表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋愛examination

作者: 橘 劫


季節は冬から春にかけての中途半端な時期である。しかし、雪に埋もれた中に草木の息吹が感じられる。春はもうそこまできている。そんな中、あるさびれた公園に一人の男がいた。公園にはちょっとした丘が真ん中に設置してある。男はそのふもとに花束を持って立っていた。そして、男が見ている先には小さな墓らしきものが立っていた。墓はそうとう古いのか、コケが生えている上に字はすりへっていて、名前は判断できない。男はそれが見なくてもすぐに判断できた。その墓の前に持っていた花束を供えた。男は年をかなりとっていて、手を合わせた。そして、墓に向かって、話し掛け始めた。

「お前が死んでもう六十年経ったよ…今日は、君の誕生日で君を失った日だったな。約束は、果たしているよ。唯一君と結んだ約束だからな。結局、君の出した問題には答えられなかったよ。」

そう云って、男は空を見上げた…


1、不思議な出会い


季節は冬。地面は白く覆われていた。その中で公園のベンチで座っている男が空を見ていた。歳は十代後半と思われる。表情は何故か、暗い顔をしていた。

「あ~、さみぃ。冬はこれだから嫌いなんだよ。」

どうやら、この寒さに文句があるようだ。周りには、寒さに負けず遊んでいる子供たちと、世間話をしているおばちゃん達がいた。この公園の名物なのか小高い丘がたたずんでいた。丘の周辺には特に子供が密集していた。そこには昇って遊んでいる人や自分で持ってきたそりで滑っていた。

「ガキは何処に遊べる余力のタンクがあるんだよ…」

身を縮ませながら、そう呟いていた。雪がまた降って来た。白い粉が空からしんしんと降って来た。子供たちは雪を見て更にテンションがヒートアップした。おばちゃんたちは雪を見てそそくさと帰っていった。男は、雪が降ってきたので、帰ろうとした。しかし、立った瞬間、寒さが服を貫いて襲ってきた。男は立てるに立てず、

「さみぃ・・・」

ベンチで寒さをしのぐ為、身体をずっと縮こませていた。すると、下を向いていた視線が靴を捉えた。男は大して気にせず、ずっと寒さを堪えていた。しかし、男の捉えた靴は動こうとしなかった。ずっと、靴のつま先はこちらを向いていた。男は寒さを堪える方法を考えるだけでいっぱいだった。男はずっと、亀のように小さくなっていた。その靴の持ち主は、ずっと角度を変えなかった。男もさすがに気がつき、上を向いた。その先には、一人の女の子がいた。歳は、男と大して変わらないだろう。綺麗なロングの黒髪で白いコートで身を包んでいた。息で手の寒さをしのいでいた。男と目が合い、

「あの、何をやってるんですか…」

透き通った声で、男に尋ねた。男は少し面倒くさそうに、

「家に帰ろうとしてるが、寒くて帰るに帰れないのでどうしようか悩んでいるところだ。」

「でしたら、少しずつ歩いて帰ったら、いいじゃないですか?家までって思わず…」

男は少し思考し、

「そうしたいが、この寒さですぐに凍死してしまう。」

女の人はすこし苦笑いをし、

「でしたら、これを使ってください。」

そう云って差し出したのは、ミニタイプのカイロが数個だった。

「どうするんだ?これを。」

「手袋やマフラーにつけるんです。当面の寒さならなんとか、耐えられますよ。」

男は早速手袋とマフラーにカイロを押し込んだ。

「あったけぇ、これならバス停までならギリギリ耐えられるな…」

女の人は、男のその答えを訊くと優しく微笑んだ。男は去り際、

「カイロ、お前はいいのか?」

女の人は、

「気にしないで下さい。私の分は残っています。気をつけて帰ってくださいね。」

「ああ、ありがとうな。」

男は手で身体を庇いながら、去っていった。女の人は、その後姿を最後まで見送った。

男は必死に寒さと戦いながら、バス停に向かっていった。ちなみに距離にすると二百メートルぐらいである。そんなに大した距離ではないが、寒さと戦う男にとっては、密林の地で何かを求めるような探検家のような感じである。男は何とかバス停に着き、屋根のついたベンチで少し休んだ。男は、バスで帰りたいが、持ち合わせがなかった。しばらくして、バス停を出発し、今度は、近くのラーメン屋へ向かった。ラーメンを食って、体力回復を狙った。そう考えて、ラーメン屋へついた。そこには玄関に一言、

