共闘後の出来事
『ウヲォォォォォォンッ!』
「……どうやらまだいるようですね」
「闘いに備えるのだ」
「こ、今度こそカッコよく決めてやる!」
牙狼の遠吠えが森の中に響き渡る。
マルクとレスターは倒した牙狼から素材を剥ぎ取るのを中止し、武器を手に取った。
膝をついて嘆いていたカインもまだ敵がいることを知り、意気込みを語りながら急いで先ほど放った矢を回収する。
「能力強化<フォース・アップ>!」
俺は森に来る前にパンフレットを読んで覚えておいた1階級の魔法、能力強化を唱えた。
パンフレットに載っていた通りの魔方陣を魔力で作り出し、魔法を発動させる。
発動と同時に、緑色の光がマルクたちを包んだ。
「これは……レオンさん、どうして能力強化を使えるんですか!?」
「後で話す、今は話している余裕はない。 来るぞ!」
自分の体が緑色の光に覆われるのを見て、マルクが驚きの声をあげた。
俺は能力強化の魔法を「知らない」とは言ったが、「使えない」とは言っていない。
なぜ知ったばかりの魔法を使えるのか、まだ良く分かっていない。
たぶん、禁書の内容をすべて覚えることが出来るほどの記憶力と、生まれ持った魔力のおかげだろう。
この力はきっと、いまだ未発見のスキルによるものだ。
マルクは納得していないようだったが、これから起こる戦いに集中しようと手に持っていた剣を握りなおした。
レスターもパーティーの壁役となるために、いつ牙狼たちが現れてもいいようにメイスを構える。
カインは牙狼の姿が見えた瞬間に射止めるため、弓に矢をかけ静かにその時を待っていた。
牙狼たちの遠吠えはもう聞こえない。
それでも、すぐそこにいる気配だけはあった。
そして、飛び出てきた牙狼たちがつかの間の静寂を破り再び戦闘が始まった。
『ガァァッ!』
「……!」
フュッ――ドスッ!
『ガッ!』
カインが矢を放った。
先ほどまでとは比べ物にならないほど弓がしなり、矢は風を切りながらまっすぐと牙狼を射抜いた。
避ける暇さえ与えない速攻の一撃。
能力強化によってカインの筋力が底上げされた結果だ。
「すげぇぇ! これが能力強化の力か!」
「今度は8匹! かなり数の多い群れのようです」
「わたしが壁としてファング・ウルフたちを抑え込んでいるうちに、1体ずつ倒すのだ」
次々と飛び出す牙狼たち。
レスターは重戦士として、前に出て牙狼たちの注意を引き付けた。
ガタイの良いレスターを前に、牙狼たちは敵中に飛び込むのを躊躇する。
その隙に、
「もう1発!」
『ガルッ!』
「くらえ!」
『グルッ!』
カインとマルクが1体ずつ着実に倒していく。
カインの弓術もさることながら、マルクも能力強化によって軽やかな身のこなしと鋭い剣撃を実現していた。
『ガルルルルッ!』
「ふんっ!」
『グッ!?』
痺れを切らした牙狼が、レスターに体当たりをした。
牙狼の体重は人間とさして変わらない、それだけの重みに速度を加えた一撃がレスターの横っ腹に決まったが、レスターは全く微動だにせずその衝撃をすべて受け止めた。
能力強化は、体の頑丈さや衝撃に対する忍耐力も強化することが出来るらしい。
能力強化は、対象者のステータス……筋力、俊敏性、防御力を強化する。
ギルドで貰ったパンフレットに載っていた通りの効果だ。
カインとマルクが牙狼を4匹倒したところで、レスターも威嚇と守備目的の立ち回りから、攻撃目的の行動に転じた。
重たいメイスの一撃が、牙狼の頭をぐしゃりとへこませる。
こうして、先ほどよりも数の多い牙狼たちに襲撃されたにもかかわらず、十分に余裕をもって戦うことが出来た。
「いや~、能力強化のおかげで俺の弓撃もさらに鋭さが増したな」
「わたしもより重戦士として、パーティーの壁になることが出来たのだ」
「まるで体中につけていた重りを外したかのような解放感、自分の思い通りに体が動きました……どうしてレオンさんは能力強化の魔法が使えたんですか?」
彼らが喜ぶ姿を見ながら、俺はあの時のオーク戦を思い出していた。
今の彼らは、もしかしたら俺があの時感じた胸の熱くなる思いの一端を感じているのかもしれない。
