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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
悲報です。運命の恋人と、絶好調に絶縁中です。九回裏同点ツーアウト満塁、胸が潰れそうに苦しいです。どなたか、医師免許をお持ちの方はいらっしゃいませんか?
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それは、一通のメッセージから始まった。


『ごめんなさい。風邪をひいて熱があるから、今日の四限目は一緒に受けられない』


満月の夜から二日後の月曜日の朝、まゆらから、いつものように簡潔なLINEメッセージが届いた。

やはりあの夜、薄着で出歩いたことが悪かったんだろう。そう思って心配はしたものの、『そんなに熱は高くないの』というメッセージを見て、そこまで深刻にはとらえなかった。


火曜日も、水曜日も、学校でまゆらを見かけなかった。

俺達にしてみれば異常事態だ。わざわざスマホで連絡を取り合う必要もないほど、学校や町中で運命的な出会いを繰り返していたはずなのに、あの夜以降、それがぷつりと止んだ。


何度もメッセージを送った。

『風邪は治った?』『今、何してる?』『今日はお昼一緒にどう?』


返って来る返事はどれもそっけなかった。

『咳が止まらないから、学校には行けるけど伝染うつすかもしれない』『ごめんなさい先に宏美ちゃんと約束したの』『今日は食欲がないから』


そして次第に、返事すら来なくなった。

木曜、金曜もその調子でスルーされ、きわめつけが今日。


再びの月曜、四限目のスペイン語の講義に、まゆらは現れなかった。


完全に避けられている。そうとしか思えない。





そんなわけで、折角の木曜日、店が定休日なのにも関わらず何の予定もない俺は、大学から帰宅後、自分の部屋で死んでいる。


引き出しから中学時代に聞いていたUKロックのアルバムを引っ張り出して大音量で流しながら、ベッドに倒れ込んで歯ぎしりをする。


『運命の恋人と恋に落ちないための実証実験』を始めて一カ月余り。最近の俺は油断していた。


飴と鞭の高速切り替えは、出会った頃のまゆらの常套手段だったじゃないか。

ぎりぎりまで引き寄せてからの、まさかの手のひら返し。

俺の『運命の恋人』は、なかなか一筋縄ではいかない。


スマホをスクロールし、今までのまゆらとのLINEのやりとりを見返していると、勢いよくドアが開いた。

いつものように眼鏡姿の姉が入って来て、問答無用でコンポの電源を切る。


「ノックくらいしろよ」


「こんなに音量を上げてたら、どうせ聞こえないでしょ」


姉はわがもの顔でベッドにあぐらをかくと、A4サイズのスケッチブックを突き出した。


「式で被る花冠のデザイン、まだ決まってないのよね。手伝ってよ」


「俺、センスないよ」


「あたしより、花のことはよく知ってるでしょ。あんたの方が器用だもんね」


確かに、子供の頃から姉が店の手伝いをするときは、主に接客担当だった。器量と愛想だけは人一倍良い姉だが、こと花の世話となると致命的に不器用なのだ。


仕方なく起き上がり、姉が持って来た色鉛筆でデザイン画を描いてみる。


「あんた、壊滅的に絵心ないね」


「お互い様。姉ちゃんが描いてるこれ、何? 手袋?」


「アマリリスよ。目が腐ってるんじゃないの?」


いつものように憎まれ口を叩き合いながら、姉のスマホの衣装合わせのときの写真を頼りに、デザインを練って行く。

シンプルでタイトなマーメイドラインのドレスは、細身で長身の姉によく似合っていた。


花の種類は、エレガントな印象の胡蝶蘭やカサブランカ、時節柄白いポインセチアなんかもいいだろう。


「でも姉ちゃん、顔が派手だからな。花冠より、シンプルなティアラとかのほうがいいんじゃない?」


「花屋の娘が花冠を被らなくてどうするのよっ。小金持ちの商社マン達に、うちの店の魅力をアピールする絶好のチャンスでしょ?」


商魂 たくましいな。しかし目鼻立ちのはっきりした姉の顔まわりを、豪華な花で飾るのは賑やか過ぎる。


「輪っかにするのはやめて、ヘッドドレスにしたら? こうやって髪を横に流して、後ろだけゴージャスに生花で飾る感じで」


ウエディング用のヘアカタログをめくりながら、スケッチブックに色鉛筆を滑らせる。俺の手許を覗き込みながら、姉がぽつりと呟く。


「颯太、何かあった?」


「なんで?」


「別に。最近、いつもに増して顔がしょぼくれてるから」


うちの家族は見てないようで結構見ている。

昨日も母に、「客商売なのに辛気臭い顔してんじゃねーよ」と尻を蹴られた。しかしその後、部屋でレポートをしているときにコーヒーを持ってきてくれたので、一応気に掛けてはくれているようだ。


確かに落ち込んでいる。いや、腹が立っている。

俺を避け続けるまゆらにではなく、不甲斐ない自分に。



あの満月の夜、俺達は一線を越えた。勿論、指一本触れ合ってはいない。それでも今は、それ以上にふさわしい表現が思いつかない。


俺達が始めた『運命の恋人と恋に落ちないための実証実験』。

とっくに恋に落ちている俺と、絶対に恋に落ちたくないまゆらが『親友』を目指す、という冗談のような試みは、細い赤い糸の上を命綱無しに渡るように、危なっかしく、アンバランスで、常に危険と隣り合わせだった。

それでも何とか少しずつ、かろうじて進んでいた俺達は、あの夜、一緒に足を踏み外した。





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