71.死んじゃダメッ!
「クソがぁっ!」
俺は外で眩しく光る魔法陣を前に拳を強く握りこんだ。
一方で、そんな俺を見ている後ろのエルフ達は一同に状況が飲み込めずに怒鳴った俺を怖がっていた。
まさか自分達が置かれている状況、勇者召喚について聞かされてないのか。
「......ま、どうでもいいか。」
さて、魔法陣が光りだしたって事はそろそろ......。
「......くっ?!」
来る事が分かっていてそして身構えていたが、俺と、そしてエルフ達は一斉に腰を抜かした。
「......マジかよ.........。」
全身からまるで滝のようにとめどなく魔力が抜けていく。
魔力を奪う魔法、魔力吸収は何度か受けた事があるし、魔力を吸い取る特性を持つスライムに飲み込まれた事もあった。
だがそんなものは比べる対象にすらなり得ない。
これは吸い取るというより吹き出す、だ。
魔力を吸い取られ初めて3秒、俺は自分の感じた事のない感覚に思考を妨げられながらも今最も危険に晒されているエルフ達を思い出した。
俺がこれだけキツいのだ。
このまま吸い取られればエルフ達はあっという間に魔力を吸い尽くされるだろう。
テイリに絶対に助けると約束したんだ、諦める訳にはいかない。
「魔障結界っ!」
この魔法は物理的な攻撃には全くの無力だが、この結界の中ではありとあらゆる全ての魔力干渉を阻害出来る。
こんな状況で使った事は無かったがエルフ達の様子を見る限りこの結界は有効なようだ。
まぁ、そんな魔法も万能では無い。
この魔法の欠点、それは、
「発動者が中に入れないとか、使い道ないと思ってたんだけどな.........。」
外部からだけでなく内部も魔力干渉を阻害してしまうが故に中に入ってしまえば魔法の継続が出来ないのだ。
「.........これは死ぬな。」
エルフ達に聞こえない程度の小声で小さく呟く。
今まで死を覚悟するタイミングは何度もあった。
だが今この瞬間ほど明確に死を悟ったのは過去には無かった。
魔力の残量がみるみる内に減り、そして、魔力の減りと比例してエルフ達を囲っている結界を持続させるのもキツくなる。
「.........くっ。」
死が近づくにつれて過去のありとあらゆる後悔が頭をよぎる。
.........性的な事が多いのは我ながら情けない。
けどまぁ、最後にイザナにちゃんと愛してるって伝えられたのは良かった.........かな。
そんな事を考えている内に身体は小刻みに震えだし、視界はぐらりと揺らいだ。
「ハルトッ!!!」
「......イザ......ナ。」
倒れかけた俺の身体を息を荒らげて駆け込んで来たイザナが抱きついて支えた。
「......あぁ.........最後に、一緒にいれて......嬉しい......よ。」
「死んじゃダメっ!!死んじゃ.........。」
顔は見れないがイザナの苦しそうに吐き出したその声は、泣いている事が容易に分かった。
「......泣く......なよ。」
全く、結婚してから一度も泣いた所を見た事がなかったのに、初めて見るのがこんな所なんて本当に嫌になる。
「......アリス達の事、よろしく頼むな。」
「嫌よっ!!絶対に嫌っ!アリスちゃん達を選んだのはハルトでしょっ!ちゃんと......私と一緒に育ててよ......。」
俺だってそうしたい。
...でも無理なんだ......。
「......ごめん。」
「......エッチしてあげる。」
.........ん!?
今なんて......っ?!
「これからはいつでも......ハルトがしたいだけしてあげるっ!だからっ!...........だから.........。」
.........ふっざけるなぁぁぁああああああああ!!!!
何だよ、散々俺の誘いを拒否してきた挙句、こんな時にっ.........!
なんで数あるどうしようもない後悔の中で圧倒的首位を取る後悔を最後の最後に植え付けられなきゃいけないんだよ。
.........まったく。
もっと早くその言葉を聞きたかったとか、じゃあ3日くらい休まずに、とか、言ってやりたい言葉は幾らでもあるが、もうそんな時間は残ってないようだ。
残り僅かの魔力が俺から抜け出る前に、最後にもう一度。
「......愛してるよ。」
「っ?!.........うん。私も愛してる...。」
もう結界を維持する事など到底叶わず、だんだんと意識が薄れていくなか、出会ってから何百年もの間、一度として口にしてくれなかったイザナの愛してるという暖かい言葉を耳に残し俺は意識を完全に手放した。