物語の始まりへ
「それじゃあ、俺の後に着いてきてくれ」
俺を先頭にして、森の中を進んでいく。
基本、魔法使いは後衛と相場は決まっているものだが、今回は安全を考慮して前衛に志願した。
後続には、村人の中で1番力のあるコラルさんと村の自警団の数人。
残りの人たちには、俺たちがゴブリン討伐をしている間、もしもの場合に備えて村で待機してもらっている。
気配探知<サーチ>の魔法を使い聴覚、嗅覚を強化させ、葉の揺れる音、微かな獣の残り香などに意識を集中する。
村に来る前もモンスターに奇襲されないよう<サーチ>を使っていたが、やはりこの魔法はすごい。
森に入る前からすでにゴブリンの残り香に気づくことが出来た。
森に入ってすでに2時間。
ゴブリンたちも俺たちの気配に気づいたらしく、風下の方へ移動しながら、俺たちを取り囲むように近づいてきている。
風に乗ってくるゴブリンの匂いはなくなったが……物音で丸わかりだ。
ゴブリンたちはすぐそこまで来ている。
物音からして4匹、十分相手にできる数だ。
それに、ちょうど木の生えていない開いた場所についた。
ここで迎え撃とう。
「止まれ、囲まれている。 4匹だ」
「なに、本当か!?」
「クッ……ゴブリン共め」
各各が戦闘準備を始める。
コラルは斧を持ち直し、自警団の人たちも剣や槍を構えた。
俺は両手に魔力を流し、<ファイヤー・ボール>の魔方陣を2つ作り出す。
静かに流れるそよ風、無限に続くような時間。
静寂はゴブリンの出現……ではなく、火球の破裂音によってかき消された。
『―――ギ』
「火球<ファイヤー・ボール>!」
ドォォォォォォンッ!―――
『『ピギャ!』』
「えっ!?」
『『ギギッ!?』』
ゴブリン共が茂みから飛び出す直前に、火球によって2匹を始末した。
爆音が鳴り響き、2つの黒炭が生まれる。
あまりに一瞬の出来事で、後ろにいるコラルさんたちと、勢いで飛び出した残りのゴブリンが素っ頓狂な声をあげた。
「火球<ファイヤー・ボール>!」
『『グビッ!』』
すかさず残りの2匹も爆破し、戦闘はとりあえず一段落ついた。
まぁ……予想していた結果通りだったな。
「レオン殿は……すごいな」
「いや、そんなにすごくないですよ」
「ぜひ、自警団の一員になってほしい……というかなってくれ、頼む」
「行商人よりも冒険者やった方がいいんじゃないか?」
その後もゴブリン狩りは続き、20匹余りを討伐したあと村に戻った。
俺たちが村を離れている間にゴブリンの襲撃があったらと心配していたが、無事だったようだ。
「おい! 帰ってきたぞ!」
ゴブリン討伐隊の帰還を待っていた村の人々が駆け寄ってくる。
「どうだった? ゴブリンは倒せたか?」
「いや……倒せなかった」
「そ、そうか……」
「レオン殿がすべて倒してしまって、俺の斧が輝く時はついぞなかった」
「凄かったんだぞ! 炎の玉がビューーーンって飛んでゴブリンに当たってバアーーーーンッって!」
「「「おーーーーーっ!」」」
自警団の1人が目をめっちゃ輝かせ、俺とゴブリンの戦闘を嬉々として語った。
そして、それを聞く村人たちの目もめっちゃ輝いている。
けっこう恥ずかしい……。
子供たちは、コラルさんから貰った服を引っ張りながら「魔法見せてっ!」と駄々をこねだした。
とりあえず、掌の上に水の球体を作り出して服を引っ張るのをやめてもらった。
「しかも、途中で出会った苔熊<モス・ベアー>も倒してくださった! 今日は久しぶりの肉だ!」
「おぉ! 今日は……宴だぁぁぁぁぁ!」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」
「お……おぉ」
とりあえず、俺も掛け声に乗っておいた。
==========
「肉うめぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「こんなに楽しいのは久しぶりだ!」
「わーいわーい!」
村の広場の中心で焚き木を燃やし、その炎を囲って村人たちが踊りを踊っている。
広場の隅っこでは小さな火を焚いて、苔熊の肉や野菜を焼いていた。
みんな楽しそうで何よりだ。
―――俺はと言うと、
広場に置かれた丸太に1人で座り、黙黙と肉を噛み千切っていた。
そして、久しぶりの酒……うまい!