―閉店―

男には無情な死刑宣告をされたようなものだ。男は、玄関先で寒さをしのぐしかなかった。だが、屋根の先があまりないので、寒さをしのぐ働きは殆どなかった。男は、何とかそこから逃げ出した。そして、やっと家に着いた。そう、男の家は公園から少し歩けば着くのである。玄関を開け、そして、家にあったストーブと電気こたつをつけた。数分後、家は暖かくなった。男はこたつでぬくぬくしていた。

「あ~、いきかえるぅ。」

こたつの中でずっと暖をとっていると、

―ピンポ~ン―

インターホンが聞こえた。男は居留守を使う作戦に出た。理由、寒いから…

そう決め、ずっと静かにいると、

「おい、那智。いるんだろ!?居留守を使っているのは分かっているんだ。とっとと出て来い!!さもないと、お前の部屋にダイナマイトぶち込んだるぞ!!」

明らかに脅しともとれる言葉だ。しかし、男にはその脅し文句が当たり前のような顔で、渋々と玄関に向かった。ドアを開けると、寒さが再び、襲ってきた。そのドア前に立っていたのは、那智と呼ばれた男とほぼ変わらない同年代の男だ。リュックを背負っており、髪は金髪で、服はだらしなく着こなしている。装飾品は髑髏の指輪に十字架のネックレスをつけていた。那智とは明らかに不釣合いな男である。那智は普通に、

「賢一、頼むから大声でそういうことを云うのはやめてくれ。近所で噂になる。」

「お前が出てこないのが悪い!!」

賢一と呼ばれた男がそう返した。那智は、とりあえず賢一を中に入れた。賢一は即座にコタツに潜り込んだ。

「あ~、寒かった…」

「こんな雪の中、来るからだ。」

「まあ、そういうな那智。今日はお前に用があって来たというのに…」

コタツにもぐったまま、那智にそう云った。那智も、コタツに入り、

「で、何だよ?その用事って奴はよ。」

コタツから上半身を起こし、

「ああ、実はな、俺のお金+仕送りがそこをついたわけですよ!!」

那智は、怪訝そうな顔をし、

「は?」

賢一は、話の腰を折らずにそのまま進めた。

「それで、つぎの給料が出るまでお前ん家に泊めさせてくれ!!」

「断る。」

那智はあっさりと蹴った。賢一は負けじと、

「頼む、三日間だけだから!!」

「一日たりとも泊める気は毛頭ない!!」

「何故だ?仮にも親友のピンチなんだぞ!?お前の心には慈悲という言葉がないのか!?」」

那智は、重々しく口を開け、

「俺の部屋にお前を寝かせるスペースが何処にある!?」

那智の家(といっても、借り部屋)は1Kである。一人で住むには充分であるが、二人で寝るとなると三畳一間の部屋を区切らなければならない。那智も賢一も背はでかい方である。さすがに、二人で寝るのは困難極まりないのである。だが、賢一は

「心配するな!!俺はキッチンで寝る!!」

那智は耳を疑った。賢一の言葉は明らかに無謀という二文字がぴったりである。むしろ、無計画なのがいいかもしれない。那智も、あきれ果てて、

「お好きなように…」

賢一は、ここで、自分の背負っていたリュックを下ろした。中を見ると、着替え、下着、ワックス、その他もろもろが出てきた。その奥には、お子様禁止の、男なら一度は通るブツが出てきた。賢一はそれを那智に見せて、

「これが最近手に入った無修正AV。しかも内容は、SM系。これで当面は持つぞ。」

「賢一、悪いがここにはティッシュはない。」

賢一は表情を一気に変えた。AVを近くにおき、那智に掴みかかった。那智はそれを軽く避けた。結果的に賢一はその反動で、机に顔面からぶつかってしまった。すぐに賢一は起き上がり、

「ティッシュがないだと!?どういう了見だ!?いや、そもそも何故ないのだ!?」

「外行くのは寒い上にめんどくさい。それで、買い置きも全て使い果たしてしまったのだ。」

賢一は愕然とし、

「バカな…お前も男だろう!?緊急時に役立つものじゃないかティッシュ箱は。」

「俺はお前みたいに遊んでいない。それに最近は禁欲をしている。」

那智の言動に賢一は誇らしげに、

「ふ、俺は遊んでなどいない。女が俺を誘惑して、俺はそれに従っているだけだ!!」

「それを俗に云う、ヒモじゃないのか?」

賢一は那智の鋭いツッコミを入れられ押し黙った。ふと、那智は時計を目にし、

「あ、そろそろバイトだな。じゃあ、賢一留守番頼む。」

「おう、しっかり俺の分まで働いてきてくれ」

那智は無視して出て行った。

2、恋愛の方程式 人+人=ちょっとした縁


那智はバイトを終え、帰る道の途中だった。その途中で、那智はある悩みを抱えていた。その悩みはフリーターの中ではよくあることかもしれない。那智はバイトを止めさせられたのである。理由は那智は愛想がよくないので、この仕事は向いていないといわれた。ちなみに、那智の仕事はレジ打ちである。それはさておき、これから何処へ働きに行けばいいのか、全く持ってさっぱりなのである。そんな帰り道の途中、

