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エルシア=オストーク



 私は毎晩、悪夢にうなされる。


 守ることの出来なかった非力な私のところへ、1人だけ生き残ってしまった罪深い私のところへ、彼らが呪いの言葉を告げにやってくるのだ。

 私への恨み、あの日の苦痛、恐怖を次々に言葉にする。

 私はその場に座り込み耳をふさいで、必死に耐えることしかできない。

 

 しばらくすると、いつの間にか彼らの呪言じゅげんは止んでいて、静寂せいじゃくの世界が訪れていることに気づく。

 私はゆっくりと顔をあげ、前を見る。

 

 そこにはいつも必ず、彼女が立っているのだ。

 暗闇の中、白くぼんやりと光を放つ彼女は、ただただ無言のまま私に笑顔を向けている。

 懐かしいあの笑顔……私は立ち上がり、手を伸ばす。



「待ってシェイラ!」



 手を伸ばすと、彼女は私に背を向け歩き出す。

 私が何度も叫んでも、彼女は何も聞こえていないかのように歩みを止めない。

 私がどれだけ必死に走っても、前を歩いている彼女に追いつくことができない。


 そのうち、彼女の歩いている先、暗闇の向こうに小さな光が灯る。

 その光は急激に大きくなり、暗闇をかき消し、彼女を飲み込み、ついには目を開けていられないほど世界が光で包まれる。


 こうして、私は目を覚ますのだ。

 

  

 

 

  

 

 

 わたしの名前は、エルシア=オストーク。

 2年前にこの町に来て冒険者を始めた。

 


 忘れることのできないあの惨劇。

 この町に来る前、私はただの村娘だった。

 

 村人たちと共同で農作業しながら、空いた時間で野菜や果樹を育てたり、パンを焼いたり、家畜を育てる毎日を過ごしていた。

 村での生活は、穏やかで平和なものだった。


 もちろん、それだけではない。

 麦が不作の年はひどい空腹を味わったし、ゴブリンが村の近くに住み着いた時はいろんな被害を受けた。

 それでも私は村の生活を気に入っていたし、今でもよく思い出す。


 16歳のある日、母が熱を出した。

 私は母に薬を作ってあげようと村近くの草原に行き、かごいっぱいに薬草を摘んだ。

 早く母のところへ。

 スライムたちが元気に飛び跳ねる草原を、私は駆け足で抜けた。



 村に着くと……そこは私の知っている村ではない、地獄に変わっていた。

 こん棒を持ったオークが畑や家を破壊しながら村人たちを撲殺ぼくさつし、それに乗じて無数のゴブリンたちが生き残った村人を殺して、死体を漁っている。

 鼻を突く死臭と村人たちの悲鳴、見慣れた景色に転がるしかばねが、私の頭を激しく揺さぶった。


 村のみんなを助けないと、早くこの場から逃げないと。

 いろいろな考えが頭をよぎったが、すぐに私は持っていたかごを放り出して、自分の家に急いだ。

 ベッドで寝込んでいる母と、看病をする父のもとへ。


 死体の横を走り抜け、

 助けを求める村人たちの言葉を聞き捨て、

 恐怖に泣きじゃくる子供たちに手を差し伸べず、

 私は家に向かった。


 私は両親以外のすべてを捨てたのだ。


 すべてを捨てたのに……。


 破壊した家の瓦礫と死んだ父の上に座りながら、オークが母の内臓をおいしそうに食べていた。

 目をき口を大きく開けた母の顔からは、恐怖と苦痛が痛いほど伝わってきた。


 その光景を目にした瞬間、恐怖や悲しみがすべて怒りに変わった。

 そしてそれと同時に、私の中で眠っていた力が……スキルが開花したのだ。


 殺意の渦に飲まれた瞬間、どうすれば目の前のみにくい怪物を殺すことが出来るのか、私にはそれが分かった。


 オークは私の姿を見ると母のむくろを放り投げ、立ち上がり、私を掴もうと手を伸ばした。

 16歳の人間の女ごときに、オークは本気を出さない。

 ゆっくりと巨大な手が近づいてきた。

 

