①
「そもそも、男女の友情なんて存在しないと思うんだよねっ」
学食の売店コーナーで一番人気のクリームチーズあんぱんを食べながら、住谷さんがしたり顔で言う。
四限目のスペイン語の講義が始まるまで、あと二十分。
住谷さんに捕まった俺は、最近いつも一緒に過ごしている《彼女》との関係について突っ込まれている。
実験を開始した日から、今日でちょうど一週間が経過した。彼女と俺は順調に距離を縮めている。
LINEのIDを交換したし、講義の空き時間は学食や図書館で一緒に過ごす。
何しろ俺達は《運命》に選ばれしパートナー。
わざわざ待ち合わせなんてしなくても、大学の敷地内や町中で、ドラマチックな遭遇を繰り返す。
道端でハンカチを拾って顔を上げれば彼女がいるし、教授に頼まれた資料を探して書庫に入れば、彼女が目的のファイルを持っていたりする。
まさに運命的な出会いのオンパレード。
ただし、俺達の関係は『永遠に親友』。
それを住谷さんに伝えると、「ありえなーい」と、あからさまに不満そうに首を振る。
「でも住谷さん、性別に関係なく友達多いじゃん」
「あれはただの知り合い」
ちなみに、住谷さんを苦手なサブローは、俺の隣で机に顔を伏せて狸寝入りを決め込んでいる。
「でも橘君は友達だよ。あたしにとって、男じゃないから」
「どういう意味?」
「男として見てないし、完全に恋愛対象外ってこと。橘君を好きになるなんて絶対にありえないってこと」
「……なんだかすごく見下されてる気がするな」
「何言ってんの? 橘君、憧れの相手に自分のカッコ悪いところとか、汚いところをさらけ出せる? すべてをさらけ出せる相手にじゃないと、本物の友情は築けないよ。見下したところから真の友情が始まるんだよ」
そこまで潔く断言されると、逆に清々しい。
隣にいるサブローの肩が、かすかに震えている。どうやら笑いを噛み殺しているようだ。
「住谷さん、サブローのことはどう思ってるの?」
「佐々木君もそういう対象じゃないな。わーすごいなー美しいなー圧倒的だなーとは思うけど、そんな気にはならない。橘君、パルテノン神殿とかアンコールワットとかに欲情する?」
するわけがない。
住谷さんは俺の体越しにサブローを覗き込みながら、澄ました顔で声をかける。サブローの寝たふりなんかお見通しのようだ。
「そういうわけで佐々木君、そんなに警戒しないで欲しいな。それにあたし、高校の時から付き合ってる彼氏がいるし、ひと筋だから。
……ちょっと橘君、驚き過ぎ」
「ごめん、なんか想像できなくて」
驚きのあまり変な声を洩らしてしまった俺を、住谷さんが不服そうに睨む。そんな俺達を見て、サブローはついに笑いをこらえきれなくなったのか、肩を揺らしながら顔を上げた。
「世界遺産と同じ扱いなんて光栄だよ。よろしく」
どうやらサブローの中で、『うるさい女』から『ちょっと面白い女』に格上げされたらしい。
流し目で微笑むサブローに、住谷さんは眩しそうに目を細めて一瞬 怯んだ後──「やっぱり彼氏と別れようかな」と真顔で呟いた。決意 脆すぎるだろ。
「とにかく! もういい加減に認めちゃいなよ。付き合ってるんでしょ、宝生さんと」
好奇心丸出しの瞳が、ゴーグル眼鏡の奥で輝いている。
「……だったらいいんだけどね」
溜息と共に本音が洩れた。
距離が近づけば近づくほど、俺は彼女が好きになる。
時々カチンと来る言動や態度はあるものの、不意打ちで俺の心臓を串刺しする無自覚な言葉に、毎回俺は翻弄されっ放しだ。
知れば知るほど、可愛くてたまらない。寝ても覚めても頭から離れない。
なんだよ、《永遠に友達》って。何の拷問だ?何を吐いたら楽にしてもらえるんだろうか。
俺が一番吐き出したいのは、君を好きだってことなんだけど。
「颯太にしては、相当弱ってるな」
お前といい勝負だよ。
「告白しないの?」
それができたら苦労しない。でも、好きだと伝えた瞬間、俺達の実験は終了する。
そのあたりの事情は非常に説明しづらい。
『恋に落ちたら絶交』などというおかしなルールを白状したら、今以上に二人にいじられるに決まっている。