1人で闘う者達へ
期待はしないように進み続けろ。それでもまだ希望は捨てるな。例えそれに何万回も裏切られたとしても立ち上がり続けろ。そんな言葉を繰り返し自分の中で唱えて試験官の「始め」の合図を待った。
これが私の歩いてきた人生だ。
9月の中頃、私は大好きだった彼に振られた。中3の頃から付き合ってきて高校も同じ学校へ合格し喧嘩もたくさんしたけどずっと一緒だと思っていた。離れることなんて絶対にありゃしないと心の中で思っていた。けど、この世の中に確かなものなんてないんだ。分かっていたけれど目を背けたくなる現実を突きつけられた。センター試験まで4ヶ月を迎えた私達は大きな存在を失っても足を止めずに歩いていかなければならない。彼から数学を聞いていたけどこれからは自力で解かなければならなかった。最初は慣れずに7時から授業でやった過去問を解き直し始めたら深夜2時までかかっていた。悩んで、悩んで、いつの間にか寝落ちして、やっと理解して眠ろうとするもスマートフォンを開くと無意識に彼と撮った写真を見て泣いてしまう。そしていつの間にか朝が来る。そんな毎日の繰り返しだった。9月最後の日の一つ前、突然数字を見ると吐き気が襲って勉強にならなかった。そのまま寝て朝を迎えてもベッドから起き上がれずにその日は休んだ。
体育が終わって教室へ戻る時、かならず彼の教室を通らなければいけなかった。私は無意識に彼を見つけ、目で追ってしまっていた。彼は友達に囲まれながら笑って過ごしていた。寂しがっているのは私だけみたいだ。確かに友達から慰められることはあるけど1人になると色んな思いが重なって泣いてしまう。慰めなんて微塵も自分の為になっていなかった。もしも彼が友達に見放されても私がいるよ。憂鬱なくらい澄んだ青空をして向日葵のように笑っている太陽が光る秋晴れの頃、そんな事も言えずに僅かな希望を信じて今日の夜も泣いていた。
「明日になれば笑って過ごせるだろう。彼のことも考えなくなるだろう」呪文のように唱えて眠りについていた。たまに彼が夢で逢いに来るが優しすぎて逆に辛くなってしまい、気付けば朝から泣いていた。その夢も何故か自分が足枷のように引きづり回してる後悔を含んでいた。「次はこうして後悔しないようにしよう」果敢ない思いは目が覚めると無力となって部屋にある小物のようにポツンと置いてあった。
制服に着替えて授業中にお腹が鳴らないようにしっかりと朝食を摂った。別れた頃は全然食べられなかったが今は食欲が戻ってきた。これが前を向けている証拠なのだろう。自分の食欲に少し勇気づけられた。秋雨の中、駅から傘を差して「僕が僕らしくあるために」という歌詞がある曲を聴きながら学校へ向かった。
7限のLHRで9月の模試の結果が返ってきた。第一志望の判定は前より一段階下の判定だった。あれだけ勉強したのに勉強していなかった頃の結果の方が良かったことに腹が立った。たった失恋ごときでこんなに落ち込んで模試でも自分の力が出せない私が悔しかった。その結果を背中に背負って朝よりも大粒の雨が降る中友達と駅へ向かった。「実は噂で聞いたんだけど……」と、少し申し訳なさが見える声で私に話してきた。話題は彼のことだった。もう顔も見たくないということを彼の友達と話していたらしい。期待をしていない私ならそんな事言われても何も感じなかったのだろう。少しずつ前を向けている私とは裏腹に心が締め付けられていた。
その夜、久しぶりに泣いた。色んな思いが込み上がると同時に目から涙が流れた。「どうしてこんな事になってしまったんだろう」「どうして私だけこんな思いをしなければならないんだろう」何もかも無力でどうしようもない状況から抜け出せない事が悔しくて仕方がなかった。その日は勉強をせずに泣き明かし、そのまま眠りに落ちて朝を迎えた。
私は数日間「何がいけなかったのか」「どうすれば良いのか」を考えていた。果たしてこれが正解なのか分からないが私なりに覚悟を決めて再び歩き出すことにした。
「あいつに近付くんだ、向き合うんだ」
これを毎日英単語と同じくらい唱えて1日を始めた。
「周りのせいにして誤魔化して言い訳しない」
これを1日が終わる前に反省した。
「彼に愛されなくて嘆くのは自分が弱いから」
これを肝に銘じて学校へ飛び出した。
「自分の行動や選択に責任を持つ」
これを考えながら1日を過ごした。
「今ある事全てに感謝する」
これを徹底して人と接した。
「期待はしないように進み続けろ。それでもまだ希望を捨てるな。例えそれに何万回も裏切られたとしても立ち上がり続けろ」
この気持ちでセンター試験まで過ごした。
やってきたことは無駄じゃないんだ。努力は必ず報われるとは限らない。けど努力しなければ報われない。
彼への期待はいつの間にか消えていた。模試の点数も段々上がって彼がいた頃の判定よりも良くなった。このまま年を越し、センター試験当日まで進路実現の為に人の何倍も頑張ってきた。私には何もない。けど今までやってきた軌跡と自信なら見えないがある。今日は運命の日。これで人生の明暗が決まっても過言ではない大切な日。今までの勉強は今日この日の為の勉強だったんだ。ここで自分の実力を出してやるんだ。
「始め」
その言葉と同時に私の手は日本史の問題用紙の上を踊り出した。