90.勇者特製の特別なパジャマ
「やっと着いたな。」
日が陰り、森の中が薄暗くなってきた頃。
俺達は木々の間を抜けてようやく我が家へと帰ってきた。
「6日だったけど、毎日お風呂に入れたし移動中も乗り心地は悪くないし、たまにはこういうのも悪くないわね。」
「そうだな。」
馬車を引く馬がいれば、俺もきっと同じ事を言えただろうな。
まぁ、それでもリンジュやイザナがたまに外に出て話し相手になってくれたし、飯もイザナとサヤナが作ってくれてそれを外で皆と食べる。
リンジュの背中に乗ってひとっ飛びでは得ることの出来なかった時間だ。
「さて、それじゃあ早速始めるか。」
「そうね。」
長いこと家を留守にしてたんだ、やる事は少なくない。
「サヤナとイザナは家の掃除、アリスとフィオルは馬車から荷物を下ろすのを手伝ってくれ。」
「あたしはぁ?」
「.........リンジュは、」
............ダメだ、こいつに騒ぐ事以外に出来る事が思い浮かばない...。
「そうだな......リンジュはイザナの手伝いをしてくれ。」
「狐の.........分かった...。」
リンジュはあからさまに嫌な顔を見せつつもしぶしぶ了解した。
が、
「え、鳥に出来そうな事ないんだけど。」
「ウガァッ!」
イザナのしれっと発した無能宣言にリンジュは牙をむいて睨みをきかせた。
「ま、まぁ、なんでもこき使ってやってくれ。」
あぁ、そういえばリンジュの部屋も必要なんだったな。後で2階の埃かぶった部屋を一つ綺麗にするか。
「さて、それじゃあ二人とも、手伝ってくれるか?」
「うんっ!」
「はいっ!」
リンジュの事をイザナに丸投げすると、アリスとフィオルの二人を連れて家を出た。
「アリスは調理器具や食料、フィオルはクッション類を家に運んでくれ。俺は衣類を運ぶからさ。」
「分かった。」
「はいです。」
クッション類に関しては別に出さなくても良いが、次に馬車を使うのはいつなのか、そもそもまた使うかすら分からないからな。
せっかく高い金を払って買ったのだから家で使う方が賢い。
アリスが大きなクッションを2つ、そしてフィオルが少し重そうに調理器具の入った袋を「んっしょ、んっしょ。」と持って行くのを横目にリサが作った服がぎっしりと詰まった木箱を纏めて持ち上げた。
と、不意にひらりと1枚の紙切れが舞い落ちた。
「ん、なんだこれ?」
リサの店で挟まりでもしたのだろうか。
6日の度の間に一度も動かさなかったせいで気が付かなかったその紙を拾い上げると何やら文字が書かれていた。
『はるっち読んでるぅ?イザニャンにプレゼントした普段着の一番下にパジャマも三着入れておいたからぜひぜひ着せてみてねぇ。......あ、ちなみに黄色のパジャマは着せると面白い事になるからお楽しみに!』
「黄色?......うぉっと。」
読み終えた瞬間に紙は緑の炎に包まれて一瞬で燃え尽きた。
読み終えたら燃えるようにでも魔法で仕組まれていたのだろう。
箱を開けて何枚も重ねられたイザナの普段着の下を調べると確かにパジャマも三着、そして一着は黄色だった。
「面白い事.........ね。」
他の誰でもない、リサが言う面白い事についつい妄想が膨らむ。
俺の願いはただ1つだが、リサならそれを叶えてくれる可能性すらある。
「ぐへへ、今晩が楽しみだぜ。」
「......パパ?」
「お、おおっと、アリスはもう運び終わったのか!偉いぞぉっ!それじゃあ俺も頑張って運ぶかなっ!」
......あぶない、あぶない。
危うくアリスに俺の変態性がバレる所だった。
突然かけられたアリスの声に慌てて木箱を持ち直す。
それから手の空いたアリスはフィオルに手を貸して、3人揃って家へ戻るとリンジュはフィオルは掃除を、イザナはフィオルが運んできた食器類を片付けていた。
「それで全部?」
「はい。」
「そうだよ。」
「そう、じゃあアリスちゃんは私と一緒に片付けのお手伝いで、フィオルちゃんはサヤナちゃんの方を手伝ってくれる?」
「分かりました!」
「分かったっ!」
イザナの指示に二人は元気よく返事をするとそれぞれの仕事へと取り掛かった。
「さ、さて、じゃあ俺はこれを置いてくるなっ!」
「うん、お願い............ねぇ、」
「ん?」
「.........何かいい事でもあったの?顔が気持ち悪いんだけど。」
く、流石に鋭いな......、いや、俺が分かりやすいのか?
