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デート

 バカバカしいと思って家族には話さなかった。

 目の前の現実が彼女のハッタリだろうがなんだろうが、俺自身はそれを迎合するより他はない。現実は変わってくれないから。だからこそ、「俺は美少女に、一年しか経たない世界に閉じ込められている件」を話すのは骨折り損以外の何物でもなかった。

 それに、一年経てば俺は解放されて元の時空に返してもらえるらしい。


 つまりは、口外しなければ、俺には何も影響がない上に、美少女と付き合ってうはうはの一年間を過ごすわけだ。


 通学路。俺の矮小でスケベな頭のコンピュータがはじき出した答えがそれだ。

 それまで重たかった足取りが急に軽くなった。軽く鼻歌まで歌い出すぐらい。富田とメガネは、俺があんな美少女と付き合っているなんて知ったらどんな顔をするだろうか。考えただけでにやけてしまう。

 しかし、赤信号で歩みを止めたその瞬間、彼女のあの表情がフラッシュバックしてきた。


『――でも、おばあちゃんになって死んじゃうよりはずっとマシだわ』


 なぜ、その台詞を言った彼女は、あんなにも悲しそうだったんだろう。

 そう考えると、俺にあの悲しい顔が移ったかのように暗くなった。俺はとぼとぼと歩き、地面を見つめながら校門をくぐった。途中、先生だったか、「今日は元気がないじゃないか」と声をかけられた気がする。俺はそれに返事もせずに頭を垂れて通り過ぎた。

 湿った木材の匂いが簀の子から立ち昇る。下駄箱から自分の上履きを取り出すと封筒に包まれた手紙が入っていた。


“みすずより”


 形は整っているが、丸みを帯びていて女の子らしい字だ。

 中を開く。


“今日、放課後、私とデートをすること。旧校舎の玄関にて待つ。ちなみに、君に拒否権はないっ!”


 なんとも押しつけがましい文面だ。

 悪い気がしないのは、彼女が美少女だから。可愛いは正義なのだ。だけど、彼女のあの悲しげな表情が頭に貼りついて仕方がない。俺の鼻の下は伸び具合は、グラビア雑誌を読んでいるときの半分程度でとどまった。


 それにしてもデートとは何をするのだろう? どこへ行くのだろう? あれ、向こうから拒否権はないと丸め込んでおきながら、俺がリードするのか? リードって何をするんだ?

 昨日は、女子の下の名前を呼ぶのすら、こっ恥ずかしかった。

 おまけに俺はラブコメや恋愛作品は、読んだことがない。女の子と言えば、やけに猛々しく特攻したはいいが、あっさりと捕まり、それを取り返そうと主人公が奮闘するか。なぜか前線に出て斬撃を受けて、なぜか服だけ破けて柔肌を晒すか。バトル漫画を集中線と擬音語の織り成す絵画作品のように嗜む俺にとって、女の子とはそんな存在だ。


「なあ、メガネ。お前、ラブコメとかって読むか?」


 休み時間。週刊誌を回し読みするついでにメガネに尋ねた。彼は「どういう風の吹きまわしだ」とニヤニヤしていた。俺と富田とメガネの三人は、休み時間にバトル漫画やラノベについて話すことが多い。バトル作品は議論が盛り上がる。誰が誰より強いか、作中では戦っていない組み合わせを挙げて、能力の相性や、性格から擦り合わせていく。そんな男くさい三人の中で、ラブコメが話題に上がることは少ない。

 メガネは漫画やラノベなら、何でも読み漁る。彼曰く“ライトな本の虫”らしい。ちょうど持っている単行本を渡された。


“金髪碧眼美少女に愛されすぎて困っています”


 碧眼というのは、青い眼のことを言うらしい。

 彼曰く、何が面白いかというと、ヒロインのアイーシャがかわいいということらしい。読者の中では、“アイーシャかわいい”というのは略されて“アイかわ”というらしい。


「これを読むとあらゆる語彙を奪われて、“アイかわ”しか発せなくなる」


 そういう毒のような本らしい。

 勧められるままに、本を開いた。アイーシャは、御託は置いておいて、主人公にべた惚れだ。急に主人公が通う高校に転入してきて、とにかく主人公を離さないのだ。

 とにかく笑うヒロインだ。

 お腹を押さえてけらけらと笑うことも。にっこりと微笑むことも。

 数ページ読んだだけで、アイーシャは何度笑っただろうか。アイーシャがなぜ主人公を好きなのかは、まだ分からない。

 ただとにかく笑う。アイーシャには後ろめたさというものが一切ないのだ。

 

 アイーシャは、紙面の中で主人公と一緒に色んなものを食べた。

 肉屋さんのコロッケ。イタリアンジェラートに、アイスロール。好きな人と一緒に食べるものは美味しいのだそうだ。


 だから、俺は美鈴と何かを食べようと思った。

 俺も美鈴も好きで、美味しいものだ。 


「美鈴さん」


 旧校舎の入り口。空の靴棚の並ぶ外側室に、彼女――常夜美鈴――はいた。ぼろぼろに朽ちた簀の子の上に置かれた鉢植えには、見慣れない花があった。なんだろう。珍しい花というか、幾何学的な造形を感じる花だ。


「美鈴さ――」


 鉢植えの前でしゃがみ込む彼女。

 聞こえているだろうに、俺の声に知らぬふりをする。そこで、俺は昨日のこっ恥ずかしいやり取りを思い出す。


「美鈴っ」


 昨日よりは歯切れの良い発声のはずだ。


「合格っ」


 彼女はすくっと立ち上がり、にっこりと笑いかける。――さらりとした長い髪から、石鹸の爽やかな香りがした。

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