67.妹の妹
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ、娘っ?!」
「えぇ、つまりハルトにとって3人目の妹ね。」
「えーっと、義理......ではないんだよな?」
「もちろん。ハルトやレミ、ルミと同じ、私のお腹から出てきた娘よ。名前はウミで私に似てとっても可愛いのよ。」
あぁ、母さんに似たのならレミやルミのように美少女になるのは確定的だ。
「相手は親父なんだよな?」
母さんほど一途な魔族もそうはいないと思ってるし違ったら違ったでどう反応すればいいのか分からないが念の為聞いてみると、答えは想像通りのものだった。
「あら、そんなのパパ以外にいないじゃない。16年前に久しぶりに帰ってきたのよ。まぁ、その後すぐに出てっちゃったからまだ娘とは顔をあわせてないし産まれてる事も知らないでしょうけどね。次に帰ってくるのが楽しみだわ。」
うふふ、と笑みを浮かべる母さん。
普通そんな大事な事は一刻も早く知らせるべきだろうよ、と思う所ではあるがこんなところも母さんらしいか。
「で、姿見てないけど今どこにいるんだ?」
母さんは本気で忘れてたようだし、まさか俺を驚かそうと姿を隠してるとは思えないが。
「ウミ、家出中なのっ!」
「は?」
「姉さんの言う通り家出中ですよ。3年前に出ていっちゃいました。」
「そりゃこんな姉が二人いたら出ていくよ。」
ボソッとリンジュがそう零すとテッテッテッとレミがリンジュの前に駆け寄り、そして何も言わずに徐ろに両手を広げると、リンジュの頬をかなり強く左右からバッチィーンと音を立てて張り合わせた。
「ヘヴゥォッ?!」
むぎゅぅっ!と顔を左右から押しつぶすされたリンジュは痛そうに身体を跳ねあげる。
「ん。」
「姉さんグッジョブです。」
大きく頷いたレミにルミは暖かい視線をおくった。
「で、何が理由でウミは......っと、悪い。余りに衝撃的で時間がないのを忘れる所だった。ていう訳でそろそろ俺達は本当に行くな。ウミの事とか、その辺の事も含めて今度また顔出しに来るよ。」
ウミの件については母さんが常に行動を把握しているだろうし、そう深刻そうでもないだろう。また楽しみの1つとさせて貰おう。
「そう。じゃあ楽しみに待ってるわね。ルミ、レミ、御見送りしてちょうだい。」
「了解なの!」
「分かりました。では兄さん。」
ルミがガチャッと扉を開いた。
「ハルト、行ってらっしゃい。」
「あぁ。行ってくる。」
母さんにそう言い残し、俺とそれに続いてイザナ達は母さんを部屋に残して部屋を出た。
そして玄関まで向かうとルミは不意に立ち止まった。
「兄さん、前の勇者召喚での事はお母様から少しだけ聞いてます。今回もきっと危険......です。だから......、」
「気を付けてなのっ!!」
口篭るルミの言葉をラミが覆い被せるように繋いだ。
「2人ともありがとな。でも大丈夫だ。こんな所で死んで可愛いお前達を悲しませたりなんかしないよ。」
「イザナさん、兄さんをどうぞよろしくお願いします。」
「よろしくなのっ!」
「うん。」
イザナはそう言って深く頷くと2人の頭にポンと両手を置いた。
「さて、リンジュ、頼むぞ。」
「うんっ!」
リンジュは流石に学習したようで、比較的に静かになるように音を抑えてドラグーンへと姿を変えた。
「またな。」
2人にそう一言残すと俺はテイリを片手に抱えてリンジュの背中に飛び乗り、イザナも間を置くことなく俺の隣へと飛び乗った。
「さて、じゃあまずはハウサラスに向かってくれ。」
「分かったっ!」
リンジュはグンと翼を広げると大きく羽ばたき高度を上げてハウサラスの方角へと速度を上げた。
「召喚される村じゃないんですの?」
「あぁ、急ぎたいのは山々だが1人連れて行きたい奴がいてな。」
「それってフェルさん?」
おぉ、流石イザナ、俺の考えをきっちり読み取ってくれる。
「あぁ、ある程度の魔法なら気にせず突っ込む所なんだが勇者召喚となると流石に危険が多いからな。少しでも魔法に詳しい奴がいるに越したことはない。」
「フェルさんというのはそんなに凄い方なんですの?」
「魔法の使用ならエルフだろうが、知識ならフェルに軍配があがるってくらいにはな。」
