38.愛があればこそ。
「じゃじゃーん!」
俺達が空いてる席に座ってメニューに目を通していた時、この店のメイド服を身につけたサヤナがリサに手を取られて出てきた。
「お、似合ってるな。流石サヤナだ。」
それにリサのメイド服のセンスもなかなかのものだ。
「ねぇ、はるっち。このメイドちゃん、おっぱい凄いよぉ!いいなぁ、こんな可愛い娘がメイドなんてぇ。」
...........凄いのは知ってるさ。はぁ。
「あ、そういえばリサ。」
「ん?なにぃ?」
「噂に聞いたんだが、俺を魔王にして勇者がそれを葬るっていう嘘っぱちの本出して相当儲けたんだろ?なら渡すもんがあるよな?」
「ぁあ!ちょっと待っててね!」
お、お?
冗談半分に言ってみるとすぐに俺の言いたい事を理解してくれたのかリサは店の奥へとかけていった。
そしてすぐに戻ってくると手に持ったそれをさしだした。
「はい、これ!《風の勇者〜伝説の英雄忌憚〜》!私のサイン入りだよん!」
「.........いらねぇよ!なんで俺がやられる内容の本を読まなきゃいけないんだよ、それにお前のサインなんて興味ねぇよ。」
「ひっどぉい。結構面白く書けたのになぁ。じゃあ何がほしぃのー?」
「ん。」
俺は親指と人差し指で円を作る。
つまりは金だ。
「えー、イザニャンがいるのに可哀想だよぉ〜。でも、はるっちがどうしてもっていうなら......いいよ。」
リサは左手を頬に当てて少し顔を紅くする。
「......は?何がだ?」
「ん。」
するとリサは俺が作った指の円に人差し指を差し込んだ。
場が一瞬で凍りつきイザナの持っていたメニュー表がビリィ!と音を立てて引き裂かれた。
「いやいやいやいや!」
あほか?あほなのか?
だいたい、いいよって何だよ!
俺が、そんな要求するはずないだろうが!
「ったく。...............ん?」
昔からリサはこういう冗談が多かった事を忘れてた。
と、呆れていると刀で突き刺さされるかのような視線に恐る恐る振り返る。
と、そこには二つに引き裂かれたメニュー表をぐちゃぐちゃに握りしめて、俺とリサの2人を睨みつけるイザナが居た。
こ、怖い。普通に怖い。めちゃくちゃ怖い。
まぁ、確かに嫁の前でする冗談ではなかったが......。
この感じ、フィオルと一緒に風呂に入った時か、それ以上だ。
「い、イザナ。落ち着け!これは冗談だ。」
「あはは、そうだよぉ〜。イザナちゃんヤキモチ妬いちゃったぁ?」
場の空気を紛らわすためなのか、はたまたただの素なのか、笑いながらリサがそう言うとイザナの肩が少しピクリとはねた。
「......ねぇ、リサちゃん。別にハルトと友達として仲良くするのは構わないよ?でもさ、そういうのは冗談でもやめて。ハルトが愛していいのは私だけ。その邪魔をしないで。」
「ま、まぁ、落ち着けよ。リサも別にそういうつもりでやったんじゃないんだし。」
「そうだよ〜。確かにはるっちは魅力的だけど私は女の子の方が好きだもん。」
.........いや、それはそれでどうなんだ。
「.........ねぇ、リサちゃん。」
「ん?」
「この子達今日1日貸してあげるから面倒見てて。」
イザナは突然立ち上がると不意にそんな事を言い放った。
そのリサにとってご褒美でしかない申し出にリサの目は輝く。
「えっ、いいの?!メイド服着せてもいい?!」
「働かせるのはダメだけどそれ以外なら構わないわ。ハルト行こ。」
「お、おい、イザナ...、」
イザナは俺の呼びかけに立ち止まる事なくスタスタと出口の方へと歩いていく。
「はるっち行ってきなよ!女の子からのデートのお誘い断って恥かかせちゃダメだよぉ!」
「あ、あぁ。」
リサの実力は昔敵対していた身として充分に理解していて、アリス達の心配はいらないのだが、リサの声があまりに弾んでいて別の不安が脳裏に浮かぶ。
だが、イザナとのデートなんて何年ぶりだろうか、行かないはずがない。
「リサ、リンジュ。アリス達をよろしく頼むぞ。」
「あ、あたしも行く!」
「まっかせて!リンジュちゃんは邪魔しちゃダーメ。私とお留守番だよーん。」
「は、離......ぎゃ、やめろぉぉお!!」
背後でリンジュの叫び声が聞こえたが無視して俺はイザナを追った。