3150①
とても幸せだった。雪で足元が悪かったとしても、心の中は彼女で満たされていた。冷たいても繋いでいたから温かくなった。寒いこの街の北風も2人でいれば何とかなるような気がした。はずだった。
しかし、彼女には俺より前に付き合っていた彼氏がいた。何故か急に彼女に呼び出され、そのカフェへ行ってみると他の男がいた。状況を把握できてない俺に彼女は「あのさ…」と言った瞬間
「お前誰だよ。てか、何勝手に座ってんだよ」
と、重く深い声が俺の鼓膜に響いた。
「どういうこと?ちゃんと説明してよ」
「いや、お前さ、勝手に座って説明してよ、とか意味わかんないんだけど。こっちこそ、その言葉言いたいわ」
「……」
「黙っちゃったの?黙ってないで何か言ったら?」
低い音が俺の耳の鼓膜を震えさせた。肝心な彼女は黙ったまま、俯いたままだった。
「お待たせ〜。って、またこれなん?」
と、もう1人他の男が来た。
「次は2人と?いやー、モテるね〜。さすが俺の彼女だわ〜」
か、彼女!?コイツの?自分の真上から雷が落ちたように全身に電気が流れた。
その男は彼氏というより彼女と並んだら兄妹のように見えた。同じテーブルに座っている男よりも年上に見えた。大人のお洒落をしており、口の上と顎に髭を生やしておりとても似合っていた。
「いや、違うって、遊んでただけの彼氏。ケンタさんだってほかの人と遊んでいるでしょ?」
2人の捨てられた男にとって衝撃的な一言を放って彼女と本当の彼女の彼氏は2人の男を後にした。
とても不幸せだった。路面は凍てつく寒さでツルツルになっていて、心の中はカラッポだった。両手をコートのポケットに突っ込んでいるが、何故か寒かった。この街の北風や寂しげな雰囲気は今の俺にそっくりだった。何かでカラッポの心を満たしたかった。本屋へ行って本を読んだり家へ帰って勉強しようともしたり洋楽や邦ロックを聴こうとするもその隙間は埋まらず、心ここに在らずという虚しさが俺を襲った。ベッドに寝そべりながら本棚を見つめると彼女からオススメしてもらった本が表紙を俺に見せながら居座っていた。この小説の映画化は大ヒットしているようだ。
「え!読書も好きなの?」
「うん、よく読んでるよ」
「おすすめの作家は?」
彼女は前のめりになりながら聞いていた。
「朝井リョウと桜庭一樹かな。あと、住野よるとか!」
「んー、朝井リョウは知ってるよ。『何者』の作者でしょ?」
「そうそう!桜庭一樹も住野よるも映画化した作品あるし有名だと思うよ」
「映画化されたんだから面白い作家なんだろうね!今度読んでみよっと。あ、そうそう」
彼女は少し微笑みながらガサゴソと彼女のバッグを漁った。
「これ!知ってる?読んだことある?」
「いやー、知らないな」
「最近作家デビューした人らしいんだけど、この本が最後まで展開が読めないし『起承転結』が何個もあるの!これ絶対売れるよ!」
その本はみうら竜也の『僕の彼女はどうしようもない奴だ』という作品だった。いつも通りパラパラとページをめくって偶然見つけた125ページを読んだ。「彼女はいつも寝てばかりいた。僕の家へ遊びに来ても10時には気持ちよさそうな顔をして寝ている。僕がシャワーを浴びても、明日のプレゼンの資料をまとめていても、彼女は目覚めない。
次の日の6時、いい匂いが部屋中を包んでいたのでキッチンのあるリビングへ向かうと、彼女が朝食を作っていた。が、卵焼きを焦がしていた。やっぱりどうしようもない奴だ。」おそらくドジすぎる彼女を持った会社員の物語らしい。またパラパラとページをめくり、216ページを見ると、「彼女はよく浮気をする。その度に僕をどこかへ呼び出し、その男と会わせる。とんでもない奴だ。でも、高校生の彼女と会社員では時間が合わない。寂しくなった故の事なんだろう、その時は『僕が悪かった』と、言って例の店のパンケーキを食べさせる。」と、ただの惚気話をずらずら書いているだけだった。
「え!?この人高校生と付き合ってるん?」
「そうそう。私も初めて読んだ時ビックリしたよ」
「なんか、面白そうだし買ってみるわ」
「うん!その作家さん喜ぶよ!」
俺の彼女はというと、とっても天然だった。浮気だと気付かずに他の男に着いて行きそうな気がしていた。当たりたくもない予想が当たってしまったのだ。その時はまだ知る由もなかった。