なんたって元々アイリスが強かったとはいえ、魔剣の一本で俺があそこまで苦戦を強いられたからな。
そして行きと同じくリンジュの全速飛行でハウサラスへ向かうと、長年一緒にいる俺ですら驚く程の速さであっという間に街が見えてきた。
街は未だに祭りの熱気が距離の離れた上空にまで伝わるようで、俺達が今は楽しめずとも位闘へ出た事のやりがいを心の底から感じられる。
オロボアはただただ面倒な事をやらされてると思っていたが、こんな気持ちを味わえるなら魔王というものもあながち悪いものじゃないのかもしれないな。
まぁ、当のオロボアはこんな事を考え、感じるような奴じゃなかったが。
「着いたけどどうするー?」
「そうだな......テイリ、ツァキナの魔力くらいは分かるよな?」
「えぇ、オロボア様の魔力色と似てますし、簡単に分かりますわ。」
「じゃあその居場所を探してくれ。」
フェルの事だから恐らくツァキナと同じ場所にいるだろう。
「んーっと、あ、見つけましたわ。もう少し先の大通りですの。」
「今日なら祭りの見世物の一部とでも思ってくれるだろ。リンジュ、ツァキナの所まで飛んでくれ。」
「うん、分かったぁ!!」
リンジュはグインと身体を急旋回させると、真っ直ぐ急降下して、地面にあたる寸前で体を持ち上げた。
地表5メール程。
設置されている街の飾りをバキバキバキィィッ!と一切気にする事はなく破壊してリンジュは大通りの超低空を駆け抜けた。
「おい、誰も低空飛行しろとは言ってねぇぞ!!」
「あっ、あぶっ、危ないですわぁぁぁあっ!!!」
隣でテイリも大きく声をあげるが、考えようによっては確かにこれだけ低空飛行だとフェルの姿を探すのには多少有効だ。
すぐさま目を強化して一瞬で過ぎ行く人混みの中からフェルを探す。
「テイリ、ツァキナは何処だ?」
「え、えっと、」
「居た、あそこ。」
テイリがツァキナの位置を答えるよりも早く、イザナはこの人混み、そしてこの凄まじい速さの中でいち早く姿を確認して遥か前方を指さした。
正直、俺では指をさされても人混みが激しくこの距離ではどうにも確認出来ないが、イザナが言うのならまず間違いはないだろう。
「リンジュ、あそこだ。」
「どこっ?!」
いや、俺も分からん。
「リサちゃんのお店から150m先。フェルさんも一緒にいるよ。」
リサの店の時点でまだかなりの距離があるんだが.........イザナの目は本当にとんでもないな。
「リンジュ、ツァキナを見つけたらそこに降りくれ!」
「わ、分かった!」
颯爽と攫って行ってもいいのだが、流石に祭りに水を差す騒ぎを起こすのは避けなければならない。
そして、少し飛ぶとようやく俺やリンジュもツァキナ達の姿を確認し、逃げるようにして作ってくれた足場へとリンジュがズシーンッ!とその重い体を下ろした。
「これは一体何の騒ぎじゃっ!?」
「ハルト様っ?!」
恐らくまだ俺達がアリス達と一緒にいると思っていたツァキナとフェルは派手に登場した俺達に状況が把握出来ずに声を上げた。
「祭りの最中に悪いな。だが、事情を話してる暇はない。事が終われば全て話すから今は黙ってフェルを貸してくれ。」
「フェルを?......うむ、存分に使ってやってくれ。」
「じゃあ借りるぞ。」
俺達の様子から切羽詰まっているのを察してくれたのだろう。
ツァキナは一瞬戸惑ったようだが、すぐに許可を出してくれてその瞬間俺は空いているもう一方の手でフェルを抱えるとリンジュの背中に飛び乗りイザナへとパスした。
「ん。大丈夫。」
「よし、リンジュっ!」
イザナがしっかりとフェルを掴んだ所で合図を送るとリンジュは翼を羽ばたかせた。
その場にいた魔族達は少し離れていたとはいえ、巻き起こった風に体制を崩し、そんな魔族を尻目にリンジュは颯爽とその場を後に飛び立った。
「一番手っ取り早いとはいえ、こんな傍迷惑な奴はなかなかいないだろうな。」
「でも、ちゃんとフェルさんを捕まえられて良かったね。」
「だな。」
「.........あの、どういう状況なのか聞いても宜しいですか?」
祭中に突然攫われた張本人。
フェルの至極当然なその質問に俺達は順を追って諸々を説明するのだった。