 私は足元に落ちていた大きめの木片を拾い、オークの手が私を掴もうとした瞬間にオークの手に飛び乗り腕の上を駆け上がった。



『ガァッ!』



 驚きの声をあげるオーク。

 私はその口の中に木片を差し込み、脳まで貫くように思い切り力を入れた。



『ガ……』



 オークは一言だけうめき声をあげた後、地面に音を立てて倒れ込みピクピクと痙攣けいれんを始めた。

 まだコイツは死んでいない。

 私はオークの胸の上に立ち、木片を力強く踏みつけとどめを刺した。

 私の顔に赤い鮮血が飛び散る。

 硬い外皮と4メートルの巨体を持つオークは、小さな少女の手により簡単に散った。


 私は両親のかたきを討ったあと、もう1体のオークとゴブリンたちを倒して回った。

 もうすでに、生き残っている村人はいない。

 それでも村人の死体を漁っている奴らを許せない私は、周りに落ちていた包丁や石を使って1匹残らず断罪した。


 ……いや、本当は見捨てた村人たちに償いをしたかっただけかもしれない。



 あかね色に染まる空のもと、私は村人たちのとむらいをした。

 村の広場に全員を集め、薪を組み、火をつける。

 天国に行った後も村人たちといられるよう、母と父も一緒に燃やした。


 辺りはもうすっかり暗くなっている。

 祭りの時よりも明るく燃え上がる炎は、ただ1つ……私の細長い影しか作り出さない。

 廃墟と化した村に、私の悲痛な嗚咽おえつ木霊こだました。

 

 

 私はすべてを失った。

 私が生まれてから16年間のうちに手にしたものは、今はもう何も残っていない。

 すべてを失った代わりに私が手にしたものは、村人たちを見捨てた罪悪感と、1人では背負えきれないほどの悲しみや喪失感、そして天性の戦闘術……スキルだ。


 私は決心した。

 冒険者になって、私からすべてを奪ったモンスター共を駆逐くちくすることを。

 みんなを苦しめたモンスター共を殺し、彼らを見捨てた罪を償うことを。

 夢の中に出てくる彼らが私を許してくれるように。


 ……少しでも悲しみや罪悪感をまぎらわせるために。


 そのための力が私にはあった。



 燃え残った遺骨を穴に埋めみんなに別れを告げた後、私は村を旅立った。





==========




 

 村近くの町に行き、ギルドで冒険者登録をした。


 持っているものは替えの服数着と、潰されずに残っていたリンゴ数個、そして包丁1本。

 これだけしか持っていない私は、剣士の職業を選んだ。

 包丁さえあればどうにでもなる。

 

 早くモンスターを狩りたい。

 私はギルドを出て、外壁門を目指した。



「ちょっと~、そこのあなた~!」


 

 外壁門に向かって大通りを歩いていると、私の後ろで突然、女の子の甲高い声がした。

 振り向くと、私と同い年くらいの少女が2人、私を見ながら走って来るのが目に入った。

 

 大きな紫色の瞳を輝かせ、息を切らしながら向かってくる銀髪ショートの女の子と、息を切らすことなく何食わぬ顔で走る茶髪碧眼(へきがん)の女の子だ。

 

 

「はぁはぁ……やっと追いついた」

「シェイラはもっと体をきたえた方がいいですね」

「はぁ……私は魔法使いだから……はぁ……いいのよっ!」

「そういう問題ではないと思うのですが」 

 

 

 私のところまで来ると、銀髪の少女はひざに手をついて息を整えた。

 それを見下ろす眼鏡をかけた茶髪の少女が、銀髪少女の体力のなさを指摘する。

 

 銀髪の少女は魔法使いらしい。

 なぜか、魔法使い専用の黒いローブを裏返して着ている。

 

 眼鏡をかけた茶髪の少女は、茶緑色の半袖と褐色かっしょくの皮で作られた膝上まであるブーツを着用している。

 そして、背中には弓と矢筒を装備している。



「何か用でしょうか?」

「はぁはぁ……ふぅ……あなた、一緒にパーティーを組まない?」

「はい?」



 急いでいるのに……呼び止められて気分を害した私は、少し冷たい声で用件を聞いた。

 そんな私の気持ちに反して、銀髪少女はゆっくりと息を整える。

 銀髪少女は胸に手を当て呼吸を整えた後、いきなり私の手を取り距離を詰めた。


―――パーティー?


