22.来客。
コンコン。
元から気配を隠す気はないようだった上に、素直に扉を叩くって事は敵ではないのか、はたまた余程自分の力に自信があるのか。
俺は少し警戒しつつも、すんなりと扉を開いた。
「どちらさまで?」
前にも言ったがこの家には結界が張ってある。
俺の許可なしに無断で入ることは出来ないのだ。
「貴方がハルト様でよろしいでしょうか?」
「そうだけど?」
開いた扉の先に立っていたのは白いメイド服に身を包んだ黒いショートヘアの女性だった。
サヤナのメイド服とは違いフリルなどの装飾の一切ない清楚な感じで、ザ・メイドといった装いだ。
「私は三大魔王の一人であるツァキナ様の身の回りのお世話をしているフェルと申します。この度はあるお願いをしにここへ参りました。」
「ツァキナ?初めて聞く名前だな。」
俺の知ってる魔王は、己の力一つで魔王の座まで登りつめた男ウガル、魔王の中でも特に他種族間との交流を行い力ではなく頭で利益を得ている男サタシヤ、そして俺が以前に仕えていた圧倒的力を有していた唯一女の魔王オロボアの三人だ。
まぁそのいずれもが世代交代している可能性があるから、現魔王の名前なんて知るはずもないが。
「ツァキナ様はまだ15歳で、魔王の称号を引き継いだのは4年前ですのであまり知られてはいないのです。」
「11で魔王を引き継ぐとは随分早いな。」
その歳だとまだ己の力も十分には発揮出来ないだろうに。
「ツァキナ様の母君である先代魔王オロボア様が亡くなり、急遽ツァキナ様が引き継がれたのです。」
そう言うとフェルは服をたくし上げて横腹に印された刻印を見せた。
「そうか.......オロボアは死んだか.......。入っていいぞ。」
俺も右肩に印されているこの刻印は昔からオロボアが自らが信用に値すると判断した者にのみ焼き付けていた印だ。
この刻印を持ってるという事は少なからず信用できるし、そもそもこの場所を知ってるという事はオロボアから聞いたのだろう。
あいつが俺たちに危害を加えるような奴に所在を教える事は考えにくい。
「それで?俺に頼みってのは?」
「10年に一度、三大魔王が闘い順位を定めている位闘の事はご存知ですよね。」
「あぁ、無論。ここ何百年かはオロボアの一人勝ちだったな。」
といっても200年ほどの情報は知らないが、あのオロボアがほかの魔王ごときに敗れる姿は想像できない。
「はい。今回ハルト様にお願いしたいのはその事です。ハルト様、ツァキナ様の代理として位闘にて二人の魔王を倒してください。」
「断る。」
「ハルト様はオロボア様に支えていたのでしょう?それならそのご子息の為にお受けなさろうとは思わないのですか?」
「そう言われてもな。」
今の俺は独り身ではない。イザナはもちろん、今ではサヤナ、アリス、フィオルを守る義務がある。
ここで魔王の代理として位闘に臨めば他の魔王がよく思わないのは確か。せっかくの美少女に囲まれたこの天国な生活に邪魔が入るのは避けられないだろう。
俺の全く受ける気のない素振りを見てフェルの表情が曇っていると俺の後ろで話を聞いていたイザナが口をさした。
「ねぇ、フェルさん。その位闘で勝たなきゃいけないのは今までオロボアさんが勝ってきた事によるプライドなの?」
「え?」
「だって、ツァキナさんがまだ未熟だからってわざわざこんな辺境の地まで赴いてハルトに代理をお願いするなんて、何か他に理由があるのかなって。どう?」
イザナの核心をついた質問にフェルは顔をうつむかせる。
「.......仰るとうりです。今回、いえ、これからも位闘でツァキナ様は決して負けてはならないのです。私たちツァキナ様に仕える魔族の為、何よりツァキナ様の自由の為に。」
「自由?」
「位闘は魔王同士の戦争を無くす為に作られた10年間の服従を約束させるものです。もしツァキナ様が負けるような事になれば勝った魔王の手によって子供を産む道具として扱われるでしょう。」
「子供を産む道具?なにも女性の魔族はツァキナさんだけって訳じゃないでしょ?」
「魔族はより強い魔族どうしでの交配によってさらに強い魔族を生み出す事が出来ます。そして現在魔族の中で最も強力な魔力を持った女性の魔族はオロボア様の血をひくツァキナ様、他の魔王は次の位闘でツァキナ様を我が物にし有力な後継者を作ろうと躍起になっているのです。」
200年以上もオロボアにつかえていたが、そんな話一度も聞いた事がなかった...。
圧倒的な力量差により他の魔王より優位にたっている事を国民に理解させ、そんな考えを根本から絶っていたのもあるだろうが、オロボアが敢えて俺には話さないようにしたのかもしれない。
「子供が作れる年齢、なおかつまだ力を十分につけれていないっていう最悪のタイミングでの位闘ってわけか。」
ツァキナももう10年もすれば親がオロボアだけに他の魔王を圧倒する程の強い魔王になるとすれば今回の位闘が山場ってところか。
「.......はい。位闘に敗れたとして、戦争をして打開しようにも今の我々の戦力ではどちらの魔王にも敵わないでしょう。ですから位闘にはハルト様にどうしても出てもらいたいのです。」
位闘は何百年も前から行われてきた。もちろん10年間服従するのが嫌で戦争を吹っかける事は出来るが、ルールを破った王に国民全員がついていくなんて事はない。
戦争となればそれこそ命の奪い合い。自らの王が位闘で敗れた相手に進んで戦に挑む者などそう多くはないのだ。
ただでさえ最高戦力だったオロボアが死んでしまった今、戦争なんて無謀もいいところだ。
と、そこへ二階からサヤナ、アリス、フィオルの三人が降りてきた。
「まだ寝ていなかったのか。」
俺はサヤナの後ろに隠れているアリスの頭を優しく撫でる。
ギュッ!
俺がフェルの頼みを受けるか迷っているとアリスが俺の服をひっぱった。
「ん?どうした?」
「パパ、困ってる人は助けた方が良いと思う。」
っ!!!
アリス.......。
困ってる人を目につく人全て助けるほど俺はお人好しではないが、ツァキナは俺の仕えた王の娘。助けるには十分の存在だ。
だが、アリスは分かっているのだろうか.......ツァキナを助ければアリスの命が脅かされる事になるという事に。
「ハルト、私たちの心配なんて全くいらないよ?だってハルトが守ってくれればいいだけの話でしょ。」
...........ったく簡単に言ってくれる。
「オロボアの娘のピンチを助けなかったら死んだオロボアに呪われちまいそうだしな。分かった、その依頼受けてやるよ。」
「っ!!!ありがとうございます!では早速出立したいのですが大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳ねぇだろ、今はもう夜中なんだぞ、明日にしろ。」
「ですが、位闘はもう10日後に迫ってます。代理を立てる場合には5日前には申告するのがルール。そうなるともう5日しかないのですよ。」
「そんなの関係ねぇな、俺はさっきまでこの上ない幸福を味わってたってのにそれを中断させた上に夜の移動?ふざけるな。」
「ですが、」
もし遅れでもしては取り返しがつかない。どうしてもと食い下がるフェルの肩にイザナがポンと手を置いた。
「5日後までに魔界へ着けばいいんでしょ?なら大丈夫よ。」
「.......なんとしても遅刻だけは許されないのですからね。」