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沼地に行く前の買い出し


「ふぁ~~~……よし、行くか!」



 窓から差す朝日が、寝ていた俺の顔を照らす。

 目をつむっていても分かる、今日は絶好の狩り日和びよりだ。

 ベッドから起き上がり、朝食をとり、着替えを済ませ、宿屋の店主に挨拶をして外に出た。


 今日は沼地に行って世界樹の1つ・妖樹『エビル・トレント』を見学する。



 世界樹と言えば他にも、


 エルフたちの住処すみかであり、信仰の対象である精霊樹『アルミナ』。

 マグマを吸って成長し続ける、炎を咲かす大樹、炎華樹『グレンノヴァ』。

 獣人族の国・和国にある神獣教の総本山にそびえ立つ神樹『大和』。


 と言った具合ぐあいに全部で7本存在するが、この町の近くに生えているのは妖樹だけなので、それ以外の世界樹をこの目でおがむのは当分先になりそうだ。


 

 沼地に行くにあたって、あるモノを用意しなければならない。

 

 沼地……俺たちの住む町『ロザラム』から20キロほど離れた場所に位置する『キャノック湿原』は、大まかに3つのエリアに分けることが出来る。




 熱を発する熱木<ヒート・ツリー>によって水蒸気が発生し、常時、きりのかかっている迷霧めいむエリア。 


 きりじょうじてめっちゃデカい蜘蛛くもが襲ってきたり、めちゃデカいかにが何匹も追いかけてくる。




 毒が所々にき出す毒沼エリア。


 そこに生息するモンスターや植物は、その過酷かこくな環境に適応するために、解毒作用を持つ物質を作り出したり、なんかもう開き直って毒を作り出したりしている。


 開き直った代表的なモンスターは『ポイズンスライム』、こいつらは元々ただのスライムだった。




 今日の目的地、妖樹<エビル・トレント>を取り囲むように、樹魔<トレント>が何百匹と生える妖樹エリア。


 樹魔<トレント>は木の幹に大きな空洞くうどう……腕のような枝でつかまえた動物や冒険者を食べるための口が開いていて、けっこう見た目がエグい。

 空洞くうどうの入り口は歯のようにギザギザとしていて、バリバリと骨まで噛み千切ることが出来る。


 樹魔<トレント>の口に、血や肉片が付いていたら……そういうことだ。




 こんな感じに『キャノック湿原』は、「もう迷宮でいいんじゃね?」案がギルド本部の総会で提案されるほど、特殊な環境・特殊なモンスターの宝庫なのである。


 そんな沼地で冒険をするのに必要なモノ……解毒薬である。

 解毒薬は、たとえ毒沼エリアに行かないとしても必ず持っていかないといけない。

 迷霧めいむエリアや妖樹ようじゅエリアにも、多少なり毒攻撃をしてくるモンスターは現れる。

 

 そして解毒魔法を使える魔法使いにも、解毒薬は必須である。

 「へへんっ、俺は毒異常解除<ポイズン・キュアー>が使えるから解毒薬なんていらねぇぜ!」とか言ってると、逝ってしまう。


 食らった毒が即効性だった場合、魔法を使う前にめまいや吐き気に襲われ、魔方陣を作り出せるほど意識を集中できなくなる。

 また遅効性の毒でも、知らぬ間に毒が回っていて手遅れになる場合がある。



 そんな訳で俺は今、大通りの露店を見て回っている。


 ギルド公認のショップで売っている回復薬や解毒薬は、結構高い。


 ある程度のポーション製造技術を持っている、そして、ギルドに多額の上納金じょうのうきんを納めている職人は、ギルドからお墨付すみつきを貰えるのだ。

 優先的にポーションを買い取ってもらえたり、クエストボードで宣伝してもらえたり……。


 そんな美味しいみつをすするために、職人たちはかなり割高でポーションを販売する。

 

 それと対照的に露店で売っている非正規品のポーションは、確かに質の悪いモノが多いが、中には高品質で低価格なモノもあるので、目利きができるのであれば露店で買った方がお得である。


 肌寒い早朝の露店は、う人々もまばらで昼や夜ほど活気づいていない。

 それでも、ほとんどの店はすでに開店しているので、俺は一軒一軒見て回った。


  ん?……あ、あれはスライムの半透膜を乾燥させて細く切っためんを、和国発祥の醤油とかいう調味料をベースにしたスープにぶち込んだ、今ちょっと話題の『スー麺』じゃないか!

