32.え、強くね?
「ねぇ、フェルさん。」
「はい、なんですか?」
「あの槍にはどんな魔法式組み込んだの?さっきハルトの魔法を切った時に魔法が少し揺らいでたけど、魔力を吸い取ってたの?それとも魔法を一部解体してたの?」
「っ?!.......あの速さをそこまでハッキリ見えていたとはとんでもない目をしてますね。」
「獣猫族の目は全種族中一番だからね。」
「それでどんな魔法式を組み込んだか、ですか。そうですね、イザナ様の言っていたもので殆ど正解ですよ。私がアレに組み込んだ魔法式は脆化です。どんなに魔法が強力でも脆くなっていれば簡単に砕ける。それだけですよ。」
「脆く...かぁ。そんな強力な魔法式があるなんて聞いた事なかったけど、もしかして自作?」
別に魔法式に詳しい訳ではないけれど、これでも昔は戦争に駆り出されていた身、相手の手の内を知るためにも日々勉強していたものである。
「えぇ、自作ですよ。でも、自作であろうとそうでなかろうと、あの槍を使える者が数少ない以上出回る事はないですが。」
使える者が少ない?
「それって魔法式の対価?」
魔法は基本的に自身、又はその空間に存在する魔力をエネルギーとして発動できる。
でも、そのエネルギーは何も魔力だけではない。
体力、記憶、血。魔法式ではそれらのエネルギーからの魔法発動も可能だというのが発見されたのはもう700年も前の話。
「はい、効果が効果だけにその対価も通常の魔法式とは比べ物にならない程、計算上では魔力では到底カバーしきれない値になってしまいます。そこで考えたのです。この魔法式を扱える対価を。」
「その対価って?」
「寿命、ですよ。あの槍に組み込んだ魔法式は脆化。つまりは切った魔法の寿命を削っているのです。それでふと思いついて作ったのがあの魔法式です。寿命をエネルギーに出来ないか、と。」
寿命をエネルギー.........。
記憶などは消失エネルギーといって、魔力と違い失えば回復する事がない。寿命も恐らくは消失エネルギー。
「寿命ですから人によって使える時間は大きく異なります。ですがそうですね、仮に残りの寿命が100年だった場合、あの槍を使えるのはほんの60秒程度でしょうかね。」
燃費わる.....。
「不老不死に近いアイリス様だからこそ扱える1品という事ですよ。」
「ふーん、でも、それって魔法にしか作用しないんでしょ?」
さっきからハルトは不用意に何度も槍に触れているけれど特に身体に異常はなさそうに見える.....。
「えぇ、本当は生物にも作用するように作りたかったのですが、まず脆化が初の試みだっただけに完全にはなり得ませんでした。」
「そっか。ならやっぱりハルトの勝ちは揺るがないね。いくら良い魔剣を使っても相手がハルトなら無意味だもん。」
「それはどうしてです?」
「見てたら分かるよ。もしこれでアイリスさんがハルトに勝てるようなら、私は220年前、とっくにハルトを殺してるから。」
それに。
「私やアリスちゃん、サヤナちゃんにフィオルちゃんが見てる前で負けるなんて事はハルトは絶対しないから。」
◆
「っらぁ!!」
間合いを詰めようとするアイリスにすかさず蹴りを放ち少し距離をとる。
.........なんだろう、さっきから感じているこの違和感は。
別にアイリスが特別な動きをしている訳じゃない。
なのにどこか妙な.........。
何ともいえない感覚に頭を悩ませながらまた間合いを詰めようとするアイリスからヒョイと後ろへ距離をとる。
...............ん?
間合いを詰める?
アイリスが使ってるのは槍だぞ、なんで間合いを詰める必要があるんだ......?
「さっきから感じてた違和感がようやく分かった。お前は槍を使いなれてはいるが、基本は徒手空拳だろ。」
「........へ?」
「..........は?違うのか?」
完全に核心をついてると思ってたからそんな反応されると恥ずかしいだろ。
「あー、いや、すまない。自身の戦い方なんて気にした事がなくてな。私はただハルト様に教わったこの槍術で戦うのみだ!」
「................。」
...............ようやく全てが理解できた。
アイリスは俺以外に師を持たず、俺に教わったデタラメな槍術をひたすら磨いてきた。
それは即ち、武器を持ちながら、武器を持たない俺の戦闘術を使っているようなものだ。
本来、中距離での戦闘武器である槍を持って近距離戦に挑む。それにどれだけの無駄があるかは考えるまでもない。
だが、それも悪い事ばかりではないのを先の戦闘で俺は充分に理解出来た。
槍の技術に加えて素手での戦闘技術も備えている。それはつまり、槍を避けられた時の次の攻撃パターン、或いは回避パターンが何通りも増えるということだ。
それに加えて不老不死並の耐久力を持ち合わせているとなると、厄介極まりない。
「でも、ま。アリス達の前では死んでも負けられないな。」