ていうか後半のそれは普通に傷つくんだが.........いやいや、ダメだ。この程度の事でボロを出しては元も子もない。
「べ、別に大した事じゃないけど、ただやっぱり我が家は良いなって思っただけだよ。」
「ふーん。......まぁ、それには同意ね。」
イザナはまだ少し怪しみつつもアリスと一緒に片付けへと戻った。
.........あっぶねぇ、バレるところだった。
イザナは本当に感がいいからな、ほんの少しの変化すら見破られてしまう。
そしてそれから俺は頑張った。
片付けや夕食、そしてお風呂。
いつも楽しくワクワクな時間も今日は今この時の事ばかり考えてしまっていた。
そう、就寝の時を。
「やっとこの時が来たか。」
「これから寝るのに随分元気ね。まぁ、いつも私の体ばっかり触ってて殆ど寝てないみたいだけど。」
「寝てる時よりもイザナに触れてる時の方が疲れが取れるからな。」
「そう。」
別段、大した反応もなくあっさりと流すとイザナはベッドの方へと向かった。
「じゃあ、寝よっか。」
「あ、ちょっと待ってくれるか?」
「ん、なに?」
「実はさ、」
俺はそう言って、ゴソゴソと木箱を漁り、一番下に潜めていた黄色のパジャマを取り出した。
「なにそれ、パジャマ?」
「あぁ。リサが普段着の他にもパジャマを何着か入れてくれてたんだよ。生地もサラサラで触り心地最高だし着てみないか?」
イザナはいつも寝る時は一応着替えはするが、少し大きめでゆったりとしたTシャツで、今まで1度もパジャマらしいパジャマは着た事が無かった。
「......そうね。リサちゃんが作ったのなら着心地良さそうだし、せっかく作ってくれたみたいだから着てみるわ。」
「おぉっ!!」
「......随分と嬉しそうね。」
「え、あ、まぁ、そりゃあな。女の子のパジャマ姿に興奮しない男はいねぇよ。」
「いつもお風呂で私の裸見てるけど、それよりも?」
「いや、エロと可愛いは別だぞ。」
まぁ、今回に限ってはパジャマもリサの仕込みによってはエロになるかもしれないが。
「ふーん。ま、どうでもいいけど。」
イザナは相変わらず冷めた調子で俺から黄色のパジャマを受け取ると、今着ている服から着替えた。
着替え終わったイザナは着心地良さそうに体を動かす。
やはりイザナの好みを完全に把握しているリサのパジャマはゆったりと、窮屈さは全く感じられず、そしてなお邪魔にならない程度のフリルとリボンが袖と襟、裾へと施されている。
そして何より俺が目を惹き付けられたのは肩から先の袖の部分。
透け素材で作られており、イザナの腕が生地越しに見えて、元々イザナの細く華奢で綺麗な腕は大好きだが、パジャマという装備が加わる事によって妖艶さが引き立てられていた。
「......可愛い......というかエロい。」
「エロと可愛いは別って今自分で言ったばかりでしょ。でもそうね。見た目はともかく、着心地はとっても良いし、これならこれからもずっと使いたいわ。」
「おぉっ、そりゃ良かった!......で、どうだ?」
「......なにが?着心地はいいわよ?」
「......あ、あぁ。」
..................え?