 

「説明もなしに、いきなりすみません。 私の名前はアデーレ、そして、ローブを裏返して着ているその子がシェイラです。 冒険者登録をしていたあなたを見てパーティーに誘おうと思ったのですが、下心丸出しな男性冒険者たちのパーティー勧誘を断るのに時間を取られてしまい……それであなたを追ってここまで来たというわけです」

「そういうことよっ! あんましうるさいもんだからギルド内で魔法をぶっ放してやったわ! ―――本当だ、ローブが裏返ってる! なんでもっと早く教えてくれなかったのよ!?」

「いや、面白かったのでつい」



 状況をみ込めていなかった私に、眼鏡をかけた少女、アデーレが簡単な説明してくれた。

 私の手を握っていた少女、シェイラは自慢げに不祥事ふしょうじ暴露ばくろしたあと、ローブが裏返っていることに気づき、アデーレに文句を言いながら大通りの真ん中でローブを着直きなおした。


 

「すみません。 私はパーティーを組むつもりはないです」



 私が冒険者になったのは、村人たちに贖罪しょくざいをするため。

 仲間と楽しく冒険をするためではない。

 私は1人で罪や苦しみと向き合わなければならないのだ。


―――それなのに、


 

「……あの、どうして私についてくるんですか?」

「ん~? たまたま行き先が同じなんだよっ」

「私たちも冒険者になったばかりで、森と草原しか探索できませんからね」


 

 外壁門を通り抜け、森に入ってからも2人は私に着いてきた。

 楽しそうに笑いながら私の少し後ろを歩くシェイラと、彼女の歩調に合わせながら歩くアデーレにあんに着いてこないでと言ったが、伝わらなかったらしい。


―――さらに、



「あなたすごく強いじゃない! よーし、私も! 火球<ファイヤー・ボール>!」

「では、私も弓で―――」



 私がモンスターの群れと戦っているとき、いきなり後ろから魔法や矢を放って私の獲物を横取りし始めた。 


―――挙句あげくの果てには、



「……パーティーを組んでいないのに3人で?」

「そうです! これ全部、私たち2人とあそこに座っている女の子の3人で倒したんです」



 討伐証明部位や換金素材といったものが良く分からなかった私は、とりあえず毛皮だけ剥ぎ取って換金してもらった。

 そのお金で食事をしていた私の後ろで、シェイラとアデーレがたくさんの素材を抱えながら受付嬢と話していた。


 どうやら私が倒したモンスターからも、ちゃっかり討伐証明部位や素材を剥ぎ取っていたみたいだ。


 ……なぜだろう、嫌な予感がする。



「なるほどエルシアさんと……しかし、そうなってくるとポイントの分配で問題が……どうしましょうか?」

「う~ん、面倒だからパーティーを結成しちゃおう!」

「え? いや、私は……」

「分かりました。 では、ポイントは3人で均等に分配しておきます」

「いや、だから……」

「シェイラが勝手にすみません。 私たちは後衛職ですので、剣士のエルシアさんは自由に行動してもらって大丈夫です」



 嫌な予感は的中した。



 