そんなことを考えていた俺にマルクが、戦う前にした質問をもう一度投げかけた。
「詳しいことは分からないが、魔法発動に必要な魔方陣さえ分かれば魔法が使えるんだ。 たぶん、スキルのおかげだと思う」
「それが本当だとしたら、まだ発見されていない新種のスキルですね。 魔法系統のスキルで知られているのだと、消費魔力が少なくて済んだり、威力が通常よりも高かったり……一瞬で魔法を習得できるスキルは知りません」
「スキルか……なんだか、俺たちには勿体ない人だな」
話を聞いていたカインは、普段絶対見せないような申し訳なさそうな顔をした。
自分の力を信じて疑わなそうなカインからは出てこなそうな発言。
「初めてカインの口から謙遜の言葉を聞いた気がするのだ。 ……だが、私も同意見である」
「そんなの関係ないさ。 俺はみんなと会った時、この人たちと一緒に冒険がしたいと思った。 そして、それは今でも変わってない。 実力も十分あるし、何より良いパーティーだ。 それだけで十分だろ」
これから何度も冒険をして経験を積み重ねていけば、いづれ必ず、白金ランクに上がり世界屈指の攻略難易度を持つ迷宮を攻略する日が来るだろう。
その時、俺はこの4人で一緒に喜びを分かち合いたい。
「これからも一緒に冒険しよう。 マルク、レスター、カイン」
「……よろしくお願いします!」
「よろしく頼むのだ」
「よろしくなっ!」
俺は3人と硬く握手を交わし、仲間の絆を確認し合った。
「よし、次の獲物を探しましょう!」
「そうだな、ちょっと待ってくれ」
俺は気配探知<サーチ>の魔法を使い、周囲にどんなモンスターがいるのか調べた。
小型モンスターが草むらを掻き分けて走り回る音、肉食モンスターの小さな唸り声、モンスターたちの残り香、そして……。
6匹ほどのゴブリンが歩き回る足音が聞こえた。
その中には、明らかに普通のゴブリンではないモンスターの足音が含まれていた。
ゴブリンよりもひと際大きい体格を持つゴブリンウォーリアー<闘士>の足音は、堂々としていてリーダーの風格を持っている。
そして、子分のゴブリンたちはリーダの歩調に合わせるように歩く。
決まりだ。
そう遠くない場所に指定モンスターのゴブリンウォーリアーがいる。
ちょうどいい、出来れば今日中にランク昇格のための指定モンスターを何匹か狩っておきたいと思っていたところだ。
マルクたちの実力を鑑みれば、すぐにでも銅ランクに上がってより強いモンスターの生息する沼地でレベル上げをした方がよいだろう。
鉄ランクのままでは、森と平原しか探索できない。
「聞いてくれ。 一つ提案があるんだ」
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「……これはゴブリンウォーリアー<闘士>とゴブリンアーチャー<弓使い>の右耳ですね」
今日の冒険を終えた俺たち4人は、討伐したモンスターの討伐証明部位である右耳と換金素材をギルドへ持ち帰った。
受付カウンターへは、パーティーのリーダーであるマルクと、冒険者登録の際に貸し付けてもらった借金および壁の修理代について詳しく聞きたかった俺の2人で向かい、カインとレスターには酒場のテーブルで待っていて貰った。
受付嬢さんとの熱いバトル(論争)が繰り広げられる。
「修理には多くの金がかかります」、「これからは小競り合いを起こさないでください」など、淡々と静かに説教する受付嬢に対し、俺は「はい」や「すみませんでした」としか答えることができなかった。
結局、モンスター討伐で得た俺の取り分から2割を天引きされることになった。
貸付の借金だけだったら1割で済んだのだが……壁を壊したのは俺だ、文句は言えない。
その後、モンスター討伐の報酬や換金素材の精算に移った。
カウンターに山積みにされる討伐証明部位(右耳)と、毛皮や魔石といった換金素材の数々。
受付嬢さんは1つ1つ確認していったが、ゴブリンたちの耳の中に紛れた通常よりも大きいゴブリンの耳を見て一瞬動きが止まった。
