国外追放
短編小説の方とほとんど同じです。
「おいクソ庶民! まだ禁書の解読終わらねぇのか! 本当に無能だなお前は!」
背後から俺を怒鳴りつける声がする。
その声の主は上司のクラウド。
帝都でも有名な貴族の息子で、さんざん甘やかされて育ったせいか、わがままで品性のかけらもなく、そのくせ妙にプライドの高い困ったクズ上司だ。
今も俺の後ろで貴族の取り巻きどもと、高級な酒やお菓子を貪っている。
酒瓶を持っていない空いた手で、火のついた葉巻を持っているが……ここは火気厳禁。
彼曰く午後の一休憩らしいが、仕事が始まる朝の9時から昼の5時(今)までずっとあの調子だ。
そんな中、俺はというと――――
茶色く薄汚れた数多の禁書に囲まれながら、必死に机に置かれた紙と向き合っていた。
紙に書かれているのは、ものすごい量の計算式と魔方陣。
横に積まれた禁書を手に取り、何時間も、何回も読み漁りながら禁書に書かれた内容を解読しようと1人(ここ重要)頑張っていた。
ここは帝国アルムスの都。
皇帝が住む城のすぐ近くに建てられている、禁書庫の一室だ。
7年前、帝都の孤児院で暮らしていた俺は、禁書庫の司書に引き取られた。
そして、その司書さんに、長い間ずっと世話になった孤児院に恩を返すため禁書庫の職員になったのだ。
それから5年間は特に何もなく平和に時間が過ぎていった。
司書さんから任された仕事、主に禁書の整理や管理をしながら給金の一部を孤児院に寄付する。
のんびりとした平和な生活を送っていた。
しかし、2年前。
とつぜん、その司書さんはとつぜん姿を消した。
なぜ姿を消したのかはいまだに分からない。
どこに行ってしまったのかも分からない。
そして、司書さんの後釜に就いたのが……クラウドだった。
クラウドは仲間の貴族たちを引き連れ、禁書庫にずかずかと入り込んだ。
ろくに仕事をせず仲間たちとワイワイ騒ぎ、遊んで暮らす毎日。
―――当然、俺よりも給料は高い。
さらには皇帝に息巻いて、禁書を解読できると嘯く始末。
―――当然、解読するのは俺……というかクラウドじゃ無理。
禁書の整理と管理しかしてこなかった俺だが、文字を解読するのに3か月もかからなかった。
禁書の文字は、象形文字と音節文字を混ぜ合わした種類のもので、それが分かった後は既に解読されている近隣諸言語と照らし合わせるだけの簡単?な作業。
この近隣諸言語と照らし合わせる作業に、通常はかなり時間を費やすのだが……まぁ、禁書の文字はすべて頭の中に入っていたのでそんなに大変ではなかった。
禁書に書かれた内容は今までの常識を覆すようなものばかりで、『魔石の使い方』、『古代魔法』、『物に魔力を込める方法』、『ステータスを表示するカードの作り方』……たまに『官能小説』など様々なことが書かれていた。
もちろん、まだまだ解読したのは全禁書の1%もないが、この2年で帝国の繁栄は絶頂を迎えた。
―――まぁ、手柄はぜんぶクラウドの奴が掻っ攫っていったが。
別にそれでもかまわない、手柄なんて欲っしていない。
俺はただ、消えてしまった司書さんの代わりに禁書庫を守りながら、孤児院のみんなに恩返しが出来ればそれだけでいいんだ。
「お、もうこんな時間か。 俺たちは帰るが、お前は残って解読を続けろよ! ……明日は久々の休暇だからな」
5時を示す時計を見ながら腰を上げるクラウド……ちなみに、勤務時間は6時までだ。
仲間の貴族たちもそれに倣って立ち上がり、クラウドについていく。
まだ5時だろ、このクソ貴族共!
俺は後ろを振り向いた。
目の端に移る、クラウドの横顔。
少ししか見えなかったが、クラウドは笑っていた。
いつもの笑みとは違う……なにか悪いことを考えているときの不敵な笑み。
確かにクラウドはゴミみたいな無能上司だが、なぜか悪知恵だけは働く。
……クラウドを見ていると、持つべき物は実務能力よりも功績や利益を掠め取る悪知恵なのかと虚しくなる。
クラウドたちは禁書庫の魔灯の明かりをワザと消して、勢いよく扉を閉めた。
俺は禁書庫の明かりをつけなおしたあと、ふたたび禁書の解読を進めるのだった。
―――ちなみに魔灯も、俺が禁書を解読して作り出したアイテムである。
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「ふぁ~~~~……今日からまた地獄が始まる」
簡素な木のベッドから起き上がり、大きなあくびをする。
おととい、夜遅くまで禁書の解読を進めていた俺は、宿に帰った瞬間にベッドに倒れ込んだ。
皇帝の命令で、呪術を破る古代魔法を解読するために十分な睡眠をとれていなかった俺だが、昨日は久しぶりの休日でずっとベッドに突っ伏していた。
なにやら外が騒がしかったが、そんなの気にしない。
ていうか、久しぶりの安眠を邪魔するな。
そんなこんなで、あまり気持ちよく眠ることが出来なかったが、今日からまた禁書庫での仕事が始まる。
まぁ、あとちょっとで古代魔法の解読も終わるし頑張るか……。
俺は禁書庫へと向かった。
―――禁書庫が全焼していた。
……は?
