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契約開始

 旧校舎には魔女と呼ばれる女生徒がいる。

 すらっとした長身でたおやかな黒髪を風に揺らし、つつましやかな胸の膨らみと鳥のさえずりのごとく澄んだ声。彼女に会った人間は、骨抜きになり、一年間心を奪われ続ける。

 それが、この高校に伝わる噂。


「それ、確かめに行こうよ」


 部活をやってない部総長 富田とんだが、意気揚々と話す。

 おっぱいとから揚げをこの上なく愛する馬鹿だ。今食べている弁当もから揚げ弁当。おかずはから揚げとポテトサラダとから揚げ、漬物とから揚げ、かさましで入っている味のないパスタとから揚げ、そしてから揚げだ。


「いいな、それ」


 林が頷く。首を振ると眼鏡がズレて、それを直す。長年使っている眼鏡だからフレームが歪みまくってガバガバなのだ。林はメガネと呼ばれている。富田も眼鏡をかけているが、富田と林が高校生活をかけたじゃんけんをし、林が負けたので林のあだ名がメガネになった。


「じゃあ、決定だな。今日の夕方6時に集合なっ」


 こうして満場一致で旧校舎での肝試しが決行されることとなった。


 部活をやってない部の活動。

 それは、ヒマを悉く楽しむこと。たとえ、テストが一週間後に控えていようが、余った時間はヒマとみなす。だから部員の三人は俺も含めて成績が悪い。そんなことにもへこたれず、俺たちは来週の月曜にテストがあることを忘れて、肝試しに興ずる。

 戦時のころからあるという旧校舎の床は、木造で朽ちている。歩くたびにぎいぎいと危ない音がする。その振動がぶわっと湿った埃を巻き上げて、苔とカビの混じったなんとも言えない匂いが立ちこめる。正直、好奇心のためとはいえ、長居はしたくない。


「富田、目的地とかはないのか」


 富田は口をあんぐりと開けて、何も考えてなかったと顔で言った。この手の肝試しには、祠にお参りをするだとか、簡単な目的があってそれを済ませたらすぐに帰れるようにしておくものだろと勝手に心の中で悪態をついた。もともと昼休みの思い付きで始まったものにそんな計画性を期待する方が間違っている。


「とりあえず、魔女に会うまでだ」


 まるで勝算があるような物言いの富田。――これは長くなりそうだ。できれば暗くなるまでに帰りたい。決して陽が落ちた後の旧校舎が怖いからとかそういう理由じゃない。帰りが遅いと親にくどくど言われるのだ。

 手当たり次第に教室の引き戸を開けていく。

 普段授業を受けている校舎のものとは違い、開ける途中でつっかえる。無理矢理に開けると、がこんという物音がした。


「おわぁあ」


 メガネが驚いて飛び上がった。振動で掃除用具箱から箒が倒れただけだ。なにを大げさな。そう言って富田はけらけらと笑っていた。

 旧校舎には魔女がいる。

 その噂とは裏腹に旧校舎の中は人の気配がなく静寂に包まれている。俺たちの歩く足音だけが、ぎいぎいと木霊する。俺と富田は落ち着いているが、メガネは肩をすぼませている。どうやらさっきの箒が倒れた音でびびり癖がついてしまったらしい。


「な、なあ。今何か聞こえなかったか?」


 途中で後ろからメガネが震えた声で話しかけてきた。女が笑うような声がしたと。聞き間違いじゃないのか。そう尋ねるもメガネは首をぶんぶんと振って聞かない。――すると、今度は富田がそれに目を輝かせた。


「おいおい、それって魔女の笑い声じゃないのかっ」


 富田はメガネを揺さぶって、笑い声がした方向を問いただした。聞こえた気がする方向には、教室が。引き戸を開けると、使われなくなった机や椅子が無造作に置かれた内装ではなく、だだっ広い板の間のようであった。おそらく多目的室か何かだろう。西に傾いた日差しが床を照らしている。


「なあ。なんだこれ?」


 富田が不審に思ったのは、床の一部を覆う大きな布切れ。捲ってみようぜ。そう言って富田は一思いにそれを捲りあげた。すると、思ってもみないものがその下から現れた。チョークで刻まれたそれは美しい幾何学的図形。二重に重なった同心の正円が六芒星――ダヴィデの星と呼ばれるもの――を囲っている。そして、そのふたつの円周に挟まれた空間には、読めない文字が敷き詰められていて、六芒星の中心には閉じられた目玉が描かれていた。


「これは、……。魔法陣?」


 RPGやラノベの挿絵、漫画などでよく見るものだ。富田は、喜びのあまり飛び上がった。俺まで嬉しくなってしまった。たとえ、誰かの悪戯でもこれを写真に撮れば一躍人気者になれることは間違いない。――この旧校舎に魔女がいた証拠だ。


「なあ、智也ともや。踏んでみろよ」


 富田が俺を名指しで指名した。メガネはやめようよと言って制止しようとするも、富田に抑えられた。顎で行けよと指す富田。――肝心なところで押し付けてくるあたり、本当は奴も怖いんじゃないかと邪推してみる。

 仕方ないな。ため息をついて一歩踏み出した。


 すると、ぎょろりと魔法陣の中心に描かれた目玉が開いて、俺の顔を見上げたのだ。それから、魔法陣が眩く蒼白い光を放ち、俺の視界は一瞬真っ白に塗りつぶされた。


「あーあ、引っかかっちゃったー」


 少女の澄んだ声が聞こえた。

 幻惑された視界が少しずつ回復し始める。――足元の魔法陣は消えていた。辺りを見回すと、なぜかさっきまで一緒にいたはずの富田とメガネがいない。窓から挿しこむ西陽の加減からして、そうも時間は経ってないはずなのに。辺りをきょろきょろと見まわすが、人影は見当たらない。だが、二三度首を振ったところで、右の頬がつんと何かにあたった。


「はーい。君が契約の相手かなー」


 それは長い少女の指。

 思わずびくついて後ずさりをする。長い髪は黒く光っていて絹のように滑らか。制服は今とは違うデザインで、スカートの丈が長く膝下まである。胸元の膨らみは控えめで、何よりも印象的だったのは線の細さと背の高さ。――俺よりも少し目線が高い。


「うーん、もうちょっと可愛い子が引っかかってくれれば良かったんだけどなあ。次は百合の予定だったのに……」

「え……?」


「まあいいや」


 彼女は少し屈んで、俺の瞳をのぞき込んだ。


「君、名前はっ?」

「せ、妹尾智也せの ともや……」

「智也くんね。智君でいいかな。――あたしの名前は常夜美鈴とこよ みすず。高校生を始めて百年になる魔女よ。よろしくっ」


 そう言って彼女はにっこりと笑った。


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