異世界への裂け目
陽が強く照りつける日曜の正午。奏翔と希美はおおきなショッピングモールに来ていた。
「お待たせしました」
「120と6秒の遅刻だ」
「すいません」
制服姿で現れた希美は、額に汗をかいていた。おそらく遅刻しそうになり急いで来たのだろう。
「じゃ、入るか」
「はい。そうしましょう」
希美がきたので、中に入ることに。今日ここへ来た目的は一つだ。
「このノート、目に優しい緑色だ」
「こっちのペンは持ちやすくて、すごく書きやすいです」
文房具を買いに来たのだ。頭の良い二人にとっては、文房具選びは大事なのだろう。
「全部で4200円になります」
「PAWONで」
世に言う電子マネーなるもので会計を済ませる。文房具だけで4000円越えは、さすがに誰もができる所業ではないだろう。
「全部で6800円になります」
「MAMACOで」
希美も電子マネーで会計を済ませる。値段は奏翔を上回る6800円。そこまでして欲しいものだろうか。
「1時か。ご飯くらいは取ってくか」
「そうですね。ちょうどお腹も空いてきました」
フードコートへと移動する二人。各々それぞれの物を注文し、ぺろりと平らげた。
「今日はありがとうございました」
「なに言ってんだ?」
「え?」
「今からお前の家で勉強するぞ」
他人の家とは落ち着かないものだ。女の子の家となれば尚更。慣れない甘い匂い。片付けられたリビング。置かれているオブジェ。
そして何よりも、目の前にいる少女。
「これはどうすればいいんだ?」
「これは、ここにこの単語があるのでこうなります」
「なるほど。流石だな」
「いえ」
希美の家のリビング。大きめの丸いテーブルに、隣り合うように座っている二人。
「あの、奏翔さん」
「どうした?希美」
申し訳なさそうに奏翔に話しかける希美。動かしていた腕をとめ、希美の方をみる奏翔。奏翔を直視できないのか、僅かに目をそらした。
「あの、超能力について、どう考えていますか?」
「・・・・・・・・・・」
無表情だった奏翔の顔が、僅かに曇る。超能力に関してはいい思い出がないのだ。当たり前と言えば当たり前だ。
「俺の能力は電気だ。落雷を発生させることもできる」
「落雷、ですか」
その気になれば、人を容易に殺すことができる能力だ。奏翔の能力はそういう危険なものなのだ。
「逆に聞くが、希美の能力はどんなものなんだ?」
「私のものは、操る力、ですね。誰も逆らうことは出来ません」
どれだけ力が強くても、どれだけ頭が良くても、希美の能力の前では無力なのだ。
「超能力の話はもういい」
「・・・・・そうですね。もっと明るい話題にしましょう」
その後は他愛もない話をして数時間過ごした。お互いに、超能力については触れずに。
しかし、超能力とは社会においてほぼなんに役にもたたない。むしろ、不幸になるだけである。それを、希美は12歳にして知ってしまった。
「な、に、これ」
翌日の月曜日。日曜日に一番近くて遠い日。希美は、自身の机を見て絶句していた。
「あれ、誰がやったのかしらねぇ」
「かわいそぉ。なにあれぇ」
希美をみてひそひそと話している女集団。希美の机には、希美には耐えられないような罵詈雑言が刻み込まれていた。
「誰が、やったの?」
希美がぼそりと呟いた。しかし、その呟きに無意識に能力を使ってしまったことに、希美は気付かなかった。
「!!!!!・・・・・あの人です」
指差された一人の女。耳にはピアスをしており、髪は金に染めている。いかにもな雰囲気を纏ったその女が、希美の机に落書きをした張本人だと言う。
「ピーピーうるせぇなぁ。いいだろ?机ぐれぇ」
「そんな」
いじめが起きないはずの天西高校で、なぜいじめが起きたのか。希美に理解することは難しくなかった。
「学校側の、黙認?」
信じられない事実を突きつけられ、一人絶望する希美。
授業が始まる前に机の落書きは消せたものの、彫られているものもあったため、完璧には消しきることができなかった。
放課後。希美は授業が終わると、ほぼ同時に鞄を持ち教室を出ていった。出ていくときに見えた、顔には涙が浮かんでいるように見えた。
「やばいよ。すげぇ急いで行っちゃったよ」
「大丈夫大丈夫。もう手は打ってあるから」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべる女に、周囲の人は反対するどころか、どんどん熱気をおびオーバーヒートしていった。
「なんで、私が」
目尻に浮かぶ涙を、手で拭いながら帰路を辿る希美。早く家に帰りたいのだろうか。路地裏に入っていった。
「はやく、帰ろ」
涙を拭い終わり、少し前向きになった希美。歩くペースも少し上がり、気分を持ち直してきた希美。
だがしかし、後に路地裏を通るべきではなかったと、後悔することになる。
「お前さんが希美ってやつか?」
「姉御の命令なんでね。悪いけど潰れてくんない?」
「ってかおめぇに拒否権なんてねぇけどな」
釘バットを持った女が3人、希美の背後に立っていた。どうやら教室にいたピアスの女の指示のようだ。
「おらっ」
「きゃっ」
超能力を使う前に、先手を打たれてしまった。釘バットが右手に当たってしまった。痛々しく穴が開き、血が流れ出している。
「くっ」
「あぁ?逃げてんじゃねぇよ」
あまりの痛みに、その場から逃げ出した希美。路地から出ようと全力で走る。
「おいっ。てめぇ逃げんなっ」
「はぁっはぁっはぁっ」
後ろから追いかけてくる女を、振り返らずに必死に走る。周りが見えなくなるくらい必死に走った。
「あっ」
路地から勢いよく飛び出した希美は、そのまま車道へと飛び出していた。
運悪く、そこにトラックが迫ってきていた。運転手はスマホを弄っていて希美が見えていない。
「希美っ」
突然頭上からかかる声。なぜか、上から奏翔が降ってきた。
「ぐっ」
スタッと希美の前に降りると、落雷にも匹敵する勢いでトラックに電撃を放った。うまく制御できない奏翔にとって、それが果たしてどれくらいの威力なのかは想像もできなかった。
「なっ」
「きゃっ」
どういう理屈か、電撃とトラックが衝突した瞬間、人をまるごと飲み込めるくらいの裂け目が出来上がった。
強すぎる磁場が空間を歪めてしまったのだろうと、勝手に結論付ける。
そのままなす術もなく、奏翔と希美はその裂け目に吸い込まれてしまった。後には、裂け目も、二人の姿も、トラック傷すら残っていなかった。