星々が輝く空に舞いながら昇っていく火の粉が、こんなにも美しいとは……帝都で暮らしていたら一生見ることは無かったろう。
「今日の主役なのに、どうして1人寂しく食べているんですか?」
串にささった肉をすべて平らげてしまい次の肉を取りに行こうか迷っていた時、両手に肉串を持ったアリアさんがしゃべりかけてきた。
片方の肉串を俺に差し出し、隣に座った。
肉串を受け取る瞬間に胸元が見えたが、気づかなかったことにする。
「いや……いままでずっと1人で暮らしてきたからこういう空気に慣れていなくて」
「そう言えば、1人で行商人をしていたって言ってましたもんね。 普通じゃ考えられないことですが……ゴブリンを1発で倒せるだけの魔法を使えるなら1人旅も可能ですよね」
「……まぁ」
「あれ? でもゴブリンに襲われて服がボロボロになってしまったんですよね?」
「あ―――いや、それはその……」
「ふふふっ……冗談です。 最初から行商人ではないと分かっていましたよ」
「そ、そうだったのか……アリアさんは人が悪い」
「えぇ~~~そんなことないですよっ」
バレてたのか……旅人の方が良かったかな。
隣に座っているアリアさんが、愛嬌よく笑う。
今が夜で空に満天の星空が広がっているからなのか、それともお酒を飲んでいるからなのか、それともアリアさんの頬が紅く染まっているからなのか、少し変な気持ちになってしまった。
―――が、これは罠だ!
ここで、欲望に任せてアリアさんにセクハラじみた行為を行うと、筋骨隆々のお父さん・コラルさんにフルボッコにされる……はずだ!
いかん! 気を強く持つんだ俺!
「こんなところにいたのか、レオン殿。 アリアも一緒か」
「うおっ!?」
「どうしたんだ? 俺の顔に何かついてるのか?」
「い、いや何でもない」
「今日は本当に助かった、これでもう村がゴブリンに襲われることはないだろう。 それに、報酬金はいらないなんて……」
「こんな素敵?な服も貰ったし、酒もお肉もうまいし、家に泊めていただけるし、そのうえ報酬金もなんて言えませんよ」
報酬金を貰う話は断った。
周りを見渡せば、ゴブリンの被害にあった畑や井戸が目に入る。
それに、村人の着ている服は使い古されてボロボロになっていた。
……報酬金は貰えない。
「レオンさんもこっちで一緒に楽しみましょうよぉ~~えへへ~~~」
「うおっ!? いきなり抱きつくな! ちょ……酒臭いっ!?」
アリアさんやコラルさんと話をしていると、後ろから酔っぱらった青年……先ほど熱心に俺VSゴブリン戦を語っていた自警団の1人、メルトが抱きついてきた。
茶髪で高身長、端正な顔をした彼は黙っていればカッコいい……のだが色々と残念な人物である。
とりあえず、自警団の中で1番弱い。
「あれ~~? もしかしてアリアさんを口説こうとしてますぅ? 僕、邪魔しちゃいましたか~~?」
「安心しろ、コラルさんがちゃんと目を光らせているからそんなことできない」
「アハハハハハ~~確かにぃ~~~~っ!」
「まぁ、メルトがアリアを口説いていたら速攻でぶん殴るがな。 ……レオン殿は第一印象さえアレだったが、案外いい人そうだ。 レオン殿さえ良ければぜひアリアを―――」
「ちょ、ちょっとお父さん!」
「……あはは」
「あれ~~~? 2人とも顔が赤いですよ~~、アツアツですねっ!」
「お前はちょっと黙ってろ」
―――ドスンッ!
