50.オロボアの存在
「......ハル、ト......さま...。」
テイリは左肩を抑えて苦痛に顔を歪めていた。
エルフは魔法こそ優れているが魔法で強化しなければ身体は人間よりも脆い。ウガルのあの手に握りしめられた時に肩を脱臼でもしたのだろう。
「大丈夫か?」
「.....はい、なんとか.......ありがとう.....ですわ。」
「ん?別に礼なんていらねぇよ。」
「.........。」
何を勘違いしたか少し表情を明るくするテイリに続ける。
「使いたくもなかったのにアリス達の前でこの姿にさせられたんだ。ウガルを倒した後で俺の血をたっぷり飲ませてやるから覚悟しろよ?」
「ひっ、ひぃぃぃ.......こ、こうさ「おっと言い忘れてた。」.......?」
「もし降参なんかしたらこれが終わった後で三日三晩飲ませ続けてやるからな。どっちが辛いかは分かるよな?」
「...............。」
「さて、と。」
結論が出たようで、へたり込んだテイリをとりあえず放置しウガルへと向き直った。
「まさかもう終わりじゃねぇよな?」
「......ぐっ、なんだ、その姿は?」
「あー、これか?これはただ人化を解いただけだ。あまり見せられたもんじゃないから普段はこの姿にはならないんだけどな。」
小さい頃から自分の姿に嫌悪感を抱いていた事もあって母親に人化を教えて貰って以来、戦闘時以外はずっと人化で過ごしてきている。
アリス達もこの姿の俺を見れば恐怖を抱くのは避けられないだろう。
横目でテイリに視線を向けるとビクッと肩が跳ねて目をそらされた。
「で、どうする?降参するなら今のうちだぞ?」
「降参?......ガハハ、バカを抜かせ!」
二ィッ!と不敵な笑みを浮かべたウガルは地面を蹴った。
テイリの重力魔法がない今、ドタンドタンと走ってくるウガルにたいしたスピードはない。
それにこれだけの傷だ。
パワーには自信があるようだが、治癒スピードはそれ程でもないようだしもはや勝負は決している。
オロボアには1度も本気を出さなかったのだ、力量が測れない訳ではないだろうが..。
俺がそう思っていた時、ウガルは走りながら声を上げた。
「負けるのは慣れているが、己の全力も尽くさずに負けて勝ち逃げされるなど、これ程つまらん事はない!」
言い終わると同時、ウガルは右拳を俺めがけて振り下ろした。
勝ち逃げ。
怒りの篭ったそれはオロボアの事を言ってるのだろうか。
ウガルが1度も本気を出すことなく、そして出させること無くオロボアは死んだ。
てっきりこいつにとっては邪魔者が死んだ程度にしか考えてないのだと思っていたが......。
「...はぁ。」
もともとは避けるつもりだったが、俺は一つため息を着くとウガルの拳を片手で正面から受け止めた。
ズゥーン!と身体を走り抜ける拳の重圧。
覚悟してはいたがかなりの威力だ。足の接している地面はバシィッと亀裂が入り、衝撃で土煙が舞い上がった。
地面に亀裂が入るだけで済んだのはこれも恐らく管理人の仕業だろう。
これだけの威力、普通の地面ならこの程度では済まなかったはずだ。
「くっ、重てぇな。」
「この程度、何故避けぬ?」
「お前が手負いだから、じゃねぇからな。 」
そんな甘い気持ちで受けられる程軽い拳ではない。
「ようやくお前が本気出す気になったみたいだからな。俺も全力で正面からお前をぶっ倒してやりたくなっただけだ。だから......もし死んでも悪く思うなよ。」
「ガハッ、ガハハッ、ヌカセェェェェェエッ!!!!」
この時ようやくウガルは楽しそうに声を出して笑った。
今までの俺達を見下したものではない、正真正銘、全力の殺し合いを楽しむ者の笑いだ。