75.報告
「ねぇ、そういえば勇者って召喚されたのよね?」
「ん?何をいまさら?」
フェルの後ろをツァキナの部屋を目指して歩いている最中、不意にイザナがそんな事を聞いてきた。
「勇者召喚が終わった後、鳥にハルト達を乗せてる間に辺りを一応捜索したけどそれらしい人影は無かったの。」
「あぁ、そんな事か。それなら二重で転移させられたんだと思うぞ。」
「二重?」
「つまり勇者召喚に使われたあの村は中継地点って事だ。人間は魔力が無くなっても死にはしないが戦闘力は格段に下がってしまうだろ?だが、勇者召喚したはいいものの、勇者が必ずしも味方になってくれるとは限らない。その時に迅速に対応出来るよう別の場所へ万全の状態で強い兵を待機させてそこに転移させるんだよ。」
まぁそれに、転移させるメリットはそれだけじゃない。
今回みたいな状況含め、事前に知った第三者から召喚された勇者を守る事においてこれほど確かな手段はないのだ。
「ふぅん、詳しいね。」
「前回の勇者召喚ではかなり働かされたからな。」
偵察や考察。
オロボアの奴に休む間もなく仕事を詰め込まれて勇者召喚があった頃は死ぬほど働かされた。
そこらの勇者召喚を調べてる奴よりはよっぽど俺の方が知識はあるはずだ。
と、そこまで話していると俺達はツァキナの自室の前まで来ていた。
「ツァキナ様。よろしいですか?」
「うむ、入れ。」
フェルが扉を叩きツァキナの返事を待ってから扉を開いた。
「ただいま戻りました。」
「うむ。もう急ぎの用は済んだのじゃな?で、何があったのか聞いても良いかの?」
「あぁ、そりゃいいんだが、もう口調戻したのか?」
「......へぁ?」
「いや、演説の時にオロボアのキャラ忘れて話してたろ?普通に話してた方が可愛いんだから無理にその口調を続けなくてもいいだろ?」
「か、かわっ.........べ、別にこれは演技などではないっ!演説では皆の気を引こうと無理に妙な喋り方をしただけじゃ。」
それは流石に無理があるだろう......。
「そ、そんな事よりじゃっ!一体何があったのか聞かせるのじゃっ!!」
「あー、はいはい。じゃあどこから話すかな。まずは位闘に出ていたテイリについて......。」
そして俺は事細かに事情を説明した。
エルフが攫われた事、勇者召喚の事、実家で場所を特定した事、そして死にかけながらもエルフを助けた事。
ツァキナは度々驚きを隠せないながらも終始落ち着いて俺の話を聞いていた。
そして俺の説明が終わると、
「勇者.........か。」
そう小さく零した。
「まぁ、なんにせよ、ハルトが、そして攫われたエルフが無事で何よりじゃ。勇者については......、前の勇者は随分昔に消息を経ったという情報は入っているがあれも正確ではないしの。」
「そうですね。人間の寿命から考えて考えにくくはありますが、もしまだ人間の手の内にいるのだとすれば、今回の勇者召喚は私達魔族にとって脅威です。」
ツァキナの不安をフェルが代弁する。
.........まぁ、前の勇者は人間の手の内どころかハウサラスにいる上、変な店営業してるけどな?
「だが、当分は勇者の育成に時間を割かれて何も事は起こさないはずだ。まずは情報を集めて、もし人間が本当に戦争を再開させるつもりなのなら、勇者が十分な力をつける前にこっちの勢力を整えておく必要があるな。」
「そうじゃな。ところでハルトよ。」
「ん?」
「情報収集に関してはフェルの指揮のもと、すぐにでも始めるのじゃが、勢力を整える必要があると言ったがそこにお主は加わってはくれぬのか?」
「あぁ。もちろん省いてくれ。」
「......やはりそうか。」
俺の返答を既に予測していたツァキナは、はぁと息を漏らした。
「お主がおれば勇者の一人や二人容易にどうにか出来ると思ったのじゃが......。」
適当な事を言わないでくれ。
あの三つ巴の戦争を知らないから言えるのだろうが、あの時のリサは本当にタチが悪かったんだ。
「とにかく今は勇者の、そして人間共の見極めだな。出来ることなら参加したくないが、余り目に余るようなら俺も力になる。」
一応人間共の国で働いている以上は無闇に関わりたくないが、俺の故郷や、リサの店、それにオロボアが築きツァキナが受け継いだこの国が傷ついていくのを見て見ぬ振りするほど俺は心まで国を捨てたつもりは無い。
「それでも十分に心強い。今回の位闘から始まり何から何まですまんの。」
「気にすんな。俺は俺のやりたい事をやってるだけだ。」