72.天使の膝枕は天に召さそうなほど心地が良い。
俺は幸せ者だ。
一生の内に最高の魔王に仕え、最高の従者を従え、イザナというこの世でこれ以上のない最高の嫁を貰った。
そして可愛い娘に綺麗でエロい体をしたメイド、そして俺の事を慕ってくれる可愛い召使い。
やり残した事はまだ沢山あるが、それを差し引いてもお釣りが来るくらい俺は幸せだった。
......でも、あれだな。
あれだけは心残りがすぎる。
「............イザナとまたエッチしたかったなぁ。」
「死にかけてからの第一声がそれ?」
...............んっ?!
思いがけず帰ってきた声にパチッ!と目を開いた。
「あれ?............えーっと......ここは天国?」
「私が天使に見える?」
「うん。」
そりゃもう、可愛すぎて天使にしか見えないよ。
「そう。でも残念だけどここは天国じゃなくて鳥の背中の上よ。」
イザナにそう言われて、柔らかな膝枕の上で首の向きを帰ると、魔法壁に囲われ、ゆったり静かに飛ぶリンジュの翼が見えた。
「.........あれからどうなったんだ?」
いくら回らない頭で考えてもこの状況に至る道筋が分からない。
「ハルトが魔力枯渇で意識を失った瞬間にエルフちゃんの一人がハルトと同じ魔法でハルトを囲ったのよ。」
俺と同じ魔法?
「でもあれは俺の自作の.........あぁ、テイリか。」
テイリには昔に教えた事があったからな。そのテイリがたまたま教えてたのだろう。
「.........そうだっ、エルフは、他の皆はどうなったんだっ?!」
「大丈夫、あれから暫く魔力を吸われてエルフちゃん達も皆魔力枯渇でフラフラになったけど、何とか皆無事よ。」
「そう......か。」
俺とエルフ10人の魔力でギリギリ足りたのか。
「ハルト様、目が覚めたんですのね。」
「あぁ、お前が俺の魔法をエルフの一人に教えててくれたお陰で助かったよ。」
「シュミーですわね。あの子は勉強熱心で......て、違いますわっ!ハルト様、」
「ん?」
「ハルト様の尊い命を掛けて、皆を助けてくれて、本当に......本当に感謝しますわ。ありがとうですの。」
テイリは大粒の涙をポロポロと流しながら深々と頭を下げた。
「気にするな。今回の事で確かに危険な目にはあったがそれに見合う見返りを俺は手に入れたからな。」
「......見返り...ですの?」
「あぁ。そうだろ?イザナ。」
「何のこと?」
「はは、何惚けてるんだよ、俺に言っただろ?これからはいつでも俺がしたいだけエッチしてくれるって。今は全く身体動かないけど、帰ってからが楽しみだ。」
「...............。」
「ん?どうした?」
「言ってない。」
「......は?おいおい、何言って、」
「そんな事一言も言ってない。」
「............はぁ。まぁ、220年ずっと続いてきた事だからな。」
ここでいくら粘ったところで言ってないの一点張りで話にもならないだろう。
それに今は体が全く動かないし頭もぼーっとする。
こんな無駄な挑戦はやめよう。
今はまだその時ではない。
そう......俺にはまだ切り札があるのだから。
「......きもちわるい。」
つい頬が緩んでいる所をイザナが一言。
「ま、何はともあれ勇者召喚はされたけど皆無事で本当に良かった。」
これから先、勇者の事で何か問題が起きるかもしれないが、今はとにかくその事を喜ぶとしよう。
「でも、一つだけ分からない事があるんだよな......。」
そう、一つだけ、魔力を吸われている時から疑問に思っていた事があるのだ。
「なにが?」
「勇者召喚の生贄に攫われたのはエルフ10人だけだった。なのにいざ魔法が発動する時には急遽魔法陣に入っていた俺の魔力まですっからかんになる程吸い取られた。」
「......計算ミス?」
「いや......、」
前回の勇者召喚からかなりの年月が経っている事を踏まえて確実にないとは言いきれないが、あれほど徹底して準備してきている事を含めるとあまり考えにくい。
と、俺がイザナの膝枕の上で頭を悩ませていると話を聞いていたフェルが近づいてきた。
「ハルト様、それについてはもう分かっていますよ。」
「ん?」
「確かに攫われたのはエルフ10人のようですが、もともとそれでは全く足りていないというのは人間達も分かっていたようです。」
足りない事が分かっていた?
「.........という事は俺達が助けに行くのを分かっていて、到着する少し前に起動させたって事か?」
「いいえ、あの場にはまだ他に生贄がいたんです。」
「他に?」
あの場にいたのは攫われたエルフに俺、そしてイザナだけ.........いや、そうか。
「周りにいた騎士か。」
「はい。見えないように隠していましたが、エルフ達の魔力で足りなかった時に起動するよう広範囲へ魔法陣が伏せられていました。ハルト様がその分を肩代わりしたので起動はされませんでしたが。」
あー、なるほど、人間共は魔力が空になった所で死ぬ事は無い。
何の躊躇いもなく周りに数百と配置して魔力タンクに出来る訳だ。
「だったら人間達だけで勝手にやれば良かったんですのに......。」
身内を生贄に使われたテイリとしては当然の考えだ。
だがそうも上手くはいかないのだろう。
そもそも人間達だって戦争の再開を皆が望んでいる訳はなく、そして昔から異世界の住民を強制的に召喚する勇者召喚は人間の間でも賛否両論だった。
リサが召喚された時の人間達は切羽詰まり、尚且つ圧倒的な戦闘センスと魔力量で従来の勇者が長くかかる修行期間を僅か1ヶ月で戦場に投入されたリサの活躍によって、人間内での勇者召喚反対の声は小さく収まったが、戦争が停戦状態の今、そうはいかない。
最悪、種族内で2つの派閥に別れる可能性すらあるのだ。
だからこそ分からない。
なぜこのタイミングで勇者を召喚したのか。
「戦争......起きないといいんだけどね......。」
イザナは俺の頭に手を置きながら小さくそう口にした。