「ヘブッ!」
背中に抱きついているメルトを一本背負いで地面に叩き付け、テレをごまかす。
隣に座っているアリアさんは、顔を伏せて恥ずかしそうにしていた。
き……気まずい。
こうして、久しぶりの騒がしい夜は終わりコラルさんの家にお邪魔した。
最初、やはり年頃の娘さんがいる家に泊まることはできないと、コラルさんのお誘いを断ってメルトの家に泊まることにしたが、メルトの絡みが予想以上にウザく、結局、コラルさんの家に泊まることにしたのだ。
敷布団の上に寝っ転がりながら、これからどうしようかずっと考えた。
正直、この村で静かに暮らしていくのもいいかもしれない。
帝都の生活は、忙しないくせにいつも孤独感が付きまとっていた。
こういう静かな村で、村人たちと笑いながらゆっくりと年老いていく……何一つ苦しいことのない幸せな生活。
―――何かが違う
それが何なのかはまだ良く分からない。
確かに、まだクラウドの野郎に仕返しをしていないという事もある。
だが、それだけではない……気がする。
ふと、オークを倒したときの事を思い出した。
あの時、確かに何物にも代えがたい情動を感じた。
俺が欲しているものは、あのとき体中を走った達成感だ。
ゴブリン狩りなんかでは感じることが出来ない。
この場所では感じることが出来ない。
それが分かった瞬間、俺は居ても立っても居られなくなった。
俺はコラルさんたちを起こさないように、静かに玄関の戸を開け外に出る。
この村にお世話になったのはたったの半日程度だったが、それでも幾ばくかの哀愁を感じずにはいられない。
村を観察するために身を隠した物陰、宴をした広場などを一通り見て回ったあと、ゴブリンたちに荒らされた野菜たちに回復をかけ元通りにした。
壊された井戸を治すことは出来なかったので、代わりに水を生み出すように魔法をかけた魔石を広場の中心に置いておいた。
先日は誤って魔力を流しすぎて大洪水を起こしてしまったが、今度はちゃんと調整しておいた。
―――拾った魔石は残り3つになった。
挨拶もせずに村を去る非礼のお返しはこのくらいでいいだろう。
これでゴブリンによる被害は無かったも同然だ……ついでに俺との出会いも無かったことにしてもらえると助かる。
とりあえず、大きな町を目指そう!
きっと冒険者ギルドがあるはずだ。
そこで冒険者になって強い敵と戦って……あとはその場その時の空気に任せて自由に生きよう。
俺はこれから起こる出来事や、これから出会う仲間・宿敵に思いを馳せながら星々の下を歩き始めた。
==========
「おい! 凄いことが起こったぞ! 起きろ!」
―――ドンドンドンッ!
なんだろう、こんな朝早くに……。
鳥たちが活動を始める早朝に、アリアはドアを激しく叩く音で目を覚ました。
どうやらドアを叩いているのはメルトらしい。
アリアはとりあえず服を着替え、父・コラルを起こし、ドアを開けた。
「どうしたのメルト? こんな朝早くに」
「凄いんだ!」
「なにが?」
「ええ~~~と、その……とにかく来てくれ! コラルさんも!」
走り出すメルト、勢いに押されアリアとコラルはメルトの後ろをついていった。
そして着いたのが村の畑、まだ太陽は昇っておらず薄暗い。
「畑を見てくれ!」
「どうして?」
「いいから早く!」
「分かったわよ――――――嘘……なんで?」
ゆっくりと畑に近づく。
そして、アリアは信じられない光景を目にした。
昨日まで、ゴブリンたちに荒らされて枯れ果てていた野菜や麦が、青々と茂っていたのだ。
それはまるで、ゴブリンに荒らされる前のような……いや、それ以上に生き生きと草木を伸ばしている。
「信じられない……」
嘘みたいな光景に、コラルも感嘆の声を漏らした。
「次はこっち!」
メルトがまた走り出した。
アリアとコラルは何が何だか分からなかったが、とりあえずメルトの後を追った。
今度は村の広場だ。
広場に着くと、辺り一面雨が降った後のようにビショビショになっていた。
濡れているのは広場だけ、昨日も今日も雨は降っていない。
メルトは広場の中心、昨日の焚き木の横に行き1個の石を指さした。
「この石から水が出てきてるんだ!」
「本当だ……こんな不思議な石、初めて見たわ」
「何だか良く分からないが……これを壊された井戸の代わりにすれば」
「おぉ~~コラルさん、ナイス提案!」
生き返った畑、水が湧き出す不思議な石……まるでゴブリンに襲われた村を救うかのような神の御業。
アリアは考えた……こんな奇跡が起こった理由を。
―――そんなの1つしかない。
「ちょ、アリアさんどこに行くんですか!?」
「どうしたんだアリア!?」
アリアは走り出した。
向かう先は自分の家……彼がまだ寝ているはずである自分の家の一室だ。
玄関の戸をおもいきり開け、家の中に飛び込む。
そして、部屋の扉の前に立ち深呼吸をして、ゆっくりと扉を開けた。
「……そうですか。 行ってしまったんですね」
部屋にあったのは、きれいに畳まれた敷布団1枚。
そこに、レオンの姿はなかった。