 私は孤独でいるようにてっした。

 罪深い私は、幸せになってはならない。

 私は1人で自分自身と向き合わなければならない。

 できるだけ2人と距離を置き、関わらないようにした。 


 それでも2人は……特にシェイラは、私の気持ちを無視して何度も諦めることなく話しかけてきた。

 ……彼女は優しかったのだ。

 私が苦しんでいる事を一目で感じ取り、私をパーティーに誘って明るく接してくれたのだ。


 それに、彼女にはすばらしい魔法の才があった。

 他の魔法使いたちとは比べ物にならない魔力量。

 気配探知でモンスターを次々と見つけ、夕暮れまでずっと狩りをしたが、彼女の魔力が尽きることは

一度もなかった。


 私が1人でモンスターの群れに突っ込み、モンスターの弱点を見極め、一流の戦闘術で切り伏せる。

 シェイラは私の邪魔にならない程度に魔法で敵を沈め、アデーレが状況を判断して全体の微調整をする。


 私たちは2週間で鉄ランクから銅ランクに昇格し、ランク昇格最短記録を更新した。

 その後も順調に冒険者としての実力を高め、1年で金ランクにまで登り詰めた。



 ……私はいつの間にか、3人で冒険することを楽しんでいた。

 いつも明るく私たちを楽しませてくれるシェイラと、頭が良くて品もあるけど言動がちょっとおかしいアデーレ。

 彼女たちと一緒にいる間は、過去の辛い思い出を忘れることが出来た。


 ……このまま3人、ずっと一緒に。


 私は愚か者だ。

 私は幸せになってはいけなかったのだ。


 いつの間にか忘れていた罪は、私の事を忘れてなど……許してなどいなかった。

 

 金ランクに昇格した10日後、私たちは、とある迷宮の最奥の部屋に入った。

 灰色の無機質な石門で、特に邪悪な雰囲気も感じない。

 この奥に入ったという冒険者の報告はまだギルドに挙がっていなかったので、たぶん私たちが初めて目の前の石門を開けた冒険者だ。

 

 ……いや、私たちはその石門を開けた最初で最後の冒険者だ。

 今はもう、立ち入りを禁止されている。



「この奥には……たぶんボスモンスターがいますね」

「ボスモンスターね……」

「まぁ、いつものようにエルシアが切り込んで、私とアデーレが後ろから攻撃すれば大丈夫よ!」

「少し楽観的すぎる気もしますが……」

「私のスキルがあれば大丈夫よ」

「エルシアのスキルがあれば敵の弱点も分かるし、さらにエルシア自身めっちゃ強いから楽勝ね! 私も魔法をバンバン撃つわよ!」



 石門を開けると、長い長い一本道が続いていた。

 白く光る不思議な魔石が灯す薄暗い道を、どんどん進んでいった。


 ……そして、私たちは『死』を具現化した怪物と出会った。


 数多の怨念をその身に宿し、見る者すべてに『死』の恐怖、苦痛、悲しみを知らしめるその怪物に、私のスキルは通じなかった。

 今までは、どうすれば目の前の敵を倒すことが出来るか直感が、スキルが教えてくれていた。


―――『死』に弱点なんて存在しない。


 それでも私は立ち向かった。

 ギリギリのところで攻撃を避け、何度も何度も切りつける。

 いつかはこの怪物を倒すことが出来ると信じて……。

 

―――そして、私はまた大切な人を失った。



「エルシア!」



 体勢を崩した私に、怪物の巨大な口が迫る。

 まるで、どこまでも続く深淵しんえんが私を飲み込もうとしているようだった。


 私は死を覚悟し、目を閉じた。

 目の前に暗闇が広がる。


 そんな私のすぐ横で、私の名を呼ぶシェイラの声が聞こえた。

 声が聞こえた直後、何かが私にぶつかった。


 目を開け横を見ると、今まで何度も見たことのある銀髪が目に入った。

 決死の覚悟がこもった紫色の瞳と目が合う。


 私は手を伸ばしたが、次の瞬間にシェイラは深淵へと飲み込まれた。

 噛み千切られた彼女の片腕が宙を舞う。

 

 その惨劇を目にした私は、自失したままアデーレに引っ張られ迷宮を後にした。










 アデーレはその後、冒険者をやめ受付嬢になった。

 無理もない、大切な仲間を目の前で失ったのだ。

 私は彼女を責めるつもりはない……責められるべきなのは私なのだ。


 私はソロ冒険者になった。

 もう絶対に、パーティーを組むことはない。

 私は1人で、村人たちへの贖罪しょくざいと自分の犯したあやまちに向き合わなければならない。



 これが私という存在の全てである。













 

 3人で冒険した日々は、私にとってかけがえのないものであり、色あせない栄光の数々だ。

 そしてシェイラは、罪に苦しむ私を照らす太陽のような存在だった。


 ……だから私は、あいつが嫌いだ。


 私たちが打ち立てたランク昇格最短記録を破り、栄光に傷をつけたあいつが。

 魔法の才を持ち、仲間の事を思いやる魔法使い……まるでシェイラのようなあいつが。

 太陽は2つもいらないのだ。


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