禁書庫に着くと、禁書庫を取り囲むように人だかりができていた。
正直この時点で、群衆の頭の上から見えるレンガ造りの禁書庫が茶色から黒色へと変わっているのに気づいていたが、人々の間をすり抜け禁書庫の前まで来てようやく何が起こったのか分かった。
割れて粉々になったガラス、窓枠に使われていた木材や入り口の木の扉は、跡形もなく消し炭と化していた。
黒く変色したレンガの壁は形をとどめていたが、きっと建物の中は悲惨な状態になっているだろう。
俺は頭の中が真っ白になりながらも、貴重な本たちが無事かどうか確かめようと、立ち入り禁止の棒をまたいだ。
「いたぞ! あいつが犯人だ!」
「……は?」
聞き覚えのある声、クラウドの声だ。
声のする方へ振り向くと、あのバカ上司がこちらを指さしていた。
クラウドの周りにいた白い制服姿の衛兵たちが、一斉に俺の腕をつかみ、勢いよく地面に押さえつけた。
舗装された硬い歩道に顎をぶつけ、舌を思い切り噛んでしまい口の中に独特な鉄の味が広がる。
衛兵たちの力は強く、体をまったく動かせない。
俺は目の前に立つクラウドを見上げて、途切れ途切れに言った。
「な……なんで俺が……俺は……グフッ……やっていない」
口から噴き出た血が、目の前の地面を赤く染める。
その様子を嬉しそうに見下ろすクラウド。
クラウドは集まっている群衆全員に聞こえるよう、大声で叫んだ。
「何を言うか白々しい! 昨日、お前が慌てたように禁書庫から立ち去る姿を見た私と仲間たちが、気になって禁書庫の中に入ったら辺り一面火の海になっていたんだ! お前が犯人に決まっている!」
ざわつく群衆たち、それを横目でちらりと見ながらクラウドは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
そして、群衆の中から姿を現しクラウドの発言を肯定しだす貴族の仲間たち。
群衆たちも、衛兵たちも、疑うような視線を俺に向けてくる。
……は? そんなわけがない。
昨日、俺はずっと宿で眠っていたんだ。
「コイツを連行しろ!」
「は、離せ! 俺は――――」
暴れる俺の顔に、容赦のない衛兵の蹴りが入った。
薄れていく意識……動かない体を引きずられていく。
群衆たちの罵声が耳の奥で鳴り響く。
俺はクラウドの悪意のこもった目を見ながら眠りについた。
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「ここは……どこだ?」
目が覚めると、俺は知らない場所にいた。
眠っていた場所は、無機質な灰色の石材が敷き詰められた建物の中。
先ほどまで朝だったはずだが、柵のついた小さい窓からは月明りが指しこんでいた。
衛兵の蹴り1発くらいでどんだけ俺は眠っているんだ……。
いや、その前に禁書庫の火事だ。
昨日はずっと宿で眠っていた。
俺が犯人なわけがない。
それなのに、あのクソ上司は……。
「クククッ……目が覚めたか?」
またもや聞き覚えのある声、クラウドだ。
窓から目を離し振り向くと、大きな柵の向こうに憎たらしい笑みを浮かべるクラウドがいた。
……なるほど、ここは牢屋の中か。 初めて入った。
「……禁書庫に火をつけたのはお前だろ、クラウド」
俺は笑みを浮かべるクラウドに、静かな声で言い放った。
確信もないし、証拠もないが……たぶん犯人はこいつだ。
何より焼けた禁書庫の前でコイツが言った証言は、身に覚えがなさ過ぎて笑えるくらいの作り話だ。
なにかボロを出さないか……俺は注意深くクラウドを観察した。
―――が、
「……なにを当たり前のことを言っているんだ?」
「な!?」
俺を見下していた笑みが一変し、心底つまらなさそうな表情に変わる。
クラウドはあっさりと自分が犯人であると認めた。
牢屋を隔てる通路の奥には、衛兵が直立不動の姿勢でこちらを見つめている。
俺は今の発言を聞いたであろうその衛兵に助けを求めようとしたが……
こいつらは……グルか。
考えてみれば、犯行を認める発言をした時点でクラウドを取り押さえるはずだが、あの衛兵はピクリとも動かない。
それならば……
「なんで禁書庫を燃やしたんだ?」
せめて、少しでも情報を引き出す。
「……潮時だ」
「どういうことだ?」
