異世界への転移
「んん?・・・・・・・・・・」
視線の先に見えるのは、雲ひとつない青い空だった。
「どこだ?痛っ。血が出てる」
奏翔の右腕からは血が出ていた。おそらく何かで切ってしまったのだろう。布の一部を千切り応急処置を施しておく。
「希美、希美。おい、希美」
付近に横たわる希美の肩を揺すり、意識の覚醒を促す。
「ん、んん、ん?」
ゆっくりとそのまぶたを開いた希美は、現状を確認するように周囲を見回す。
「ここは、どこ?」
当然の疑問だ。いま奏翔がいるのは、背の低い木でできた森の中なのだ。気温からすると季節は夏、たまに見かける動物からは、現在地が日本ではないことがわかる。
「とりあえず、適当に歩いてみるか」
「わかりました。あっちにいってみましょう」
希美の指差した方向へと歩き出す。身長の低い希美に合わせながらゆっくりゆっくりと、それでも確実に先に進んでいった。
「こいつ。犬みたいだが違うな。尻尾が3つもある」
「地球上では確認されていない生き物ですね」
不思議な生き物がいる。尻尾が3つもある犬だ。その他は何も変わらない。ほかにも、石が発光していたり、植物の一部が動いていたりする。
「希美。ありえない話だとは思うんだが」
「うん。私も多分同じこと考えてます」
二人で顔を見合せ、最も可能性の高い考えを脳に思い浮かべる。そして、二人同時に、それを口にした。
「「ここ、異世界?」」
異世界であれば、尻尾が3つの犬も、光る石も、動く植物にも説明がつく。異世界であると仮定するのならば。
「キャァァァ」
数十メートル先から女の悲鳴が聞こえる。声からして若い。急ぎ声のした方へと向かう。
「ガァァァ」
「やだ。来ないでっ」
声の主は、かご一杯に果物を入れた少女のものだった。熊のような生物に襲われているようだ。かごの果物を投げつけて抵抗しているが、ほとんど意味をなしていない。
「希美。いけるか?」
「やってみる」
木の影から様子をうかがっていた奏翔は、希美に指示をだす。おそらくは希美の能力を使うのだろう。
「く、熊さん。こ、こっちだよぉ」
小さい体で必死に声を張り上げる希美。熊も少女も、希美に視線を向けている。
「ガァァァァァッ」
しばらくは動かなかった熊だが、希美を敵と認識すると勢いよく突進してきた。
「・・・・・動かないで」
希美の能力発動。熊に向かってかけた言葉、動かないで。その言葉通りに、熊はピタリと動きを止めた。
「おとなしく遠くに行って」
「ガァ」
熊はおとなしく振り返り、走り去っていった。
「ふぅぅ。まさか能力をこんな形で使うことになるなんて」
緊張がとけ、ペタンと座り込む希美。しかし、顔はいつになく満足げだった。
「どうだ?うまくできたか?」
「はい。あまり使う機会もないのですごく緊張しました」
緊張したと満面の笑みで答える希美。それでのこの成果だ。希美のすごさを実感していると、
「あ、あの。ありがとうございます」
助けた少女のことを忘れていた。慌ててそちらを向く奏翔と希美。
「俺は何もしてない」
「たまたま通りかかっただけだから」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をする少女。ここまで感謝されると悪い気はしない。
そこで、少女にお礼をさせてと言われた。これは願ってもないチャンスだった。この世界の情報を知りたい奏翔達にとっては、プラチナチケットだった。
「この近くにある大きな都市が知りたいんだが」
「都市ですか?・・・・・ノルン王国がいいと思います」
「ノルン王国?」
聞きなれない言葉のはずだ。日本にいて王国なんて言葉は使わないのだから。
「大きなところですよ。そこで買えないものは何もないんです」
「どこにあるんだ?」
「このまままっすぐいけばありますよ」
少女に礼を告げ、指された方向に歩を進める。距離としてはそこまで長くはなかった。数字にするとおよそ3キロ。希美は息を切らしていた。
「ここがノルン王国か」
「ザ・王国って感じですね」
ノルン王国は、高さ五十メートルの壁に囲まれていた。外部からの侵入を防ぐためだろうか。
「派手な門だな」
「この都市はどこにお金をかけてるんでしょうか」
無駄に派手な門を潜り、人でにぎわう繁華街らしきところに出る。
「頒布されてた地図によると、中心に城。そこを基準として周囲に貴族、商人、平民となってるみたいだ」
「格差社会ですね」
分かりやすい身分の差に、呆れる二人。とりあえず、1文無しの二人は稼ぐ必要がある。働かせてくれそうな場所を探すべくうろうろしていると、
「あれさっきの子じゃないか?」
「ほんとですね。いつの間に戻ってきたんでしょう」
先ほど助けた少女が、店のカウンター立って接客をしている。どうやらここで働いているようだが、
「行ってみるか」
「そうですね」
考えていても仕方ないという考えに至ったので、とりあえず直接聞いてみることに。
「いらっしゃ・・・あ、あのときの」
少女が奏翔達のことを覚えていたらしく、こちらに気づくとパァァァと顔を明るくして見せた。
「ここはどういう場所なんだ?」
「ここはギルドというところです」
「あぁ。なるほど。全部察した」
「私もです」
異世界転移ではお決まりのパターン。ラノベといジャンルの本を読んだことがある奏翔と希美は、聞くまでもなく現状を理解した。
「どこまで異世界なんだよ」
「参ってしまいます」
誰もいない虚空に向かって愚痴をこぼした。これからなにが起こるかわからない。そんな不安を抱きながら。