺を、向こう見ずな馬鹿に変える。

それでも俺は、君に振り回されている俺が嫌いじゃない。

こんなにも俺をめちゃくちゃにする君を嫌いになれない。それが一番腹立たしいんだ。


何人もの悲鳴があがるなか、俺は無様に、でもなんとか植え込みに落下した。

落ちた時にひねったのか打ったのか、右の足首から脹脛ふくらはぎにかけてが、じわじわと痛みだす。

サザンカの枝や葉で、顔に引っ掻き傷もできたはずだ。

呻きながら体を起こすと、血相を変えたまゆらが駆け寄って来る。


「信じられない! 何してるの!?」


最初に二階から飛び降りたのは君だ。

『運命の相手』である俺と、出会わないようにするために。

でも俺達は出会って、恋に落ちた。

だから君が無茶をして俺から逃げるなら、俺は無茶して君を捕まえる。


「昨日、合コンに行ったって聞いた。友田って奴と二人で消えたって……嘘だよね?」


もう答えは知っているはずなのに、それでも嘘だと言って欲しかった。

『そんなことするわけないでしょ!』と、いつものように怒って欲しかった。


まゆらは一瞬だけ躊躇するようにまばたきをして、すぐに俺を見つめ返した。


「本当よ」


木苺みたいに可愛らしい唇で、容赦なく俺の心を串刺しにする。


「二次会を脱け出して、あいつとどこに行ったの?」


「猪爪町にある友田君のアパートよ」


まゆらは落ち着きを取り戻した表情で俺を見る。

その言葉だけは、聞きたくなかった。


ショックと動揺でめちゃくちゃの頭の中で、そんな資格もないのにまゆらを責める言葉ばかりが浮かぶ。


いくら追い払っても、まゆらが他の男と絡み合うイメージが消えない。

今まで一度も想像して来なかったまゆらのあられもない姿が、俺が今まで付き合ってきた女の子達の裸とのコラージュだということに気付いて、そんな自分に吐き気がした。


「あいつが好きなの?」


「そんなわけない」


じゃあどうして、と呻く俺に、まゆらは唇を結んだまま、何も答えない。


「……なんでそんなに馬鹿なの? 『割り切ったお付き合い』って、そんなふうに言ったら男がどう思うかくらい、わからないの?」


煮えくりそうなくらい腹が立っているのに、弱々しい声しか出てこない。

痛めた右足じゃなく、心臓が、どうかしているんじゃないかと思うくらい痛んだ。

まゆらは目を伏せて、しばらく考えていた。

それから、自分のなかの答えを探すように、一言ずつ言葉を繋ぐ。


「恋人を作るのもいいかもしれない、って、思ったの。ちゃんと私の気持ちを説明して、それでもいいって納得してくれる人となら、付き合ってみるのもいいかもしれないって……。

だけど、ちゃんと初めに伝えておかないと、フェアじゃないから。絶対に好きになれないってわかってるのに、それを隠して本気のふりで付き合うなんて、相手に対して失礼だって思ったから……」


不器用で真っ直ぐなまゆらの言葉に、息を呑んだ。

まゆらにそんなつもりがないことはわかっているけど、過去のずるい自分を責められているようで、うろたえた。

言葉に詰まる俺の前で、まゆらは悲しそうに眉を寄せた。


「颯太と実験をやり直すためには――また、前みたいな気持ちに戻って、『親友』として一緒にいるためには、そうすることが必要なのかもしれないって思ったの」


そうだ、この子はこういう子なんだ。

無鉄砲で、一生懸命なのに、ときたま努力の方向性を間違える。


馬鹿だ。本当に馬鹿だ。

馬鹿な子ほど可愛いなんてレベルを遥かに越えている。


「まゆら。二度と、そんな馬鹿な真似はやめて」


まゆらは戸惑ったように眉を寄せる。その隙をついて手首を掴んだ。


お約束のあの感覚。至近距離から強い光を当てられたように目が眩む。

でも今はそんなものに惑わされてる暇はない。


「もう絶対にしないって約束するまで、離さない」


まゆらの白い顔が、一瞬で真っ赤になる。

それが恥じらいなんかじゃなくて怒りのせいだってことは、震える唇を見ればすぐにわかる。


「今すぐ友田に連絡して、別れるって言って」


「そんなこと、颯太に強制されたくない。何の権利があってそんなこと、」


権利なんてない。俺達はまだ『親友』のままだから。


「嫌なんだ。まゆらが他の男に触られたと思うだけで、どうにかなりそうなんだ。もう二度と、俺以外の誰にも触られたくない。まゆらだって、あとできっと後悔する」


「自分で選んで決めたことに、後悔なんてしないわ。気持ちない相手と何をしたって、何度触られたって、何も変わらない。傷ついたりしない。手を繋いだってキスしたって、挨拶と同じよ」


