森を抜けて
「炎大槍<ブレイズ・バリスタ>!」
赤く輝く魔方陣から巨大な炎の大槍が現れ、石斧もろともオークを貫いた。
硬い外皮を突き破り、内臓を焼いて突き抜ける。
炎大槍はオークを焼き尽くした後、そのまま木々を破壊し軌跡を生み出した。
炎大槍<ブレイズ・バリスタ>、禁書の解読により生まれた魔法で、既存の魔法である火槍<ファイヤー・ランス>の数倍の威力を誇るが、消費する魔力が絶大すぎてほとんどの魔法使いが魔方陣形成の時点で力尽きてしまう。
帝国でも、扱える魔法使いは宮廷魔導士の2人だけだった。
「魔力枯渇が心配で使おうかためらっていたが……案外、いけるもんだな」
目の前に広がる壮観を虚ろに見つめながら、地面にへたり込む。
これだけの魔法を使用したにもかかわらず、まだまだ魔力は残っているようだ。
とりあえず回復<ヒール>を2回使い、剥がれた肉片や失った指を元通りにする。
生死をかけた闘い……その闘いに勝利した瞬間、体中を電撃が走った。
指が小刻みに震える。
生まれて初めて『自分』というものを感じた気がした。
生まれて初めて『生』というものを感じた気がした。
暫くの間、勝利の余韻に浸ったあと、ゆっくりと立ち上がった。
鎖の切れた手錠は、オークの攻撃でひび割れていた。
そのひびに氷短剣を当て、手錠を壊す。
これで完全に自由だ。
「森を抜けよう」
俺は来た道へと引き返し、ゆっくりとまた歩き出した。
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ふたたび歩き始めて約1時間、暗い森の向こうに光が見えた。
ついに森の出口に着いたのだ。
自然と歩みが速くなる、俺は暗い森を抜け太陽の光を全身に浴びた。
数時間ぶりの陽の光―――に少しばかりの感動を覚えつつも、すぐに気持ちよさそうな木陰を見つけ眠りについた。
木漏れ日がまるで星のように煌めき、爽やかな午後の風が深い眠りへといざなう。
結局、俺は次の日の朝まで寝てしまった。
それからの数日間は特に何事もなく過ぎた。
肉が絶品なことで有名な白兎<ホワイト・ラビット>と思ったら、体に毒を宿す紫毒兎<ポイズン・ラビット>で、食べた瞬間に体が痺れるような激痛に襲われたことや、
誰かが落としたであろう魔石が5つ入った袋を拾い、興味本位でその中の一つに水属性の魔方陣を編み込み魔力を流し込んだ結果、予想以上に魔力量が多かったらしく、大洪水を起こして池を作ってしまったことは、
―――些細な問題に過ぎない(自嘲)。
白い毛に包まれていたからてっきりホワイト・ラビットかと……確かに目の色が紫色だったからおかしいなとは思ったが。
魔石の件については……すみません、落とし物を勝手に使ってしまいました。
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そんなこんなで10日経ち、ついに帝国領を抜けレスティー王国の農村にたどり着いた。
なぜここがレスティー王国であると分かるのかと言うと、農村に建つ家の構造・建築材が帝国のそれとまったく異なっているからである。
帝国の建物は、帝国の中枢である帝都から辺境の農村に至るまで、レンガタイルを張り合わせた木材で作られている。
普通の木造建築よりも、見た目もいいし頑丈、腐食にも強い。
さらに、建築技術の進歩により2階建て、3階建てがほとんどだ。
……もちろん、大理石を使った豪奢な建物もある、クラウドの実家とか。
対して諸王国の建物は、ほとんどが木造建築……大きな町には漆喰の建物もあるが、こんな辺鄙な農村ともなれば、あばら家しかない。
それに見たところ、この村は噂以上に酷い。
いま、物陰に隠れて村の状況を確認しているのだが、村人の住居があばら家なのはもちろんのこと、水源として重宝される井戸は破壊され、麦畑や野菜畑は踏み荒らされている。
……なにかあったのだろうか?
それに、さっきから村の男たち10人余りが広場に集まって勇ましく雄叫びをあげてい―――
「あの……どうなされたんですか?」
「うおっ!?」
とつぜん、後ろから話しかけられ飛び上がる。
振り向くと、麻布の灰色じみた上着を着た金髪の少女が、心配そうにこちらを見ていた。
年はたぶん二十くらい、細身で身長が低く、上着の襟から胸元がちらりと見える。
俺はいきなり話しかけられ驚きながら、ついでに目のやり場に困りながら、ありきたりの出任せを言った。
「えぇとその……じつはわたし、世界中を渡り歩く行商人なんだが、この村に来る途中でゴブリンの群れに襲われてしまい……できれば服だけでも恵ん―――」
「……」
「―――で貰えるような状況ではなさそうですね。 何かあったんですか?」
「それは……」
「アリア、誰だそいつは?」
けっこう大きな声で自己紹介をしたため、雄叫びをあげていた男たちの中の1人に気づかれてしまった。
怪訝な顔でこっちに近づいてくる。
見た限り一番ガタイのいい……というか、めっちゃごっついオッサンで、手には木こりが使っていそうな斧を持っていた。
これはもう一度、自己紹介をしなければならないのか?