 

 すでに朝食を食べてしまった俺は、今はそんなに腹が減っていない。

 今、スー麺を食べたらたぶん、沼地の探索中に気持ち悪くなる。


 ……口惜くちおしいが、ここは我慢だ!



「オッチャン、『スー麺』1つ」

「はいよ!」



 腹が減っては戦はできぬ……いただきます!


 乾燥したスライムの半透膜がスープを吸収して、ぐちょりとした濃厚な味わいを作り出している。

 醤油の品のある香りと、味に深みを出す白兎の骨から取ったダシ。

 食感はともかく、味は美味しい。


 ちなみに、値段は大銅貨2枚……パン5個分だ。


 ……最高だぜ、オッチャン!



「美味しかった、また来る」

「おう!」



 本日2度目の朝食を終え、本格的に解毒薬を探す。

 

 高品質な解毒薬の見分け方……色と小さな結晶である。

 深い海のような透明な藍色あいいろをしていて、封入してあるガラス瓶に小さな白い結晶が生じているのがベスト。

 趣味で何度か作ったことがあるので、目利きには自信がある。


 鑑定士っぽい気分になりながら、露店を見て回った。

 ……なかなか良い品質のものが見つからない。


 藻が繁殖したような青緑色のモノ、

 藍色ではあるが結晶が生じていないモノ、

 何が入っているのか逆に気になる、変な個体が浮いている赤いモノ。

 

 そんなこんなで30分間探し回り、ついに高品質のものを見つけた。


 屋根付きの露店が立ち並ぶなか、大きな風呂敷ふろしきを広げてその上に商品を並べる一風変わった商売スタイル。

 しかし、風呂敷の上に並べられた回復薬・魔力薬・解毒薬はどれも高品質だった。

 値段もお手頃、買うしかない。



「この解毒薬を3ぼ―――え?」

「はいよ、解毒薬3本ね~―――ん?」


 

 フードの付いた灰色のコート、白いロンググローブ。

 フードの下の赤い瞳と黒髪。

 よく見たら、見たことのある風呂敷ふろしき


 ……昨日、大通りの裏路地で出会った獣人族のお姉さんだった。

 


「お~、昨日のお兄さんじゃないか! 買いに来てくれたのか?」



 気さくな笑顔で「よっ」っと手をあげて挨拶をするお姉さん。

 フードの下のケモ耳がピンと動いて、フードが少し揺れた。


 風呂敷の上に並べられた商品……これ絶対、



「……買いに来たって、これ盗品だろ」

「ん~、なんのことかなぁ? ピ……ピピ……ピィ~」



 お姉さんはヘタな口笛を吹いて知らんぷりをした。


 

「すぐそこの路地裏で冒険者の身ぐるみ剥がして……次の日にその盗品を堂々とここで売るのは、なんかすごいな」

「そんな褒めんなって~。 大通りが一番売れるんだ」

「だろうな。 衛兵とか身ぐるみ剥がした冒険者から追われたりしないのか?」

「まぁよくあるが、そん時は屋根の上をピョンピョン飛び跳ねて逃亡さ」

「そうか―――解毒薬3本くれ」



 解毒薬1本で大銅貨8枚、銀貨2枚と大銅貨4枚を財布から取り出し、お姉さんに渡した。

 ギルド公認のショップで買うと、1本で大銅貨10枚、つまり銀貨1枚である。



「結局、買うんだな」

「まぁ、昨日の冒険者たちとは色々あってな。 ……見ててちょっとスカッとした」

「そうかい、また買いに来てくれよ~」

「気が向いたらな」



 とりあえず、欲しかった解毒薬も手に入った。

 獣人族のお姉さんに別れを告げ、俺は『キャノック湿原』へと向かった。

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