76.報酬?じゃあ、魔王様の私服とか貰えたり……。
「さて、それで今回の位闘含め、その他諸々のお礼をしたいのじゃが何か希望はあるかの?」
「そうだな、とりあえずお前が今着てるその服をくれ。」
前々から考えていた事を口にすると、一瞬で場の空気が冷めた。
そして隣からの視線がかなり鋭利で痛く、この時ようやく俺のセリフが危ない事に気が付いた。
「あっ、変な意味じゃなくてなっ?!」
「どう解釈すれば変な意味でないのじゃっ?!」
「ハルト、私の目の前でそんな直球のセクハラをして.........殴られたいの?」
かなり強めの殺気がイザナの怒りをそのまま表していた。
そして殺す、ではなく殴ると表現した辺りが現実味を帯びすぎていてめちゃくちゃ怖い。
「ち、違うんだっ!可愛い服だから貰ってイザナに着てもらいたかっただけなんだっ!」
「私に......?」
「あぁ、イザナはいつも服装が地味......あ、それでも十分に可愛いけどな。だけどあんな可愛いドレスを着たらもっと可愛くなるだろっ?!」
「そう......そういう事なら許すわ。でも私は着ないわよ。」
「.........そう言うと思ったよ。」
まったく、せっかく可愛いのにいつになったらファッションに目覚めてくれるのやら。
「という訳でいらないらしい......。」
「そ、そのようじゃな。じゃがもし欲しい時にはこんな妾のお下がりなどではなく作って貰った方が良いのではないかの?」
いや、別に体型にそう大きな差は無かったし見た目に綻びもないから俺としては全く問題ないんだが。
だが、確かにサヤナ達にも着せるとなると店を把握しておくのに越したことはない。
「ちなみにどこの店で作って貰えるんだ?」
「店自体は服屋ではない。じゃが店の店主が是非とも妾に着てもらいたいと定期的に持って来てくれるのじゃ。」
「......ねぇ?」
「......あぁ、多分俺達が今思ってるので間違いない気がする。ちなみにその店ってのは?」
「名前をメイド喫茶サリーと言うのじゃが。」
「やっぱりあいつかよ。」
店名は聞いてなかったがメイドという単語に、リサの名前を反転させただけの名前。間違いないだろう。
「どうりで俺の趣味と合うはずだ......。」
「なんじゃ、知ってるのか?」
「まぁ、ちょっとな。となるとどうするかな......。」
元々服とお金を要求するつもりだったが服はリサの手作りで、お金はリンジュと冒険者をやる以上は要らなくなってしまった。
「......イザナは何かお礼の希望あるか?」
「そうね......。夫の性欲を減らす魔法具があれば欲しいけどないなら特に何もいらないわ。」
「フェルよ、作れるかの?」
「はい、恐らく作れますよ。」
「そんな物はいらんっ!俺は性欲を減らしたいんじゃなくてイザナとエッチがしたいんだっ!」
「エッ.........大声で何て事を言うのじゃ、お主はっ!」
イザナからは冷たい視線、そしてフェルからは楽しげな視線を受ける中、一人、ピュアな反応を見せる魔王様。
「......なんかいいな。」
家ではアリスやフィオルの前ではこういった話題は出来ず、するとすればイザナかサヤナがいる時だ。
だが二人とも、特にイザナは220年もの間で慣れに慣れてしまい、今では全く動じず冷たい視線を送られ、サヤナも初めこそ恥じらって反応が可愛かったものの、今ではイザナと同様冷たい目で静かに俺を見ている。
そんな中、こうしてツァキナのように顔を真っ赤にして恥じらっている女の子というのは見ていてほっこりするものだ。
「まっ、そういう事で俺達は別段何もいらないぞ。」
「そ、それは困るのじゃ。なんでも良いから礼をさせて貰わなければ申し訳がない。」
「だから、」
気にするな。
そう言おうとして、無駄と察し途中で言葉を呑んだ。
フィオルの母親といいツァキナといい、なぜ無料や得を素直に受け取らないのか。
悪い性格だとは思わないが、頑固が過ぎると厄介だ。
だいたいこの場で俺が欲しい報酬など、ツァキナ以前に俺の隣にいるイザナが全て却下するのだから仕方がないだろうに。
「じゃあこうしよう。今回の一件、これらの全てはお前の母親、オロボアから受けた恩へのお返しだ。」
オロボアには感謝してもしきれない。
リンジュ、テイリ、そしてイザナ。
サヤナにアリス、フィオルと出会えたのは俺がオロボアに仕えたが故の運命だ。
中途半端なタイミングで国を出たいと言った俺に嫌な顔一つせず、幸せになれと言ってくれたオロボアへ返せなかった途方もなく大きな恩。
「そんなっ、妾は母上ではない、その礼を妾が受けるなど、」
「お前のためじゃない。オロボアが築き上げたこの国の為だ。今はツァキナ、お前がこの国の魔王なんだから受け取らない選択肢はない。」
「...............そう......じゃな。今は妾が魔王じゃ......母上ではない。」
「だが、今回みたいな貸し借りでの協力はこれで終わりだ。お前はもう俺の故郷ハウサラスの一人前の立派な魔王だ。だからこれからもその手助けを惜しむつもりはない。だがそれはオロボアの娘としてじゃない。一人の仲間としてだ。仲間の間に報酬なんていらない、言葉一つあれば十分だ。」
ツァキナは俺の言葉を聞き終えると次第に目に涙が溜まっていった。
「......ありが......とうっ......。」
「おう。」
そう言って涙を零すツァキナにフェルとイザナは静かに娘を見守るかのような優しく暖かい視線を送っているのだった。