「ん、何だ?」

それは広告のビラだった。内容は、ウェイターの仕事である。それも接待業務にあたるが、幾分小言を云う暇はない。親から見放されている那智には、金がなくなったら、路頭に迷い朽ち果ててしまうのである。よくよく見ると給与の方は割りがいい。時給740円とは、多少の先輩の小言は我慢できる給与である。そして那智は最終決断までに迷う事無くそこへのバイト先を決めた。

そして、家に着き、

「お帰りぃ~。」

賢一が迎えた。賢一は普通にコタツで丸くなっていた。那智は玄関で靴を脱いだ後、コタツに入った。

「おい、飯はまだか?」

当然のような顔で賢一が尋ねた。那智は、渋々手に持っていたコンビニの袋から今日食う予定だった分を出した。賢一は、その中から弁当を一つ選び、自分の前へおいた。

「なぁ、自分の分くらい買ってこいよ。」

「前云ったように俺には一文も懐に入っていない。無論、電気代、光熱費、ガス代も出せん!!」

「誇って云うな。お前の懐が潤ったら今回の分を請求させてもらう。」

「…マジで?」

「マジだ」

こういう会話を繰り返して、弁当を食べていった。二人とも同じ大学で学科も同じなので話題に困ることはあまりなかった。最終的に決まったことは、明日提出の課題を必死こいて終らせるということだ。そして、その後なにもせず、寝てしまう、ということも賢一を半ば強制的に納得させた。飯も食い終わり、大学からの面倒臭い課題を終らそうと、頑張っていた。

「なあ、お前、彼女は相変わらず作っていないのか?」

「ああ、女の相手は面倒だ。何よりあの出来事が、な。」

那智は課題を解きながら返事を出した。賢一はその返事を聞いて、

「そうか。まだ引きずっていたのか。お前が背負い込むとでもないのに…」

「いいんだよ。あれは俺が決めたことだ。」

この会話っきり二人とも話すことはなかった。その功がそうして、予定よりも早く終った。

「なあ、まだ机を借りていいか?」

賢一は課題を片付け、もう一つの仕事にかかった。

「そういや、漫画家のアシスタントだったな。〆切まで、間に合うのか?」

「大丈夫だ!!その当人が〆切を破っている。」

「よく仕事が成立しているな。」

「まあ、きにするな。この社会、何でもありなんだよ。」

「頑張れよ、俺は寝る。」

「おやすみ。」

夜も更け、朝が明けた。那智はいつもどおり、日の出前に起きた。布団から出て、電気をつけようとしたが、紐に手をかけて慌てて引っ込めた。賢一が寝ていたことに気付いたのである。賢一は朝に弱い上に、電気の光で起こすなんてしたら、タコ殴りにされるのである。だから、電気を豆電球をつけ、その光を頼りに支度をした。服も着替え、次に朝食の準備をはじめた。冷蔵庫を覗くと、大したものが入っていなかったので、残り少ない食パンを焼いて食うことにした。オーブンレンジに食パンをセットし、出来るまで、朝刊を眺めていた。頃合を見て、レンジの中を見ると少し焦げ目が出来ていたので、手動で終らせた。チ~ンという音がなり、その音で賢一も起きた。

「何だ…もう朝かよ」

少し機嫌が悪くなっている。しかし、

「おっ、いい匂いがするな。」

そんな不機嫌など、すぐに吹っ飛んでしまった。布団から出て、賢一も着替えを終え、那智の用意した朝食を勝手に手を取り、食した。那智は残りを取って食べた。そして、学校へ行く準備をし、玄関に鍵をかけて、出発した。

