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公園を出たところで、まゆらのスマホが鳴った。
「ママからだわ。ケーキのデコレーションが終わったって」
そうだ、今日はまゆらの誕生日。もしかしたらあの豪邸には、まゆらを祝うためのたくさんのご馳走が用意されているのかもしれない。
メンチカツサンドなんて食べている場合じゃない。
「ごめん、俺が誘ったから……」
「いいの。誕生日は、毎年友達と出掛けてご飯を食べることにしてるから。高校生になった頃から、私が誕生日に家にいると、母が気にするの。祝ってくれる友達がひとりもいないのかしら、って。心配性なのよね」
「友達って……誰と?」
「正確には、実体はないの。一緒にデパートとか雑貨屋さんめぐりをしたり、映画をみたり、気を遣わなくていいから、それなりに楽しいのよ」
完全にただのおひとり様じゃないか。本当に筋金入りに強情な子だ。
「お母さんに、嘘ついてたの?」
「去年までは嘘だったけど、今年は颯太と宏美ちゃんがいてくれたから、嘘じゃないわ」
後ろめたそうに呟くまゆらに、今までも何度となく胸の中で呟いてきた言葉を、性懲りもなく繰り返す。
もっと早く会いたかった。
去年の誕生日も、一昨年の誕生日も、独りで時間を潰すまゆらの傍にいたかった。
「今年だけじゃないよ。来年も再来年も、その先もずっと、俺に祝わせて」
まゆらは、何かをこらえるように一度唇を噛んでから、上目遣いに俺を見た。
「……親友として?」
「親友として」
今はまだね。
心の中で付け足した俺の思惑には気づくはずもなく、まゆらは小さく頷いた。
「颯太。今週の土曜日、お店に行ってもいい? 颯太にブーケをつくってほしいの」
別れ際、まゆらはそんなことを言った。格子状の門の隙間から俺を見上げる瞳には、何かを決意したようなゆるぎなさが宿っていた。
いつものように、まゆらの背中が薔薇のアーチの向こうに消えていくのを見つめる。
しなやかで真っ直ぐな姿勢と、膝が曲がらない綺麗な歩き方。
見送りながら、不意にひとつの疑問がひらめいた。
受験に四回連続で失敗したまゆら。
まゆらは、自分が合格しない未来を予知できなかったのだろうか。
でもそれに触れるのは、あまりにもデリカシーがない気がした。
彼女が言っていた『万能ではない』という言葉を思い返し、きっとそういうことなのだろう、と曖昧に自分を納得させた。
結論から言うと、俺の予想は大きく外れていた。
でもその真実にたどり着くのは、もう少し先の話。
そしてそれを知った時、俺はもう一つの事実を思い知らされる。
俺の運命の恋人は、俺なんかじゃ到底適わないくらい、強くて恰好良い女の子だってことを。




