49.本当の力。
「はぁ、はぁ、はぁ。や、やりましたわ.......。回避.....不可能。これで.......。」
テイリは魔力を限界まで使い、息を乱し、目眩に膝を地面に着いた。
昔は他の人の魔力を借りないと使えなかった大魔法が自分の魔力だけで発動出来るようになったとはいえ、回避されれば魔力が切れている今、もう抗う術はない。
テイリはハルトがウガルを回避不可能な状況へと追い込んでくれた事に少し感謝しつつも、ハルトなら平気な顔をして出てくるのではと、恐る恐る落雷によって巻き上がった土煙に目を凝らした。
「裏切った、という事はワシがお前を攻撃し、死に至らしめようと、周りは何も言えない。分かっているだろうな?」
「.........うそ、ですわ.....なんで.....なんで、」
なんで直撃して立っていられるんですの?
背中は雷に撃たれて黒く焼け焦げ、左脇は少し抉れて腕がもげそうになっている。
が、それでもなおウガルは立ち、裏切られた事、不意をつかれた事、そして傷を負わされた事に歯をギシギシと噛み締めながらテイリへと怒りを込めた殺気をぶつけた。
「なんで、だと?随分と甘く見られたものだ。」
かなりのダメージ、もちろん痛くない筈はなく顔を顰めて声にも苦しさが感じられるものの、ウガルはズン、ズンと大きな歩幅でテイリとの距離を詰め始めた。
「魔法が優れている程度のゴミ種族の分際で随分調子の良い事をしてくれる。サタキリに言われたのか独断か。まぁ、どちらでも構わん。裏切られる事には慣れている。裏切った者を殺す事にもな。」
口調こそ冷静だが、ビリビリと感じるほどの殺気を放ち続けているウガルにテイリは息が詰まる思いで後ずさった。
何があっても負けるわけにはいかない。
そう思ってはいたものの、このままでは負けるだけでは済まずにたったの一撃で命すら奪われてしまう事だろう。
共闘は位闘ではもちろん反則行為、つまり裏切っても大々的に訴えられる事はない。
そうサタキリに言われ、その言葉が意味する事をなしたテイリだったが、直撃して倒れないなんて、想像もしていない事だった。
テイリはこの勝ち目のない状況にジワリと涙を浮かべて悔しそうに口を開いた。
「みんな.......ごめん、なさい.....私は.........こうさ「黙れ。」っぐ...あ、.....っ。」
ルール上、敗北を認めた者を故意に追い打ちをかけるのは反則行為となり失格。
テイリが攻撃を受けて負けるか、負けを認めて負けるかという選択肢の後者を取り、降参しようとした時、ウガルは重症を負っていない右手ですかさずテイリの身体を握り上げた。
とてつもなく大きな手。
身体は手の中にすっぽりと収まり、あまりの圧力に声が出ない。
「ふん、さっきので魔力が尽きたか?これなら殺すのに魔力などいらんな。このまま握り潰してくれよう。」
「んぐっ......んーっ!......ぅう...。」
敢えて苦しませるようにじわじわと締め上げられるウガルの手にテイリは苦痛の声を漏らす。
あぁ、なんでこんな事になってしまったんですの...。ハルト様がウガルを倒すのを待たなかったから?
...いいえ、違いますわね。ハルト様を頼らなかったから。ハルト様ならどうにかしてくれるって、助けてくれるって信じてたのに。
「何やってんだよ?お前の相手は俺だろうが。」
テイリが薄れいく意識の中でそんな後悔を考えているとハルトの声が聞こえ、途端に身体を握り潰さんとしていたウガルの手はふわっと力が抜けた。
「ハルト......さま?」
◆
「いったい......いったいアレはなんじゃ?」
「あれってハルトの事?」
「そうじゃ。ハルトの、ハルトのあの姿はなんじゃ?!」
ツァキナが指指す先でハルトはテイリを握りしめていたウガルの腕を掴み、胴を蹴って腕を残し吹き飛ばしていた。
力も先程までと比べると別人だが、その容姿も同じくハルトの面影は残っているが到底ハルトとは思えないものへと変わっていた。
肌は黒く変色し、背中には黒い翼が生え、腰の辺りからは細い尻尾がニョロニョロとイヤらしくうねっている。
爪と髪は伸びて歯も尖って形状を変え、それはもはや人間の姿を成しておらず、ハルト本来の、魔族を思い起こさせる姿だった。
「あのような姿のハルト様は初めて見ました。」
昔のハルトを少し知るアイリスもツァキナの隣で遠く小さく見えるハルトの姿に驚いている。
「はるとはあまりあの姿を見せたがらないからねぇ〜!」
「そうなの?私、昔はあの姿の方が印象深かったけど。」
戦争中はそもそも人の姿になっている所を見たことが無かった。
「それは狐がつよ......うざくて本気ださなきゃ殺されるからだよ!」
「あー、でも、確かに結婚してからは1度もあの姿になってなかったかな。」
「あれは何なのじゃ?」
「あれがハルトの本当の姿だよ。いつもの姿は体を人間と同じ構造に作り替えてるの。ついでに魔力も人間レベルに封じてるらしいから当然力は落ちる。ツァキナちゃん達もそうしてるんじゃないの?」
いわいる人化。
ある程度強い魔族やそれに特化した魔族なら多くが使える能力だ。
ハルトのように人と見分けがつかない程の人化が出来る者は数知れてるが、ある程度魔族の特徴を残してならそうたいしたものでもないらしい。
「妾は元よりこの容姿じゃが、そうかハルトのあれは本当の姿なのか。......ん?ということはハルトは今まで手を抜いておったのか?!」
「そういう事になるね。」
まぁ、アリスちゃん達に見られたく無かったからなんだろうけど。
イザナはそう考えながら再び遥か前方のハルト達へと目を凝らした。