「うぅ、さみぃ。」

那智が外気温の差に文句を云っていた。賢一は、懐が潤っている時に買ったコートを羽織り、寒さを遮断していた。

「そうか、そうか、俺はこの保温されている体温でぬくぬくと大学へ行くとしよう。」

賢一の優越とした、発言に那智はほんの一瞬殺意というものを抱いた。しかし、無駄な動きに使う力など那智にあるはずがなかった。賢一の発言を無視して、歩くことに全力を注いだ。防寒具が手袋とマフラーしかない那智は脚の方に寒さが襲ってくるのである。その寒さに耐えて進むことは困難極まりないのである。少なくとも賢一は悠々と大学に着くことが容易に想像できる。歩いている途中、

「なあ、結局何時まで起きていたんだ?」

「ああ、深夜の三時までだ」

賢一は平然と云ってのけた。こんなふうに不規則な生活が続くのが漫画家のアシスタントの運命なのである。ちなみに不足の睡眠は授業で補うのが当然になってきた最近である。授業は那智のノートをコピーしているというのは云うまでもない。しかし、賢一は留年を全くしていないのである。そこは学校の七不思議に入っているのである。

「それで髪脱色して、よくもまぁ、髪の毛も保つよな…」

「一応、髪の毛の健康にいい物ばっかり食べてプラスマイナス0になってんだろ?」

「そんなんでか?お前の身体はおかしいぞ。」

「当然だ。俺は人間を超える男だ。」

「超えたら、地球外生命体として、お前をNASAに高く売りつけてやる。」

「お前の辞書に友情という文字はないのか?」

「もちろんあるぞ。だが、人間の欲は友情を超えるのだ。」

「なんて奴だ。」

そういう他愛もない会話をしていたが、途中から那智が寒さと真剣勝負をする為に押し黙ってしまった。

そして、

「やっと着きやがった…」

那智は到達感が来たが、寒さですぐにそんな感情など、消えてしまッた。すぐさま、自分の教室に行った。担任のどうでもいい話を軽く聞き流し、最初の授業を受けるために移動教室をした。最初の授業は、那智にとってもっとも苦手とする、教授の授業だった。苦手な上に、全然分からず、最終的には、眠りこけてしまうのが、オチである。そんなのは、学生が本業である奴らにとっては日常茶飯事的行動である。しかし、それを許さないのは、教師が職業の熱心な人である。それは特にスポーツ系の人に多く見られる病気みたいなもんだと思えば、いいでしょう…まあ、それはおいといて、那智は講義が始まって、十五分後、さっそく、眠りへのお誘いが、やってきた。那智は、そのお誘いに簡単に乗ってしまった。その隣にいた賢一は那智の首のコックリコックリとノートに書かれている意味不明な宇宙語から、那智が眠りそうだと気付いた。賢一は、いつもどおり使っている那智の目覚まし作戦を起用した。それは、

「那智、お前の母さんが来ているぞ。」

「…!!」

那智は、母親がこの世の中で最大の敵と頭の中でインプットされている(その理由は、後日…)。それを応用した賢一の最大の目覚まし攻撃である。単純だが、最も効果的且つ、無駄がない。で、肝心の那智はというと声のでないリアクションで、何かを賢一に伝えようとジェスチャーしている。それで、

「アホ、今は講義中だ。ちゃんと聞いて写せ。俺が後々、困ってしまう。」

そう賢一に言われ、周りをよ~く見渡した。そして、自分の今置かれている状態を悟り、何事もなかったかのように机に伏した。その動作にすかさず、賢一が教本を縦にして、脳天に当てた。那智は頭を抑え、

「貴様、俺を昇天させる気か?」

「そんなつもりは毛頭ない。ただ、お前の不甲斐なさにあきれ果てて、助けてやっただけだ。」

「だったら、もっとソフトに起こしてくれ。」

「お前の状態による。」

そうこうしているうちに、一時限目が、終ってしまった。結局、あまり写さず、適当にやり過ごしてしまった。こんなことを繰り返しているうちに、あっという間に、今日の大学の講義全てを受け終えた。

今日は、午前中だけで済んだので、早速、昨日見つけたビラを元に、売り込みに行った。そこには那智と同じようにバイト料に目がくらんだ奴らが二、三人いた。そして、店長直々に面接が始まった。一人ずつの個人面接であるから、那智にとって周りからの影響が少ないから幾分だけましだと心の中で思った。前から来た順らしいので、那智は最期の番だと思い待っていた。一人、また一人、部屋に入っては出て行った。その全てが、浮かない顔をしていたので、面接が終わり、そのすぐに結果を云い表す形式のようだ。周りを見ると、那智一人しかいなかった。店長が中からお呼びの声がした。礼儀正しく入ると、中央に若壮年のちょび髭が特徴的な男がいた。那智は、今までの経験を生かし、礼儀正しく振舞った。そして、店長との面接が始まった。内容は、今までのバイトの面接の質問と大して変わらなかった。それら全てをそつなく答え、いよいよ、店長から、最期の質問を切り出された。