それは、銅ランク昇格のために討伐しなければならない指定モンスター、ゴブリンウォーリアーとゴブリンアーチャーの耳であった。
ゴブリンの耳が、分厚く肥大し逞しくなったものがゴブリンウォーリアーの耳であり、より長く尖ったものがゴブリンアーチャーの耳である。
彼らは他のモンスターよりも強い力を持っているが、個体数は少ない。
よって、そう日に何度も遭遇できるモンスターではないのだ。
今回、運よく遭遇できたのは気配探知と能力強化のおかげである。
ゴブリンウォーリアーを倒した後、能力強化で移動速度をあげつつ気配探知でモンスターを探した結果、ゴブリンアーチャーも見つけることが出来たのだ。
受付嬢さんは表情こそ変えていないが、きっと内心驚いているに違いない。
今のところ悪印象しか与えてなさそうなので、出来れば少しだけでもいいので見直してほしいところだ。
「……これはゴブリンウォーリアー<闘士>とゴブリンアーチャー<弓使い>の右耳ですね」
「運よく遭遇できたんでな」
「いや、レオンさんのおかげです。 だって―――」
「マルク?」
「あっ、すみません」
「なるほど、さすがはギルドであれだけの啖呵を切っただけではなく、壁を盛大に破壊しただけのことはありますね」
「……」
マルクたちには、俺のスキルの事は黙っていて貰うようにした。
もちろん、俺がスキルを保持していることを示唆する発言も。
まだまだスキルについて分かっていることは少ないため、俺が特別なスキルを持っている事を知られると色々な面倒事に巻き込まれる可能性がある。
「分かりました。 今回、指定モンスター2体を倒されたことは書類に記しておきます。 『鋼鉄の鎧』は4人組ですので、1人2体ずつ、計8体の指定モンスターを倒せば『指定モンスター制』はクリアとなります。 今回、2体討伐されたので残りは6体ですね」
「あと6体か……分かった」
「頑張ります!」
今日みたいに一気に2体討伐できることはそう無いと思うが、新パーティーを結成した初日にこれだけの成果をあげられたのは大きい。
マルクも嬉しそうに意気込んだ。
今までマルクたちは1体も指定モンスターを倒すことが出来ないでいたみたいなので、今回の成果は嬉しいものなのだろう。
「そしてポイントは、12PTの牙狼13体・18PTのゴブリンが9体・28PTのゴブリンウォーリアーと25PTのゴブリンアーチャーがそれぞれ一体ずつで合計371……よくこれだけ倒すことが出来ましたね。 4人で割るので1人92ポイントです。 マルクさんたちはあともうちょっとで『ポイント制』をクリアできますが、レオンさんは残りの408ポイント頑張ってくださいね」
「まぁ、置いてきぼりは辛いからな」
銅ランクに上がるために指定されている必要ポイントは500。
マルクたちは今までコツコツとポイントを貯めてきたので、あともう少しでクリアできる。
俺は今日初めてポイントをゲットしたので、ランク昇格はまだまだ先……でもなさそうだな。
この調子で行けば、余裕でポイントが貯まる。
もっとも、気配探知は3階級魔法で、そこそこ腕の立つ魔法使いしか使うことが出来ない。
駆け出し冒険者たち、またパーティーに気配探知を使える魔法使いがいない冒険者たちは、モンスター討伐よりも薬草の採集で日々の生活をやりくりしているため、討伐数は自然と少なくなる。
こんな簡単にポイントを得ることは普通できない。
「ほとんどレオンさんのおかげなのですが……すみません、レオンさんより先に『ポイント制』をクリアしてしまいそうです」
「気にしないでくれ、マルクたちの方が先に冒険者を始めていたんだから当然のことだ。 ……あと、ちょくちょく俺を立てるのやめてくれ。 恥ずかしい……」
「『レベル制』については、冒険者カードに記載されているレベルが20になったら私に教えて下さい。 本物の冒険者カードであると確認が取れ次第、承認させていただきます」
そういえば、まだ冒険者カードを更新していなかった。
俺としてはステータスが分かってしまう冒険者カードなんて無粋な物、出来れば使いたくない。
しかし、ランクを上げてより強いモンスターと戦うためには必要な行為だ。
