68.願い
「勇者召喚......ですか。」
俺の話を一通り聞くとフェルはそう小さく零した。
「フェルの耳には全く情報は入ってなかったのか?」
「はい。それにしてもどうしてこんなタイミングで勇者召喚を......。」
「さぁな。考えられるとすればまた戦争を起こそうとしてるかもって事ぐらいだが。」
もしそうだとして、せっかくの冷戦状態をわざわざ戦争を再開させて人間にどれ程の得があるというのか。
「ま、人間がどういうつもりだろうと、勇者召喚なんて阻止するけどな。」
「そうですね。」
「ですわっ!」
フェルとテイリの二人がそう言った所で、フェルを攫って以降一度も喋らずに何か考えていたイザナが不意に口を開いた。
「ねぇ、ハルト。ちょっと聞きたいんだけど、」
「なんだ?」
「勇者召喚は今日なの?」
「えっ?!」
「っ、どういう事ですの?!」
ツァキナの問に驚く俺以外の二人。
「そのまんまだよ。確かにエルフちゃん達が攫われていつタイムリミットが来るか分からないこの状況。急がないといけないのは分かるけど焦りすぎなんじゃないかなって。」
.........はは、流石によく見てらっしゃる。
「.........あぁ、まだ決まった訳じゃないから黙ってたけどな。前の勇者召喚、あれも位闘の日の夜だったんだよ。」
「なっ?!!」
俺の言葉に一番衝撃を受けたのはテイリだった。
これから助けに行くと意気込んでいる所、不確かな推測で無駄に不安を煽るまいとは思っていたが。
「魔族にとって位闘は10年に一度の大切な行事で、もちろんその日は各国から魔王が居なくなる。必然的に国の守りは弱るなるんだ。だからこそ位闘の日程は他の種族には漏らさないように徹底するし、魔王とそれに近い魔族以外は位闘前日になるまで開催日を知らされない。」
だから前の勇者召喚の時はこの機を狙ったのではないかと疑いこそしたが、オロボアと話してその可能性は低いという結論に至ったのだ。
「でも、2回連続で位闘のタイミング。」
「あぁ、そうなると必然的に狙っている可能性は濃くなる。勇者召喚するのにこれほどのチャンスもないからな。」
「......そんな............。」
俺の話が終わると、テイリは俺の腕の中で涙を浮かべた目をぎゅっと瞑り俺の胸へと頭を埋めた。
「.........テイリ...。」
今、テイリを安心させられる程の言葉も、そして確実にエルフ達を助けられる自信も持てず、掛ける言葉を探していた時。
一瞬、フワッとリンジュのスピードが落ちたような気がした刹那、
「ウグァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!」
リンジュの身体全体が震えて響く程の今まで聞いたことがないような大きな咆哮が辺り一帯に轟いた。
そしてその咆哮にフェルは顔を顰め、俺とイザナが顔を見合わせた瞬間、景色は一変した。
今まで、とてつもなく速いと思っていたスピードは一体何だったのか、そう思うほど歴然とツァキナのスピードは上がっていた。
「速い...。」
顔に打ち付ける痛い程の突風。
イザナは一言そう零すと、余りのスピードに声も出せないフェルを抱え直した。
「リンジュ.........さま......。」
「ったく。............テイリ、もう泣くな。お前には俺や、イザナ、それにリンジュとフェルが着いてるんだ。言ったろ?エルフは絶対に助けてやるって。」
「......ハルト......さま......。」
そうだ、助けられなかった時の事を今から考えてどうする。
そんなことで涙を流すくらいなら助けてから嬉し涙を流せばいい。
「今は何も考えなくていいんだ。助ける事、助けてからの事だけ考えてろ。」
「.........はぃ。」
テイリは小さくそう返事をすると1層強く顔を俺の胸へと押し当てた。