~貴方は今まで、自分のせいで人を失ったことがありますか?~

那智はこの質問に大きく動揺した。顔には出さずとも、心の中では脈が大きくなっている。ずっと隠し続けた、賢一しか知らない心の傷を見透かされた気分だった。賢一はその質問に答えようとしたが、声を出せなかった。声が喉で掻き消される気分だった。そして、思い通りにならない苛立ちと、曝け出された心の恥辱から、大きく体が動いてしまった。那智にとってあるまじき行動である。全てを機械的に処理するのが自分の特徴だったのに、感情的になってしまい、自分の中にふつふつと悲しみが湧きあがってきた。その感情を何とか抑え、

「はい、あります。」

それだけしかいえなかった。悲しみの回路が口を動かすのに弊害を起こしている。その一部始終を見た店長が、

「いいでしょう。あなたを雇います。」

その言葉が那智には大きく響いた。那智は、

「ありがとう、ございます。」

それだけを云って、平静を装った。

「明日から、働ける時間に働いて、帰る時間に帰ってください。タイムカードで、働いた時間を測定し、そこから給与を算出しますので…」

「わかりました…」

そして、那智は部屋を出て行った。

那智が出て行ったドアから女性が出てきた。歳は二十代後半らしいが、メイクの仕方に全くの無駄がなく、顔立ちが綺麗である。元々素材がいいのもあるのかもしれない。店の制服なのか白い、大きいリボンとフリルが特徴的な服で、下地は茶色のチェック柄の服が肩周辺から覗かせていて、趣味はいい服だ。髪は黒く、邪魔にならないよう束ねてあり、黒い瞳が綺麗で吸い込まれそうである。店長が彼女に目をやり、

「葉月か。どうした?昼休みにしては早すぎると思うが…」

葉月と呼ばれた女は、機械的な口調で、

「オーナー、自家製コーヒーが注文されました。急いで作ってください。」

オーナーと呼ばれた男は、腰を上げ、

「わかった。すぐに向かう。」

そう云って、葉月と共に、部屋を出た。

一方、那智はというと、ずっと、顔を伏せていた。道行く先々で、人とぶつかることはあったが、短気な人じゃなかったのは、せめてもの救いである。家に着いたのはもう、日がどっぷりつかってしまっていた。家のドアを開けると、

「おう!遅かったな。俺の胃袋が地球の果てまで泣き叫ぶ所だったぞ。」

賢一が、いつも通りのテンションで迎えてくれた。那智は、気付いてはいたものの、それに答えられる余力はなかった。賢一は、いつもと違う那智に、

「どうした?いつものお前なら、俺のテンションにメスを入れて再起不能にするんじゃなかったのか?」

那智は、小さな声で、

「今は、そんな気分じゃねぇ。」

「おい、マジでどうした?」

那智のあまりにも変わり果てた姿に賢一は驚いて訊ねた。さすがに那智も賢一に隠しごとは無理だろうと思い、これまでのいきさつを話した。それを聞いた、賢一は、

「それがマジなら、その店長、何を考えているんだろう…」

「俺にも分からない。だが、一つだけ確かなことがある。」

賢一は、少し驚き、

「なんだ。いってみろよ。」

「それは、俺がバイトに合格したことだ。」

スパカ―――ン!!

「いってぇな、いきなり、なんだよ。」

「それは俺のセリフだ!!こっちが真面目に話を聞いているのに…」

賢一はそう文句を云いながら、心の中ではほっとしている。那智が、いつも通りのテンションに戻ってくれたので、少なくとも、平静を装う余裕は出来ていることが確認できた。

「さて、明日からバイトがあるから、俺は早く寝る。」

「ああ、俺も頼まれた仕事が終ったから、朝一ででなければならん。」

「と、いうことで。」

「おやすみ~。」

そして、今日という日は終わりを告げた。

こうしている間に着々と運命の歯車は廻り始めていた。

太陽が昇る前に、那智は老人の如く目覚めた。

いつもと変わらぬ朝、いつもと変わらぬ一日がまた始まるはずだ。那智の心の聖域に誰かもわからない奴に無残にも踏み荒らされてしまった一件があるため、目覚めが悪く、平静を保つのも困難であった。昨夜も賢一にたいしてのポーカーフェイスも何とか作り上げた一時の表情でしかない。事実、賢一が寝た後、那智は自分でも信じられないほど感情が爆発していた。泣いて、怒って、いらついて、恨んで、悲しんだ。その感情の処理を終えるのに数時間を費やした。賢一に悟られまいと、顔にあった感情の跡を全て消去した。今の那智の顔は、全く、顔からは表情が読み取れない顔にしていた。賢一はというと、昨夜云っていた通り、早起きはしていたものの、二度寝した形跡があった。那智は、そんな賢一は飯のにおいがすれば、起きると判断し、作り始めた。そうすると、本当に賢一が起きてきた。那智は、賢一に軽く挨拶を交し、お互い、今日一日のことを話し合った。