「初めまして、わたしは行商人のレオン。 この村に来る途中でゴブリンに襲われてこの通り……できれば服だけでも恵んでいただけないかと」
「ゴブリンか……すまないが、村は見ての通りのあり様、服だってけっして安くはない。 俺たちも今それどころではないんだ」
「そうですよね……何かあったんですか?」
「最近、近くの森にゴブリンが住み着いてな。あとは言わなくても分かるだろ? たぶん、お前を襲ったのもそいつらだ」
みすぼらしい服装をした俺を気の毒そうな目で見つめてくるが、彼らもギリギリの生活を送っているのだ。
さらに、ゴブリンの襲撃。
とても他人の心配をしている余裕はない。
こちらこそすまない……今言ったことはほとんど全て嘘だ。
行商人などではなく帝国を追われた冤罪人、服がボロボロなのもオークと戦闘をしたせいである。
「なるほど、踏み荒らされた畑も壊された井戸もゴブリンの仕業か……領主様に頼んで冒険者を雇ってもらったらどうだ?」
「生憎、ここら一帯を支配している領主様は、金のことしか目がない守銭奴なんだ。 頼んだところで追い返されるのがオチだよ」
「そうか……その手に持っている斧でゴブリン退治に行くのか?」
先ほどから広場でワイワイやっている男たちも、このオッサンのように鍬や鎌などの、何かしらの武器を持っている。
基本的に、こういった辺境の村で問題が発生した場合、領主が責任をもって問題を解決することになっているのだが、この村を支配している領主は頼りにできないらしい。
「まぁな、今のところ畑や井戸だけで済んでいるが……村人が襲われないうちに退治しないといけない」
「そう言えばレ、レオンさんって行商人なんですよね? 仲間の行商人や護衛の冒険者はいないのですか?」
「いないな―――あ」
オッサンと俺のやり取りを見守っていた少女、アリアに不意に質問を投げかけられ、ついつい失態を犯してしまった。
普通、行商人たちは数人でまとまって移動し、冒険者の雇用金を出し合う。
たいていの場合、同じ商人ギルドの仲間たちと行動するのだが……あれ? そもそも行商人という嘘自体、通じるわけなかったのだ。
ど、どうしようか?
疑うような視線を2人に向けられる。
そして、広場に集まっている男たちも徐々に俺の存在に気づき始めた。
「いやその……実は魔法を少しばかり心得ていて、今までは自分1人で対処していたんだがゴブリンの数が予想以上に多く―――」
「レオン……レオン殿は魔法を使うことが出来るのか?」
「え? まぁ、少しだけだが」
俺のことを睨みつけていたオッサンは、俺が魔法を使えると分かると急に口調を変え、なにやら思案し始めた。
そして、広場にいる男たちの方へ顔を向け、
「おい! ちょっとみんな、こっちへ来てくれ!」
と言った。
「「「どうしたんだ、コラル?」」」
なんだろう……すごく嫌な予感がする。
ぞろぞろと俺を中心に集まる村の男たち、色物を見るような目を向けてくる。
全員集まったのを確認しオッサン、コラルさんはみんなに提案をした。
「ここにいるレオン殿は魔法を使えるらしい。 ゴブリン退治に同行してもらうってのはどうだ?」
「え?」
「「「おぉ! それはいい考えだ!」」」
「ちょっと、お父さん……さすがに唐突すぎよ」
隣にいたアリアさんが、いきなりすぎるコラルの提案に嘆息を漏らす。
俺としてはコラルの提案よりも、細身のアリアさんが剛健でムキムキなコラルさんの娘である事実のほうが衝撃だった。
「確かに唐突すぎるが……ちゃんと報酬を支払うし、客人としてもてなす。 前金と言っちゃあなんだが、俺が使っていた服もやろう、どうだ?」
なるほど、確かにコラルさんの提案はおいしい。
俺が今着ている服は、帝都の市民に石を投げられたせいもあるが、なによりオーク戦での損傷によって奴隷服よりもボロボロになっている。
食料や飲み水はどうにかなるが、服だけはどうすることもできない。
嫌な予感がしていたが、思いのほか良い提案だった。
「分かった、俺もゴブリン退治に同行しよう」
「よし! 交渉成立だ。 俺の名はコラル、よろしくな」
「よろしく」
「「「おぉ~~!」」」
こうして、コラルさんの使っていたぶかぶかの服を装備しながらのゴブリン退治がはじまった。