……甘んじて受けよう。
あとでテーブルに戻ったら、更新しておくか。
「最後に、モンスター討伐の報酬と換金素材の精算です。 討伐の報酬金と換金素材の買い取り、あわせて銅貨412枚……銀貨8枚と銅貨12枚になります」
「412枚!? パンがえぇ~と、206個買える!」
受付嬢さんの言った金額が予想以上に高かったらしく、マルクはカウンターの前で変な計算を始めた。
「ど、どうしたんだマルク……なんでパンに換算するんだ?」
「いや、冒険者を始めた頃はよくパンだけ食べて生活していたので……その名残ですね」
「駆け出しのころはしょうがないな。 だが、こうなってくると逆に大変だぞ。 パン1個買うのに銀貨なんて出したら、店の店主に嫌な顔されるからな」
「たしかにそうですね。 うれしい困り事です」
「あの、私が話している時に2人で盛り上がらないでください」
「「あ、すみません……」」
「銅貨412枚を4人で均等に分けあうと1人103枚です。 銀貨6枚と銅貨9枚をマルクさんに渡します。 レオンさんは……借金があるので銀貨1枚と大銅貨6枚、そして銅貨2枚です」
貨幣の価値は、金属資源の採掘量によって左右されるが基本的に、
銅貨5枚→大銅貨1枚、大銅貨10枚→銀貨1枚、銀貨5枚→大銀貨1枚、大銀貨15枚→金貨1枚になるよう、含有率や重さが調整されている。
受付嬢さんから報酬金を受け取り、俺とマルクは礼を言ってカウンターを後にした。
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テーブルに戻りカインとレスターに報酬金を見せると、2人は目をキラキラと輝かせながら喜んだ。
嬉しそうに報酬金を分配する彼らを見つめながら、俺も椅子に座る。
報酬金を分配し終わったあと、俺たちは新パーティー結成と指定モンスター討伐のお祝いをすることにした。
今日稼いだ金で料理と酒を注文し、たわいもない話をしながら食事を楽しむ。
会話の内容はもちろん「冒険」だ。
モンスターの話や迷宮の話、そしてランクの話に移り、マルクたちは冒険者カードをテーブルの上に置いて、自分のレベルを見せ合った。
「そういえば、まだ自分のレベルを見てなかったな」
「レオンさんのレベル、ぜひ教えて欲しいです」
「わたしも見たいのだ」
「まぁ、俺よりは低いだろうけどなっ!」
冒険者カードには小さな魔石が埋め込まれている。
魔石には禁書に記されていたある魔法がかかっており、魔石に魔力を流すと自動的にステータスを表示する仕組みになっているのだ。
カードをテーブルに置き、3人の前で魔力を流し込んだ。
青白く輝き、ステータス欄に数字が刻まれていく。
すべての欄に数字が刻まれると、光はしゅんと消えた。
「えーとレベルは……36!? すでに銀ランク相当のレベルじゃないですか!」
「おぉ、本当だな」
「本当だなって……」
「おい! それよりも魔力量の欄を見てみろよ!」
マルクは俺のレベルを見て驚いたが、俺自身はあまり驚かなかった。
この町に来る途中で、ゴブリンや牙狼たちを何匹も倒したし森の王者・オークとも戦った。
レベルが上がっていないはずがない。
「魔力量4000!? 帝国の宮廷魔導士ですら500前後なのに、その8倍もあるじゃないですか!」
「なるほど、4000か」
「な、なるほどですか……」
「レオン殿は……すごいのだ」
オークを一瞬で消し炭にした魔法、炎大槍<ブレイズ・バリスタ>は帝国でも宮廷魔導士の2人にしか使えなかった魔法だ。
オーク戦では、魔法を何発も放った後に炎大槍を使ったが、それでも魔力は残っていた。
この魔力量なら、説明が付く。
マルクたちが驚きの声をあげているなか、ふと、多くの視線を感じた。
なんだ?
顔をあげて酒場を見渡すと、すぐにその理由が分かった。
冒険者全員の視線が、俺たちのテーブルに集まっていたのだ。
彼らもマルクたちと同じように、驚愕の表情を浮かべている。
……あ。
こうして冒険者登録をした次の日から、俺は冒険者全員から畏怖の混ざった眼差しを向けられるようになったのだ。