「そういえば、お前を泊めるのは今日までだったな。」

那智がそう切り出す。

「ああ、今日、現金を直接もらえる…はずだ。」

「そうか。少し淋しくなるな。」

「そう、落ち込むな!!いつでも、お前の家に来てやる!!」

「それだけは勘弁してくれ。食費がかさむ。」

会話も弾んだが、時間の為一度切り上げて、二人とも出かけた。賢一は漫画家の家へ、那智は新しいバイト先へ…


「…はぁ。」

那智は、自分の不甲斐なさに打ちのめされていた。仕事が始まって、四時間が経過しようとしていた。今、自分の行動を思い出しても、全くもって情けないの一言である。最初のお客さんのオーダーは聞いたもののその料理を相手の脚にこぼしてしまった。それだけならまだしも、次は、水のお代わりを注ごうとしたら、注ぎ過ぎてこぼしてしまった。その他、皿洗い中、お約束の皿割り、コーヒーの分量を間違う、いっぱいあるが、割愛させていただきます。結局、今はレジ打ちを担当させられている。この被害もさることながら、この処置を迅速にやった店員たちもすごかった。那智もそこに感心はしていたが、あまり興味はなかった。どこでも他人のミスをカバーするのは当然だと考えていたのである。そうこうするうちに、昼休みの時間になった。朝、行きがけによったコンビニで買った弁当を店員用の休憩所で、適当に食っていた。そこに、

「おい、新入り!!茶をくれ!!」

いきなりけたたましい大声が鳴り響いた。那智はあまりの音量に驚いたが、周りは誰もがそれが当たり前のように平然としていた。那智は周りを見回すと、その声の主は、他にも数人をこき使い、飯だの、仕事だの、ただのストレス解消にされているサンドバッグなどいっぱいいた。そんな中で、那智の方に明らかな視線を送っていた。

「おい、茶をつげ!!新入り!!」

那智は突然のことで、つい、

「お、俺?」

その声の主は、その言葉を聞いた瞬間、目を鋭くし、

「貴様!!この(みこと)様に向かってその態度はなんだぁ!!!?」

そう云いながら、どこから取り出したのかメスを取り出して那智に目掛けて投げた。那智は、本能でそれを避けた。

(あぶねぇなぁ)

「ほう、あたしのメスを避けるとは、今までの中ではまあまあだな。」

「は、はい?」

「おっと、それはまだ黙秘だったな…」

「な、何のことでしょう?」

「その前に茶を注げ!!」

命と呼ばれた人に押されて、急いで注いだ。

「よし、中々の迅速力だ!!」

「ど、どうも。」

「次は、煙草に火をつけろ!!」

「は、はい。」

ポケットの中から、ライターを取り出し、命の口にある煙草に火をつけた。一息つくと白い煙が口から出てきた。

「さて、自己紹介が遅れたな。あたしの名は姫川 命。新入りの世話担当だ。分からないことがあったら、いつでも聞いてくれ。」

那智は、こんな奴が担当でよく誰も辞めないなぁと心の中でぼやいていた。

「それと、あたしは一応、女だ…」

「はいぃ!?」

那智は命のギャップに驚いた。服装は那智と同じウェイターの服を着ているし、髪型はショートだし、顔も美形。那智は100%男だと考えていた。

「ここのウェイトレスの服はどうも馴染めないんでな、無理を云って変えてもらった。」

「あの、勘違いされません?」

「なにをだ?」

「男だと…」

「それぐらい、かまわないではないか。」

「は、はぁ・・・」

「さて、私も仕事に戻るとするか。新入り、お前も来るか?」

「俺は、もう少しゆっくりしています。」

「さよか。まあ、早めに来いよ。」

そう云うと、命は出て行った。那智は近くのイスにもたれかかった。

「今までで一番厄介な先輩だよぉ。先行き不安だなぁ」

そう云って頭を垂らした。残りの弁当の中のものを口に含み、お茶をついで(ここにはお茶が常備されているのである)、一息ついていた。すると、今度は、

「あんたも大変だねぇ。」

ハスキーボイスを那智の耳が捉えた。その声がしたほうこうへ向いてみると、命と同じくウェイターの服装をしている。顔は、愁いを帯びた、なんとも渋い顔である。顔の髭がなんとも素晴らしいの一言である。髭ミルク(髭ミルクとは、髭が素晴らしい人がミルクを飲むと髭がミルクのせいで白くなる現象である。同じ現象で、口にもなる)をしたら確実に白くなるだろう。そんな人が、那智にしゃべりかけてきた。

