20.寝ている嫁への至福の内緒事。
アリス達がうちに来てからもう一週間が経とうとしていた。
3人ともこの家での暮らしには慣れたようで、最初は人見知りして声が小さかってフィオルもだんだんと普通に話せるようになってきた。
特にアリスとは歳が近いからか、かなり仲良くなったようだ。
そして俺も、今までイザナと二人で暮らしていた頃とは違う新鮮な生活に毎日があっという間に過ぎ行き物凄く充実している気がする。
「さて、と。昨日は働いてきたし今日は.........寝るか。」
「なんでよ。今起きてきたばっかでしょ。」
まぁ確かについさっき起きてきたばかりだけどさ、夜通し抱き枕にしてくるイザナを堪能してたらあんまり眠れなくて少しばかり睡眠不足なんだよな。
風呂場以外ではアリス達に見られるという理由で触らせてくれないイザナも眠ってしまえば触り放題。
クマさんをイザナから引き離してくれたフィオルには感謝だな。
「何もやる事ないなら今日1日アリスちゃんとサヤナちゃんの二人とお留守番してて。」
「まぁ、そりゃ構わないしむしろ喜んでって感じだけど、まさかフィオルを狩りに連れてくつもりじゃないだろうな?それは流石に......。」
サヤナならともかくまだ8歳の女の子にとっては魔物に襲われる恐怖も魔物を狩るイザナの姿も刺激が強すぎると思うが。
「そんな事しないわよ。フィオルちゃんにぬいぐるみを買ってあげるだけ。いつまでもクマさん無しで寝るのやだし。」
「え、イザナには俺がいるんだからいいじゃねぇか。」
実際、クマさんを使ってた頃と変わらないくらい寝れてるだろ。
「クマさんは私が眠ってる間に尻尾や胸を触ったり耳を咥えたりしないよ?」
っ?!!
「.............。」
「何か言ってよ。」
「.......ごめんなさい。」
まさかバレてたとは.....。
「だから今日からまたクマさんにお世話になるの。.........触られるのもやじゃないけど......。」
「え?」
後半小さな声ではあったが、別に聞こえなかった訳ではない。
まさかイザナの口からこんな言葉が発せられるとは思わず耳を疑ったのだ。
「何でもないわ。はい、朝食出来たからみんな起こしてきて。」
◆
イザナ視点
「はい、到着。」
私は背中におんぶしていたフィオルちゃんを地に下ろした。
朝食を少し消化させてから家を出たけど、街に着く頃にはもうお昼で、またお腹が少し空いてきている。
「あれ?パンキスとは違う街なんですね。」
フィオルちゃんは首を傾げる。
パンキスとは逆方向に走ってたのに今更ね。
「パンキスには奴隷を買うために行ったからね。ここはムランっていう街で距離はあんまり変わんないけどギルドの依頼とか行商なんかはこっちの方が比較的豊富なのよ。」
「...そうなんですかぁ。」
フィオルちゃんは物珍しそうにあたりをキョロキョロと見渡している。
街から出る時には護衛として冒険者を雇うか、護衛を連れて移動する商人に同行させて貰うのがほとんど。
どちらもお金がかかるし余程の事がなければ、街を出ないという人が大半を占めている。
フィオルちゃんがパンキスを出た事がなかったとしても何も不思議な事はない。
「迷子にだけはならないでね。探すの大変だから。」
「だいじょうぶです。子供じゃありませんから。」
.............。
「そう。ならもし迷子になったら一人で家まで帰ってきなよ?子供じゃないんだから。」
「.....ごめんなさい、私まだ子供です。」
うん、こう素直でないと。
私は左手をフィオルちゃんに差し出した。
「...ほぇ?」
「手を繋ぐの。そうすれば逸れないでしょ。」
「はい。」
小さくて弱々しい手が私の手を握る。
私が小さい頃にお師匠様がしてくれた事。
私がする立場になるとまた違う心地よい気持ちにさせてくれる。
「そういえば、フィオルちゃんはずっとお母さんと一緒だったんだよね?今は離れて暮らしてるけど寂しくないの?」
「はい、ぜんぜん。...皆さん優しいですし、料理も美味しいし、お風呂だって暖かい。寂しさを感じる事なんてありません。」
「そう。ならいいけど......。でもお母さんの所に戻りたくなったら遠慮せずに言ってね。フィオルちゃんにはまだ帰る場所があるんだから。」
私とハルトは遠に帰る場所を捨てた身。今の生活に満足しているお陰で帰りたいなんて思った事は一度もないけれど、フィオルちゃんはそうじゃない。
私は獣人で、ハルトに至っては魔族。共に生活すれば少なからず厄介ごとに巻き込まれる事になるだろうし、何よりまだ8歳。親元を離れるには随分と早い。
そんな私の心配を首を傾げて聞いていたフィオルが口を開いた。
「.........?.....私の居場所はもうおにいさんとおねえさんの所です。お母さんに会いたくない訳ではないけど、戻りたいと思う事は今もこれから先もありません。」
「どうして?」
「だって私はおにいさんの召使いですから。」
っ?!!
「.............。」
それから私は一言も喋らずにただひたすらぬいぐるみを売っている店を探してフィオルちゃんの手を引いた。
別に怒った訳ではない。ないけど、なんでだろ、少し胸が苦しい。
フィオルちゃんは良い子だけど、ハルトが私よりもフィオルちゃんを選ぶ事は絶対にない。
そう分かっていても、この前のお風呂での出来事が頭をよぎる。
これが
「...........嫉妬......なのかな...。」
早くぬいぐるみ買って帰ろう。