「そろそろ禁書を解読しているのが俺ではないとバレてしまう頃合いだ……そうなる前に何か策を打たなくてはと思ってな。 で、思いついたのが、禁書をぜんぶ消し炭にして、その責任をお前にすべて被せる計画。 禁書庫を燃やしてしまえば解読する禁書もなくなるし、お前が無事に処刑されれば、事情を知っている人間はこの世にいなくなる。 ……なんて素晴らしい計画なんだ」
「……裁判所ですべて証言してやる」
「フフッ、出来るもんならやってみな」
クラウドは心底愉快そうに笑いながら立ち上がり、通路の出口へと向かった。
事の真実をすべてぶちまけたというのに、その足取りは軽快だ。
カツン カツン カツン……
軽い足音が牢獄の中に響き渡るが、不意にその足音は途絶えて代わりにクラウドの声が木霊した。
「……あぁ言い忘れていた。 明日には裁判が行われるが……期待しててくれ」
それだけ言うと、クラウドはまた軽快に歩き出した。
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「被告人、レオンを禁書庫全焼の犯人として国外追放の刑に処す!」
裁判長の重苦しい声が裁判所を包みこむ。
裁判所の中心でたたずむ俺は、無力感と喪失感、そしてある種の感動に近い不思議な気持ちを抱いていた。
さすが悪知恵だけは働くクソ上司……用意周到すぎて怒りを覚えるどころか逆に感動してしまった。
―――裁判は順調に進んだ。
孤児院出身で身分の低い俺は、発言を許されなかった。
下手に発言するとその時点で罪が確定し、裁判は終了する。
俺は黙って見守るしかできなかった。
そんな何もできない俺をよそに、裁判はクラウドの思惑通りの方向へ進んだ。
事件の参考人として、俺の住んでいる宿屋の主人や、禁書庫に忍び込む俺を目撃したとほらを吹くジジイ、……そしてクラウドと仲間の貴族たちが証言台に立った。
宿屋の主人やジジイは、ありもしない戯言を声高らかに言い放った。
クラウドに金でも渡されたのだろう。
宿屋の主人とはけっこう仲が良かったと思うが……簡単に裏切られたな。
ジジイは……初めて見るクソジジイだった。
そして、俺の代理人を名乗る男の証言。
男は、俺から裁判で話してほしい事をすべて聞いたと言って、俺の代わりにベラベラと「自分がやりました」的な発言を自信ありげに語った。
……いや、お前もジジイと同じで、初めて見る顔だがな。
最初のうちは、良い機会をうかがってクラウドの悪事をバラしてやろうと思っていたが、俺の左右では衛兵がずっと見張っているし、目の前で繰り広げられる茶番劇が面白すぎて、途中から裁判の行方ゆくえに没頭して悪事をバラすことをすっかり忘れてしまっていた。
そんなこんなでいつの間にか判決言い渡しの段階に入り、裁判長から『国外追放』の刑を言い渡された。
国外追放……追放と言うものの実質、死刑のようなものだ。
裁判所直属の魔導士が、1枚の羊皮紙を俺の目の前に突きつける。
羊皮紙には短い文が書かれていた。
「読め」
「……わたし、レオンは日没までにアルムス帝国の領土から立ち去り、その後二度と帝国の土を踏まないことを誓います」
俺が読み終わると、すぐに魔導士は詠唱を始めた。
俺の知っている呪文……なにせ俺が禁書を読み解いて見つけた古代魔法だからだ。
自分で自分の首を絞めているようで、複雑な気持ちになる。
詠唱が終わると同時に、俺の首に真っ黒な首輪が浮かび上がった。
『誓約の首輪』……言葉にした誓約を破ると死ぬ魔法。
ここ帝都は帝国のほぼ中心に位置する。
帝国の領土を抜け出すには、馬を使っても最低5日はかかるだろう。
とても日没までに抜け出すことなど出来はしない。
死ぬのは確実。
これが国外追放が死刑たる所以だ。
わずかな希望を胸に必死に足掻く様を見たいという皇帝の腐った願望から生まれた刑である。
その皇帝は、裁判所全体を見下ろすことのできる2階の特別室でふんぞり返って笑みを浮かべている。
「扉は開かれた! さぁ、生き延びるために精一杯足掻くがいい!」
背後から扉の開く鈍い音がした。
太陽の光が、裁判所の中に差し込む。
振り向くと、外に出るための大きな門が開かれていた。
ゆっくりと光の方へ進む。
「早くしないと太陽が沈んじまうぞ!」
裁判の聴衆たちの罵声や笑い声とともに、クラウドの、俺を急せかす声が聞こえた。