「本当ですよ、あんな人でよく誰もやめないなぁっておもいますよ。」

那智はその人に向かって、言葉を返した。その男の人は、

「その理由は、周りの人に聞いたら分かりますよ。それぞれですけどね…」

「あんな人によくついて行きますね、脱帽ですよ。」

「ははっ、そうですね。私自身も時々自分に感心ですよ。」

那智はお茶を飲み干し、仕事に戻ろうとすると、

「新人さん。命さんの相手をお願いしますね。彼女、ああ見えて繊細ですから…」

そう云ってお辞儀をした。

「出来る限りは…」

そう云って那智は出て行った。


「おい、新入り!!酒を注げ!!酒を!!お前の歓迎会だろうがなんだろうが、お前がこの仕事場にいる限りこき使ってやるから覚悟しろよ!!」

完全に悪酔いである。那智はそんな命の云うことをちゃんと聞いたり、云われたことをやったりしていた。仕事が終わり、店長が歓迎会を開くという気の利いた事をしてくれた。しかし、結局は命の雑用の練習になってしまったのが現実である。店についてから、那智には一人になる時間はまったくといっていいほどなかった。命は、まず、水とおしぼりを那智に持ってこさせ、次に、お酌をさせ、愚痴の相手にさせ、またお酌をさせ、殴ったり蹴ったりして、またお酌をさせのエンドレスである。那智はそのおかげで、お酌のスペシャリストになった気でいた。半ばやけくそ気味で…ここにまた命専属の奴隷が生まれてしまった。先輩と後輩の関係がこんなもんでいいんだろうか?

(俺、何でこの人についていこうと思うんだろう?)

その思いは膨れ上がる一方だが、もう一方で居心地がいいということにわずかばかり感じさせられていた。しかし、那智自身前者のほうの気持ちが大きいので、後者の気持ちにはまだ気付いていなかった。命が阻害するのももちろんだが、那智自身の内面からの集団でいるのはあまり気持ちいいものではないという価値観が根本的な邪魔をしているせいで、本来得られる、気持ちが消えているのである。否、その気持ちを受け取るのを拒んでいるというのが正解であろう。今だかつて、那智は感情を出すのが苦手と思っている(賢一も含む)だろうが、それは違う。ただ、感情を知らないのである。どういうときに怒ればいいのか、どういうときに泣けばいいのか、どういうときに笑えばいいのかが分からないのである。ただ、小言は感情の代償に代わりに表現される。賢一も、那智の感情を取り戻すことを試みたが、所詮他人である。人の心の奥底にある、その人だけの「聖域」という不可侵略地域を踏むのはやはり他人では無理であった。

「新入り、聞いてくれよ。私だってな、わざとじゃないんだよ、それなのに、あの店長ったらなぁ・・・・」

また命の愚痴が始まった。那智はただそれに、返事をするだけである。もちろんただ聞いているだけと悟られないように、色々な返事をした。最悪は、ツッコミまで入れてしまったが、命は反応を示さないようなのでよしとした。

「全く、最近の新人は腰抜けばかりだよ。だが!!お前は違う。心の芯というものがしっかりしている。」

「恐縮です。」

「さて、酔いも一回りした所だし、お前は戻ってよし!!」

(どういう理屈やねん)

そう思いながら、那智は自分の席に戻った。すると、

「ご苦労だったねぇ。」

例のハスキーボイスが聞こえてきた。

「本当ですよ。仕事をやめたくなりそうです。」

「愚痴ばかり云っていると、気分が滅入りますよ。」

ハスキーボイス男が、肩にポンと手を置いた。那智は、既に注いであったビールを一飲みした。

「やっぱ炭酸抜けてるわ…」

すると、ハスキーボイス男が空っぽになった那智のグラスにビールを注いだ。

「すまんね、気付かなくて…」

「すいません。気を遣わせてしまって…」

「いえいえ、持ちつ持たれつですよ。」

注いでもらったビールをもう一飲みした。グラスを置き、軽く一息つくと、

「そういえば、あなたの名前を伺っておりませんでしたね。」

ハスキーボイス男が切り出してきた。

「そうでしたね。私の名前は桐原那智といいます。こういう席では敬語を外してくださいよ。」

「ご丁寧に。私は酒井優介。一応、料理長の補助をやっています。と、言っても全部料理長がやってしまって、仕事が全然ないですけど…。そうですね、この席位は敬語を外しましょうか。」