どうなってんだよ、面白い事はっ?!
まさか、不発……?
嘘だろっ?!俺がどれだけ苦労して誤魔化して来たと思ってるんだよっ!
何の変化もないのか、俺の焦った様子にイザナは首を傾げた。
「どうしたの?」
「え、あ、いや、別に。それじゃあそろそろ寝るか。」
「そうね、明日からはまたギルドで沢山働かないといけないし。」
......位闘が終わって、エルフを助けて、馬車を引いたのに、休みは1日も貰えないのかよ.........まぁ、久々にヤマさんに会えるのは楽しみだから良いけど。
っと、そんな事よりも、だ。
俺はイザナと一緒にベッドに横になると、もう一度だけ確認をした。
「イザナ、身体の方の調子はどうだ?」
「なにが?」
「えーっと、その、エッチしたくなったりするか?」
「............別に。」
そりゃそうだよな。
そもそもどんな面白い事が起きるかも分からない。
「あ、でも。ハルト、ちょっと聞きたいんだけど。」
「ん?」
「この服、ハルトが何か仕込んでる?」
「えっ?!い、いや、俺は何も仕込んでないけど?」
そう、俺は。
「ふーん。」
「何かあったのか?」
「んー、そうね。媚薬か何かなのかな、体の感度が上がってる気がする。」
お?
おおおおお?
リサの事だからエッチな仕掛けだと思っていたがやっぱりそうかっ!
.........でも、
「そう言ってる割には別に変わった様子ないよな。」
感度が上がったと言いつつも、ケロッとしているイザナの獣耳をスリスリと撫でながら聞いてみる。
「当然でしょ。何年ハルトと一緒に暮らしてると思ってるの?」
「え?」
「これくらいの媚薬効果なんてしょっちゅう受けてるからもう慣れてるわ。」
「.........うそだろ、」
「ほんとよ。だからハルトが何か仕込んだのかと思ったけど、違うって事はリサちゃんの仕業?」
「えっと、」
「やっぱりね。で、これを私に着せたかったが為に今日帰ってからずっとソワソワしてたんだ。」
「.........うっ。」
「でも、それならサヤナちゃんに着せた方がハルト好みの反応をしたかもね。」
ったく、そんな命知らずな事出来るわけないだろう。
それに、
「流石にサヤナにはサイズが合わないからな。胸とか。」
「……......。」
「............あ、いや、ちがう。」
別にイザナの胸の大きさをディスったんじゃない!
そう言おうとした時にはイザナはくるんと向こうへ転がり、もたれかけていたクマさんへ抱きついた。
「イザナ、違うんだって、俺はお前の小さ......手にちょうど収まるくらいの胸も大好きなんだ!」
「も?」
「俺が好きなのはイザナの胸だけだ!」
「ふーん。じゃあサヤナちゃんのおっぱいは好きじゃないのね?」
「.........。」
「おやすみ。」
「あぁ!待ってくれぇ!」
そんなこんなで、俺のイザナをクマさんに奪われながら俺はひたすらイザナの背へ向けて言い訳とアピールを繰り返すのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございますっ!
そして、申し訳ないのですが、今回のこの90話をもってこの物語は一時完結という形にしようかと思います。
実の所、勇者召喚でエルフ達を助けた所を描き終わった時に、自分の中でこの物語のピークが過ぎてしまったように感じ、いつ辞めようかいつ辞めようかと考えるようになっていました。
まだ新しい勇者の事や、フィオルのお母さんの事、妹の事。そしてギルドでの活躍と、色々書こうと思っていたものはあったのですが、 今の私が書いても自分自信、この作品を面白いと思えません。
ですので勝手ではありますが、ここで一時完結としようと思います。
またこの話は絶対面白いっ!
と思えるようになったらもしかしたら密かに投稿を再開するかもしれないので、その時、まだこの作品を読んでみようと思っていただけたら嬉しいです。
投稿初めて半年。お付き合いありがとうございました。