いちいちムカつく奴だな。
誰がお前の言う事なんか聞くか。
あとで絶対仕返ししてやるからな。
扉の外に出ると、すでに太陽は西に沈みかけていた。
日没までの猶予はせいぜい3~4時間……(俺じゃなきゃ)確実に死ぬな。
裁判所から帝都を抜け出すための外壁門まで1本の大通りが続いている。
その大通りの左右に、両手に石を持った市民たちが列を作って並んでいた。
弱り切った汚い野良犬を見るような視線、大気を震わすような罵声、嘲笑。
後ずさりしかけたが踏みとどまって覚悟を決め歩き出した。
「……ッ!」
嬉々として石を投げつける人々。
優れたコントロールを持つ奴がいるらしく、頭に石が直撃して生温かい血が額を流れ落ちる。
俺も投げ返してやりたかったが、手錠がかけられていて出来そうにない。
こうして石を投げつけられボロボロになりながら、俺は帝都を後にした。
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外壁門をくぐり抜け、帝都を脱出して約10分。
周りには誰もいない。
俺は周囲を見渡したあと、地面に膝をついて座り込んだ。
手錠がかかっていて動かしにくいが、石を拾い、地面に数式や魔方陣、文字を書き込む。
禁書庫が全焼する前日まで、俺は皇帝の命令で、『呪術を破る古代魔法』の解読をしていた。
あとちょっとで解読できるところだったが、あのクソ上司のせいで事件の犯人にされてこんな結果に……。
まぁいいさ……禁書庫に勤めるようになって7年、燃えて灰となったすべての禁書の内容はぜんぶ覚えている。
とうぜん、『呪術を破る古代魔法』について書かれた禁書についても全部頭に入っている。
俺は頭の中にある禁書の解読を始めた。
そして日没直前、なんとか古代魔法の解読に成功した。
誓約の首輪に手を触れ、呪文を唱える。
「我、世界の禁忌に踏込みし者なり。 我が禁術を以ってすべての呪いを消し去る。 解呪<ディス・カースト>」
禁書に書かれたとおりに呪文を唱え、流す魔力を調節し、魔方陣を出現させる。
誓約の首輪は、俺を呪い殺すために黒く輝きだしていたが、間一髪のところで解呪に成功した。
ガラスの割れるような鋭い音を立てながら、首輪が粉々になって霧散する。
……ギリギリで死なずに済んだ。
「はぁ……危なかった」
腕で顔を伝う冷や汗を拭ぬぐい、ため息をついた。
そして、一息ついた後、全身を確認した。
投げつけられた石のせいで、体中に痣あざや擦り傷ができている。
手錠は魔法で作られているわけではないので解呪魔法じゃどうにもできないが……まぁ後ほど考えよう。
石で地面に文字を書いている最中、急いで解読していたこともあり、誤って地面を引っ掻いて右手の人差し指の爪が剥がれたが命よりは安いもんだ。
……哀れな姿だな。
自慢じゃないが、俺が禁書を解読して新しい発見を何個も生み出したおかげで帝国は今、最盛期を迎えている。
もう辺あたりはすっかり暗くなった。
帝都では俺に石を投げつけた奴らが、(俺の作った)魔灯の下で、何事もなかったかのように談笑し合っているのだろう。
クラウドとその仲間の貴族たちは無事に計画が上手くいったと、(俺が魔石の使い方を解読したおかげで製造できた)冷蔵庫の中から冷えたエールを取り出してパーティーをしているだろう。
国外追放なんてクソみたいな刑を思いついた皇帝は、(俺が生み出した数々の発明、魔法によって急増した)税収を惜しげもなく使って贅沢の限りを尽くしている最中だろう。
……ムカつくな。
「そういえば、この道の先には今にも滅びそうな弱小国家があったっけ?」
たしか名前は、レスティー王国。
もともと国土が小さいうえに、これと言った産業や資源のない可哀そうな王国。
最近は帝国やら周辺諸国の侵略を受けていて、さらに切迫した状況に陥っているようだ。
そして聞いた話によると、レスティー王国の王様は帝国のバカ皇帝とは違って、人徳が厚く謙虚で優しい人物らしい。
どうやらこの世界は、良い人間ほど苦しい思いをする理不尽な世界のようだ。
「……国外追放されて行くところもないし、とりあえずこの道をまっすぐ歩いていくか」
手錠の鎖をカチャカチャと鳴らしながら、俺は月明かりに照らされた一本道を歩き出した。