85.最高なメイドと一家の大黒柱
馬車を引き始めてから1時間と少し。
アリス達がたまに馬車から顔を出して話しかけてくれるなか、ようやく待ちに待ったイザナが顔を出し、馬車から飛び降りた。
「どう?欲しいって言ってた馬車の感想は。」
「......思ってたのと違う。」
「でしょうね。」
俺の答えを予め察していたイザナはあっさりとそう返した。
今回の馬車の失敗点、それはとても当たり前の事で、馬がいない事だ。
ゆっくり移動時間を楽しむ為の馬車だったはずがあからさまに俺だけハブられているみたいになっていて、これなら移動をゆっくりなんて考えずにさっさと家に帰ってみんなと一緒にくつろいでいた方がよっぽど幸せだ。
「どうして馬を買わなかったの?普通に馬に引かせていれば一緒に中に入れたのに。」
「昨日の祭りでどっかの馬鹿が逃がしたらしくてな。売ってなかったんだよ。」
「え、そうだったの?それなら馬車買わずに帰るの延期したら良かったのに...。」
「1日も早くイザナと一緒にお風呂入りたくてさ。」
「......もっとマシな理由ないの?ハルトらしいけど。」
冷たい視線ながらも、少し嬉しそうな表情にも見えるイザナを視界の端に捉えて、俺は馬車を引いた。
そして暫く隣で一緒に歩きながらイザナと話しているとだんだんと日が傾き、辺りは朱に染められた。
「もうすぐ日没ね。」
「だな。何処かいい所を見つけて日が沈む前に野営の準備するか。」
「そうね。」
「あ、そういえば初日って事でかなり遅く走らせてみたんだけど、乗り心地はどんな感じなんだ?」
「ん、クッションが柔らかいし、揺れも少なくて快適よ。」
「そうか、なら良かったよ。」
買ったはいいものの馬役の俺は全く乗れてないからな。
「じゃあ明日からは少しペースを上げるか。」
今日みたいなペースだと家に着くまでにかなりの日数を要してしまうからな。
ゆっくり移動を楽しむといっても余りに長ければアリス達も疲れてしまう事だろう。
「さて、それじゃあ今日はこの辺りで寝るか。」
草木が殆ど生えておらず、そのお陰で辺りに視界を遮る物がほとんどない。
盗賊や魔物、どちらしてもこれなら早急に対応できる。
まぁ、結界を張るつもりだから放っておいてもそう大した問題にはなり得ないだろうけど。
「みんなー、今日はここで野営にするぞぉ。」
ガタッ、と馬車を停めて中でガヤガヤと楽しげに話しているアリス達に声をかけるとすぐにアリス、フィオル、サヤナの3人が馬車から降りて来た。
「パパ、何すればいーい?」
「なんでもお手伝いします!」
手伝いたいと進言するアリスとフィオル。
あぁ、なんかこうやって指示を待って頼られている感じ、昔は従者もいて頼られる事はあったが、イザナと結婚してからはご無沙汰だったからか何となく嬉しい。
と、さっそく2人に指示を出そうと思っていると、その後ろで何も言っていないのにサヤナは馬車の荷台部分から夕食に使う食料や調理器具を下ろし始めた。
「.........サヤナの手伝いをしてくれるか?」
「うんっ!」
「はいですっ!」
俺の指示を受けてアリスとフィオルはやる気満々でサヤナの元へとかけていった。
「ったく、せっかくの野営だから色々と指示して一家の大黒柱っぽい所を見せたかったのに......。」
「何も言わなくてもやってくれるなんて、これ以上ないメイドでしょ。それに、」
「ん?」
「たしかにハルトは一家の大黒柱かもしれないけど、頼りないのはもう皆知ってるから。」
「うぐっ......。」
皆とか決めつけないでくれよ......。
確かにイザナとサヤナはもう知っちゃったかもそれないが、アリスとフィオルの前では結構頑張って隠してきているつもりなんだから。