強情なまゆらに、頭の奥でかろうじて張り詰めていた糸が切れた。

俺の顔つきが変わったことに気付いたのか、まゆらが手をふりほどいて逃げようとする。


反対側の手首を掴んで乱暴に植え込みのなかに引きずり込んだ。

俺から逃れようと必死に背中を反らすまゆらに覆い被さると、華奢な体は呆気なくサザンカのベッドに沈んだ。


俺に組伏せられたまゆらは、悔しそうに目を吊り上げて唇を噛んでいる。


二時限目が終わったばかりの昼休みの中庭で、衆人環視のなかとは思えないような体勢で、俺達は睨み合った。


「同じだっていうなら、今からここで俺もする」


ロマンチックとは程遠い様子でもみ合う俺達を、中庭にいる学生だけではなく、校舎にいる奴らまでもが窓から覗き込んでいる。


「颯太とはキスなんかできない!」


「なんでだよ。 握手と一緒なんだろ!?」


「颯太とは握手じゃない! 隣を歩いているだけで顔が熱くて、胸が苦しくて――

……なのにキスなんてできるわけないでしょ!!」 


いつもに増して真っ赤な顔で怒鳴りながら、俺の心臓に強烈な一撃を叩き込む。


一瞬動きが止まる俺を見て、まゆらはほっとしたように体の力を抜いた。


馬鹿だ。君は本物の馬鹿だ。

どうして気づかないんだろう。

たった今自分の口から飛び出た言葉が、俺の理性に完全にトドメを刺したことに。



「する。絶対する今すぐする死んでもする」



フリーズから突如再起動して覆いかぶさる俺に、まゆらは悲鳴をあげて暴れた。


「いい加減にしてっ!!」


鼓膜が破れそうな声量に、さすがにひるんだ。

きつく俺を睨みつけるまなざしとは裏腹に、睫毛にたまった雫が零れ落ちそうだった。


「友田君とは何もない! 家には行ったけど中には入ってない! キスもしてないし手も繋いでない! これで満足!?」


強気な口調で一息に怒鳴ると、まゆらは両手で目を覆った。


無防備になった赤い唇も、細い肩も、小刻みに震えていて、押し殺した嗚咽が聞こえる。


ほっとし過ぎて、全身の力が抜けた。嵐のような怒りと嫉妬が通り過ぎた後は、潮が満ちるように押し寄せる後悔。


ゆっくり体を離すと、まゆらは起き上がって俺に背を向けた。


コートについた葉っぱや土を払いながら、さり気なく涙を拭いているのがわかる。



「二次会のカラオケで、部屋に誘われたの。何度も断ったけど、『絶対何もしないから』って。自分が嘘つきじゃないことを証明するためについて来て欲しい、って」


「どういうこと?」


「友田君が、初対面の女の子を部屋に誘っても何もしない紳士だ、っていうことを証明するために、ついて来て欲しいって……」


そんな口車に乗せられる女子がいるのだろうか。いや、目の前にいるか。

そんなまゆらに腹が立つ反面、なぜ無事だったのかを疑問に思う。


「友田君がアパートのドアを開けたら、エプロンを付けた女の子が出て来たの。部屋からはカレーの匂いがしてたわ」


……そういう展開は予想していなかった。


「友田君が引きつった顔で、私のことを『俺の妹』って紹介したの。女の子が『本当にそうなの?』って聞いてきたから、『さっき合同コンパで会ったばかりで今日が初対面です』って答えて、家に帰ったわ。その後のことは知らない。友田君の悲鳴が聞こえたような気がしたけど、助ける義理もないし、大通りでタクシーを捕まえて帰ったわ」


まさかの修羅場、三角関係。

ひょっとしたら、まゆらは──


「友田の家に行ったら彼女が待ってるって、知ってたの?」


「……どっちでもいいでしょう、そんなこと」


むしゃくしゃしてたのよ、と呟いて、まゆらは立ち上がった。

そのままバッグを肩にかけ、立ち去ろうとする。


「……乱暴にしてごめん」


「謝らないで。許さないから」


ナイフのような切れ味で吐き捨てられ、植え込みに突っ込んだままうなだれる。


「まゆら、待って……」


「まだ何かあるの!?」


苛立たしげに振り返るまゆらのまなざしは、ひどく冷たかった。

自業自得とはいえ、胸が痛い。そして痛いのは胸だけじゃなく――


「あんなことをしておいて、非常に心苦しいんだけど……できれば、正門まで肩を貸してくれないかな」


絞り出すような懇願に、まゆらが眉をひそめる。


まゆらが友田に何かされたんじゃないかという不安が消え去ったあとは、骨に響く痛みがどんどん増して、脂汗さえ浮かんでくる。


「……さっき飛び降りた時に、やっちゃったみたいなんだ。足が折れたかも」


「どうして早く言わないの!?」


痛みを感じる余裕もないくらい、嫉妬に狂っていたからだ。


まゆらに叱り飛ばされながら肩を借り、途中、通りすがりのラグビー部員に手を借りて、なんとかタクシーで大学病院にたどり着いた。


その間中ずっと、まゆらは窓の外を睨んだまま、一度も目を合わせてくれなかった。







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