9.娘と召使い
家に着くと休む間もなくイザナは出かける準備を始めた。
「じゃあ、私はサヤナちゃんと晩のおかずを調達してくるから、ハルトはアリスちゃんとフィオルちゃんの事よろしくね。くれぐれも、」
手を出すな、ね。分かってますとも。
.......ん?
「サヤナも連れてくのか?」
「なに?一緒にいたかった?」
「別にそういう訳じゃないが.......。」
この家は俺の張った結界で魔物どころか俺の許しを無しに入ろうものなら誰であっても消し炭になるようになっているが、外はそうはいかない。
こんな辺境の地ゆえに生息する魔物もそこらの魔物とは比べ物にならないくらい警戒心が高くそして飢えているのだ。
「まぁ、イザナが付いてれば問題ないか。」
「うん。それにいずれはこういう事もお手伝いしてくれると助かるしね。」
.....................サヤナの仕事は性奴隷の方が随分と楽だったのかもしれないな...。
「さて、と。」
サヤナがイザナに連れられて家を出て行くのを見送るとアリスとフィオルの二人へ向き直った。
「えーっと、とりあえずこれからのルールを幾つか教えとくぞ。」
二人はコクッと頷いて俺の言葉に耳を傾けてくれる。
「一つ目。外に出る時は絶対に俺かイザナに言うんだ。一人で出たりする事は絶対にするな。いいな?」
この家を一歩でも外に出れば沢山の魔物の標的にされかねない。
俺やイザナがそばにいなければ1分と経たずに命を落としてしまうだろう。
俺はルールなんかで人を縛るのは好きではないが、これだけは絶対だ。
「二つ目。何か言いたい事、やりたい事があったら遠慮せずに言う事!以上だ。」
そもそもルールなんて、そんなあるもんじゃない。
入っちゃいけない部屋とか、壊しちゃいけないもの、触れちゃいけない話題。
それらは一切ないし、強いて言うなら俺の部屋に入る時は念の為ノックしろとか、そのくらいだ。
...........あ、いや、アリスにはまだ言っておかないといけない事があったな。
「アリス、お前にだけはもう一つこの家のルールを言っておく。俺の事はパパ、イザナの事はママって呼ぶんだ。いいな?」
「.......パパ?」
突然の事にキョトンと首をかしげるアリス。
「あぁ、アリスは今日から俺とイザナの娘だ。」
「...............?」
親を早くに亡くしてるからいまいち実感が沸いてないみたいだな。
というか、突然俺たちの娘だなんて言われても受け入れられないものか。
「まぁ、ようするに、特にやってもらいたい事とかはないから俺とイザナの娘としてここで一緒に楽しく暮らそうって事だ。」
「.........うん、分かった、です。」
「あー、あとな、敬語はなしな。」
親子の間に敬語は堅苦しいし、そもそも上手く使えていないようだったからな。
「.....うん、分かった。」
「よし。で、あとは...........、」
「...........?」
フィオルに目を向けると、まっすぐ俺の目を見て首をかしげる。
まず来た理由が本人はどう思ってるのか知らないけど担保としてだからな。
「まぁ、アリスやサヤナと仲良くしてくれよ。」
「.......わたしは、」
「ん?」
「........わたしは、おにいさんと仲良くなりたいです。」
「..........えーっと?」
「わたしをおにいさんの召使いにして下さい。」
店員さんの言葉から何か取り入ろうと動いてくるかもと身構えてはいたがまさかこうも直球で来るとはな。
さて、どうしたものか。
「.........一生召使いとしておにいさんを支えます!」
「...........お、おう。頼んだ。」
...................あ、
勢いと可愛さに負けてつい口から出てしまった言葉にこれからの心配がどっと押し寄せるがもう既に後の祭り。
ぱあっ!と表情を明るくして喜ぶフィオルを前に俺はイザナにどう説明したものかと考えるのだった。
◆
「ただいまー.........ハルトどうしたの?」
「いや、別に。ただイザナは俺の最高のお嫁さんだなって思っただけだよ。」
「急に何?そんなの当たり前でしょ。私以上にハルトのお嫁さんに相応しい女はいないもん。」
「そ、そうだな、で?ちゃんと収穫はあったか?」
「もちろん!今日は家族が増える記念にちょっと遠くまで行ってアルストン狩ってきたから期待してていいよ。」
...........いや、まぁ、アルストンは美味いから嬉しいけどさ、そんなの狩りに行くんならサヤナ連れてくなよ。帰ってきたサヤナの様子おかしいと思ったら原因は絶対それだろ。
アルストンはここら一帯では特に凶暴かつ強力な魔物だ。
初日からそんなもん見せられたらトラウマになるぞ.........。
「サヤナちゃん、これ裁くから手伝って。」
それからサヤナはイザナにあれやこれやとこき使われるのであった。