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運命の恋人と恋に落ちないための俺と彼女の実証実験。  作者: 古矢永 塔子
迷子のお知らせです。 僕の『運命の恋人』を探しています。心当たりの方は至急ご連絡下さい。
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運命の赤い糸って信じてる? 


――うん、その反応は正しい。

今時こんな寒い口説き文句を使う奴はいない。

九割の確率で失敗する。残りの一割は、『但しイケメンに限る』の注釈付き。

俺なんかが口に出したら失笑ものだ。


たけどもっと笑えるのは、それに対する俺の答えが『Yes』ってことなんだ。



∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



『みちる、大きくなったら、颯太君のお嫁さんになる!』


生まれて初めての告白は、保育園でロッカーが隣だった女子からの逆プロポーズ。

それから現在に至るまで、何人もの女の子が俺を通り過ぎて行った。


みちる、梨里香、桜、純子、萌乃。

男の記憶はフォルダ保存、とはよく言ったもので、ひとりひとり、顔も名前も、初めてのデートはどこに行ったか、最後はどんなふうに終わったかまで、マウスをクリックするまでもなく思い出せる。

そしてたった今、新規に作成されたフォルダの名前は──『早苗』。



「今までありがとう。颯太のこと、ずっと忘れない」


小鹿のようにつぶらな瞳を赤くして、早苗は小さな声で呟いた。

暖房の効き過ぎたカフェで、アイスティーのグラスの中に積み上げられた氷が、透き通った音をたてて崩れた。


「──俺も。楽しかった。元気で」


こんなとき、満面の笑顔は逆に痛々しい。

適度に寂しそうに、口調だけはいつも通りに。そう心がけたのに、店の空気が乾燥しているせいで、語尾が掠れた。


早苗が、テーブルの隅の伝票に手を伸ばす。パールピンクに塗られた爪が、筒状に丸まった紙に触れる前に、先回りをして取り上げた。


「奢らせて。……最後だから」


早苗は言葉を呑み込むように唇を結んだ。

綺麗にカールされた睫毛が、最後のお辞儀をするように、ゆっくりと伏せられた。


去って行く後姿を見送りながら思う。

早苗はいつも、会計の時に必ず財布を出す。俺が払うとわかっていても。

いつも申し訳なさそうな顔をするけど、『絶対に割り勘じゃなきゃイヤ』なんて意固地なことは言わない。

そういうところが好きだった。


女の子らしい外見とはミスマッチな、左右対称の几帳面な筆跡。

いつも綺麗に手入れされている爪や、付き合って二か月経っても、恥ずかしがって素顔を見せないところ。

栗色の髪が揺れるたびに、スイートピーと待雪草スノードロップの甘い香りが鼻をくすぐるところも。


そして多分、だから振られた。


そんな表面的な部分でしか早苗を語れないから、振られた。



カフェの窓ごしに、ミルクティー色の早苗のカーディガンが遠ざかって行くのが見える。

向かう場所は知っている。ここから徒歩十分の俺達のキャンパス。

別れたとはいえ、これからもきっと何度も顔を合わせる。近距離恋愛の宿命だ。


ガラスに映るのは黄金こがね色の銀杏いちょう並木。

そこに重なるのは、十九年間見飽きた平凡な顔。それが今日は、いつにも増して腑抜ふぬけていた。


昨夜ゆうべ早苗からLINEで、『話したいことがある』とメッセージをもらった時から、今日で最後になる予感はしていた。

それなのに、思ったより落ち込んでいる自分が意外だった。

早苗も、《彼女》じゃなかった。それだけのことだ。


その事実に、俺はとっくに気付いていた。付き合ってしばらくして――いや、正直に言えば、付き合って三日目辺りで確信していた。

それでも尚、自分から別れ話を切り出すことはせず、その場 しのぎの関係を続けていた。当たり障りのない彼氏を演じていた。

愛想をつかされて当然だ。



《彼女》が誰かって?

それについての答えは少し長くなる。途中退屈するかもしれないし、多分信じてもらえないと思う。


それでもよければ、少しだけ俺のつまらない話を聞いて下さい。





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