77.いつの日か。
勇者召喚についての話が一段落し、軽く別れを告げてから俺とイザナの二人は部屋を後にしていた。
部屋を出てすぐはまだおんぶして貰えていたのだが、今では、疲れたと一言だけ発してポイッと捨てられた俺は渋々イザナの隣を歩いていた。
「あー、それにしてもツァキナの泣き顔可愛かったなぁ。」
「.........。」
「あっ、昨日のイザナの泣き顔の方がきっと可愛かったぞっ!!」
あの時顔を見る余裕がなかったのは今思うとかなり惜しい事をした。
これから先、いつイザナの涙を見れるのかも分からないのに。
「......聞いてないし、そもそも泣いてないし。」
「おい、エッチし放題って話に続いて泣いた事までも嘘で隠すのかよ。」
「嘘じゃないもん。」
「まぁ、イザナが認めなくても俺の脳内にはくっきりとあの時のイザナの泣き声が刻み込まれてるけどな。」
「妄想の中のね。」
「............。」
何もそこまでして無かったことにする事はないだろ......可愛かったのに。
「まぁ、いいや。」
またいつか泣かせればいいだけの話だ。
今度は別れの涙じゃなくて嬉し涙あたりがいいな。
なんて考えつつ歩いていると道のど真ん中で寝ているリンジュが見えてきた。
「おい、リンジュ。これからリサの.........寝てるのか。」
声をかけながら近づくとクカー、クカーと喉を鳴らしながら寝ているリンジュに言葉を止めた。
「相当疲れてたんだな。」
「そうね。寝かしときましょ。」
「あぁ。」
せっかく気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは悪いだろうと、おんぶでもしてやるつもりで手をかけるとイザナが首を傾げた。
「寝かしておくんでしょ?」
「.........え、寝かしとくってそっちの意味かっ?!流石にこんな所に放置は出来ねぇだろ。」
俺はそう言ってリンジュの身体を背中に背負った。
まったく、リンジュのイザナに対する敵対心は厄介だがイザナのリンジュへ対する扱いも大概なものだ。
「さて、それじゃあアリス達を受け取りに行くか。」
「そうね。早くこの窮屈な服脱ぎたいし。」
「......せっかく可愛いんだからずっとそのまま居てくれたら良いのに。」
「一晩我慢してあげたんだからもう十分でしょ。」
「ま、まぁ、確かにそうだけど。」
本来祭りが終わればすぐに脱ぐ予定だったからな。
色々ごたついて一晩着てくれているのは元々の予定を遥かに超えてはいるのだ。
「ま、持って帰るつもりだしまた気が向いたら着てくれよ。」
さて、次着てくれるのは一体どれだけ先になる事やら。
◆
ハルトとイザナが出ていった後のツァキナの自室。
「行ってしまわれましたね。」
フェルは窓から見える二人を眺めながら呟いた。
「なんじゃ、寂しいのか?」
「ツァキナ様がでしょう?」
からかうように問いかけたツァキナはフェルの返しにムッと眉を潜めた。
「......ふん、煩いわい。魔王たる妾が仲間と暫し会えなくなるだけで寂しがるはずがなかろう。」
「そうですか。」
「それにしても面白い奴じゃったの。母上から聞いてた通りじゃ。」
「オロボア様から?」
ハルトという存在と、そしてその現在の住所しかオロボアから聞き及んでいなかったフェルは興味を持って聞き返した。
「うむ。『ハルトは面白い奴じゃ。じゃが、決して惚れてはならんぞ。妾と同じ思いをして欲しくはないからの。』そう母上は言っておった。」
「オロボア様がそのような事を......。惚れてはならん、ですか。それで会ってみてどうなのですか?オロボア様のお言葉は守れそうですか?」
「ふん、フェルに教える事ではないの。」
「ふふふ、肯定はなされないのですね。」
「や、やかましいっ!」
顔を紅くして怒鳴って誤魔化すツァキナにフェルはクスクスと小さく笑いを零すのだった。