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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
迷子のお知らせです。 僕の『運命の恋人』を探しています。心当たりの方は至急ご連絡下さい。
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始めて《彼女》の存在を意識したのは、三歳のときだった。

保育園の砂場でクラスの女子に逆プロポーズされた瞬間、心が叫んだ。


──違う。この子じゃない。


子供の頃から優柔不断で、たまの家族との外食でも、ケチャップライスのお子様ランチにするか、唐揚げ付きのお子様カレーにするかで散々迷う俺にしては珍しく、即決だった。


当時の俺が『ごめん、俺にはもう心に決めたひとが』と渋く決めたかは定かではないが、おそらくそんなことを言ったはずだ。

女の子の大きな瞳と、そこから溢れだした大粒の涙を、今でも覚えている。


泣き叫ぶ彼女を宥めるために、すぐに保育園の先生が駆けつけた。ちょうどお迎えの時間だったこともあり、彼女のお母さんまでもを巻き込んで、ちょっとした騒動になった。


三人の女性に非難の目で見つめられ、正直こっちが泣きそうだった。それでもどうしても、頷くわけにはいかなかった。


保育園に自分のロッカーが用意されているのと同じように、自分にはちゃんと、決められた相手がいる。

水色のスモックや、黄色い帽子に名前が書いてあるのと同じように、この地球上のどこかに自分のためだけの女の子が存在していることを、幼いながらに確信していたからだ。


頑固な俺にさじを投げたのか、保育園の先生は白々しい笑顔でこう言った。


『颯太君は運命の人を待ってるのねーすごいねー。』


その言葉は、ずっと探していたパズルのピースのように、俺の心の真ん中にはまった。

その日、俺は《彼女》に名前を付けた。

君が、俺の運命の人。


どこにでもある、幼少期の微笑ましいエピソード。


まだ言葉を覚えたばかりの小さな子供は、空想と現実の境界線が曖昧あいまいだ。

でもいずれは知ることになる。

サンタクロースはいない。ガラスの靴を履いて走ったら血まみれになるし、王子様も助けに来ない。

リトルリーグではレギュラーになれても、メジャーリーガーにはなれない。将来の夢はYouTuberです、なんていつまでも言い続けていたら、親が泣く。

無邪気な万能感と、星屑のような夢の欠片かけらは、古ぼけた玩具と一緒に押入れの奥に押し込まれる。いつかはその存在すらも忘れ去り、みんな少しずつ大人になっていく。


俺だって例外じゃない。

サンタクロースの正体を知った時は、素直に納得した。

たった一人の老人が一晩で世界中の子供達にプレゼントを配るなんて、そもそも無理な話だ。

人形もペガサスも空色の猫型ロボットも、きっと誰かの想像の産物。

『運命の恋人』や『小指の赤い糸』も同じだ。


頭ではわかっていた。

でも悲しいことに、心が納得しなかった。

たとえば、数か月先の誕生日プレゼントを待ちわびるように。

たとえばNASAの研究員が、膨大な数式と実験データからXXX年後に地球に隕石が落ちること割り出すように。

何年後かは断定できないまでも、隕石級の運命的な出会いが必然的やってくることを、俺の心が知っていたんだ。


勿論、そんなことを口に出すほど馬鹿じゃない。

サンタを信じているだけで笑いものにされるのに、『運命』なんて口に出したらどうなるか、考えただけで恐ろしい。


そんなわけで、小学校中学年になる頃には、《彼女》の存在は俺の重要機密事項トップシークレットになった。


時が経ち、中学生になっても、俺の確信は揺るがなかった。

いつも無意識に《彼女》を探していた。

心臓や腎臓が体の中にあるのと同じように、《彼女》の居場所が、俺の心の中にあらかじめ用意されているような感覚だった。

《彼女》と出会うまで、この空洞は埋まらない。そんな物足りなさと焦燥感を、いつも感じていた。


そんな俺の思いとは裏腹に、《彼女》は、いつまでたっても現れなかった。

同級生が次々と大人の階段を登っていくなか、なかなか姿を見せない《彼女》に苛立ってすらいた。


人生で二回目の告白を受けたのは、高二の夏。

相手は、一つ年上のテニス部の先輩。ミスコンで優勝したこともある高嶺の花。


『それなら颯太君、私と付き合ってみない?』と、先輩が悪戯っぽい笑顔で髪を掻き上げた瞬間から、大気圏を突破しそうな勢いで舞い上がった。


でも同時に、はっきりとわかっていた。

先輩も違う。先輩も、《彼女》じゃない。


『はい喜んで!』と高らかに叫びたい気持ちを押し殺して、一晩中思い悩んだ末に――

十七歳の俺は、誘惑に負けた。


責められても仕方ない。

俺のまだ見ぬ運命の恋人。《彼女》はいつか必ず現れる。

でもそれは明日か、十年後か。もしかしたら、もっと先かもしれない。

彼女を待ちながら清らかに独り身を貫き、人生の終幕間際にゲートボール場で《運命の出会い》なんてまっぴらだ。

青春を棒に振るのは御免だ。


初めての彼女とのお付き合いは長くは続かなかった。その後もめげずに、何人かの女の子と付き合った。

高校を卒業して地元の大学に進学する頃には、すっかり開き直っていた。

《彼女》のことは、頭の隅に押しやって、極力考えないようにした。


程ほどに真面目に講義に出て、たまに飲み会や合コンに顔を出し、そこで出会った女の子達と、それなりの恋愛を楽しんだ。



──その結果がこのざまだ。


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