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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
緊急速報です。 実験の失敗により大規模な恋のハリケーンが巻き起こる恐れがあります。頬の火照りや、突発的な胸の痛みにご注意ください。
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少しずつまゆらの泣き声が収まりかけた頃、シリアスな場面には程遠い、可愛らしい音が響いた。

まゆらの顔が、暗闇にわかるほど真っ赤になる。


「まゆら、ご飯、食べてないの?」


「もういや……消えちゃいたい」


ますます小さくなるまゆらが可愛くて、つい噴き出してしまった。

笑いが止まらない俺の足を、パンプスのヒールが踏みつけようとする。


街灯に照らされたほの暗い坂道を、子供が影踏み遊びをするようにじゃれながら歩いた。お互いの息を乱れる頃には、まゆらの涙は乾いていた。


時間が止まればいいのに。

公園の時計塔に目をやりながら、そんなことを思った。

まゆらの家のお城のような屋根が、追いかけても届かない月のように、永遠に近づかなければいいのに。

そんなことを思いながら、いつもよりも歩幅を狭めて歩いた。


「もう実が真っ赤ね」


そう呟くまゆらの視線の先には、公園を囲むように植えられたナナカマドの樹があった。

初夏には真っ白な花を、秋には燃えるような色の小さな実をつけるナナカマド。


七回釜戸に入れても燃えないんだって、と花屋の息子ならではの知識を披露すると、まゆらは感心したように俺を見た。


「名前の由来なんて、考えたこともなかった。花言葉なら知ってるんだけど。ナナカマドは確か――」


「『私はあなたを見守る』」


得意になって口を挟んだ瞬間、俺は自分のミスに気付いた。

まんまと嵌められた。だが、時すでに遅し。


まゆらがフードを脱いで、俺を睨んでいた。


「花言葉、詳しくないって言ってたくせに。ほんとは知ってるんでしょ? ブーゲンビリアの花言葉。

お店に使い込んだ花言葉辞典が置いてあったから、おかしいなって思ったの」


まゆらは早口で言ってから、いつものように目を逸らした。

早歩きになる小さな背中を、俺も歩調を速めて追いかける。


ブーゲンビリアの花言葉。

『あなたが一番綺麗』

『あなたしか見えない』


「……颯太の嘘つき」


「お互い様。まゆらも『もう家に着いた』って嘘ついたから」


不機嫌そうな顔で、まゆらは木苺色の唇をかすかに動かす。


「え、何? ごめん、聞き取れなかった」


「……颯太の馬鹿! って言ったの!」


嘘だよ。本当はちゃんと、『ありがとう』って聞こえてた。



後ろを振り返ると、店の灯りが消えた小手毬商店街。


まゆらが憧れるステージがどれほどの大きさなのか、俺は知らない。だけどきっと、あのちっぽけな商店街の方がずっと広いはずだ。


俺なら、あの場所で君をヒロインにできる。

ハリウッドの永遠の妖精も、女優から公妃になったクール・ビューティーも色褪せるくらいの最高のヒロインに。


立ち止まる俺を、まゆらが不思議そうに見上げる。「何でもない」と笑って誤魔化して、頂上まで並んで歩いた。



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