空になった那智のグラスに再び、優介はビールを注いだ。

「すいません。酒井さんも一杯飲んでください。」

那智も優介のグラスに注いだ。

「どうもどうも。では、明日も無事にバイトが終ることを祈って…」

「かんぱぁ~い。」

二人とも、グラスのビールを一気飲みした。グラスを二人とも置くと、

「ふぅ、酒井さん、中々いいキャラしてますね。」

「そうかい?君ほどじゃないとおもうけど…」

優介のソフトな毒舌を喰らった那智は、

「そうですか?では、何故そうお思いに?」

優介は、一息ついて、

「まず第一に、あの店長があなたを一発合格させるとは中々の器ですよ。」

「そうなんですか?」

優介は自分のグラスに、ビールを注いで、一口飲んでから、

「ええ、私どもも最初は驚いたよ。店長はかなりきむつかしい人でね、何を考えているか分からない。ただ…」

ここで、優介は口を噤んだ。

「ただ、なんですか?」

「店長は、勘が鋭い人でね、今働いている人たちは皆、何かしらのトラウマを持っている人なんだ。」

那智は、その言葉の意味が取れなかった。

「特に、人間関係や、処世術とか、ね。」

「何故、店長が、そんなことを…」

「それは、店長のみぞ知るって感じだね。今まで、その理由をしゃべったためしがない。」

優介は、グラスのビールをもう一飲みした。那智は、優介のグラスに、また注いだ。

「じゃあ、酒井さんはどんな傷を?」

「それは聞くだけ野暮ってもんさ。私だって、正直、何故採用されたか未だに分からない。覚えがないっていったら、それは嘘になる。君にだって、今更思い出したくもない過去を穿り返されたら、嫌だろう…皆同じ気持ちなのさ。」

不思議と、那智には優介が何故ここにいるのか、分かる気がしてきた。那智にだって、いろんな人にだって、心の傷があるのは、当然だと思う。では、何故俺たちなんだろうと疑問に思った。

「君は、知っているかい?心の傷っていうものは、時と共に、癒されていくということを…正確には、消えていくといったほうが正しいかもしれないが。」

「どういうことですか?」

優介は、ビールの泡をじっと見続けて、

「例えば、誰かが小さい頃、犬に噛まれたとする。それが大人になって、本能的に犬を避けてしまう。それがトラウマの基本的な例だ。しかし、その人は、ある日、犬嫌いを克服した。何故だと思う?」

優介の質問の意図がわからなかった。那智は、普通に、

「訓練したからじゃないんですか?」

優介は苦笑いし、

「そういうパターンもある。でも、彼はそんな回りくどい事をしなかった。犬は可愛くてとても人懐っこい動物だと、脳に刷り込ませたのさ。」

那智は驚いて、

「どうやってですか?一度植え付けられた記憶はそう簡単に消えないはずです。」

「答えは簡単。自分の大事な人が犬に惜しみない愛情を与えてる姿を目撃したのさ。もちろんこれだけじゃ不十分。時を経て、少しずつ、犬に対する自分の中の常識を覆していったのさ。こういうことだよ。」

「それじゃあ…」

那智は何かを悟った。優介は、その言葉を先取る様に、

「そう、みんな、心の傷を治しきれていない。更に云うなら、さらに広がっている人だっているだろう。」

さらに拡がっている人というのは、そのきっかけを与えてくれた人が、目の前から、消えていった人のことを指すだろう。

「無力、この言葉は、私達の枕詞なのだよ。自分の大事な人が、掌から砂のように落ちていくのを食い止めることが出来なかった。本当に、救いようのないくらい愚かなんだよ。私達は、この報いをいつか受けることになるだろう。」

「そうでしょうか?」

那智が、そう返した。優介は、下を向いたまま薄く笑って、

「君はまだ若い。いずれこの言葉の意味が分かるだろう。」

「私はそうは思いません。」

優介は、こちらを向いて、

「ほう、では君はどういう倫理をお持ちなのかな?」

「私は愛するべき人を失っても報復は来ないと思います。例え、それが自分が本来受けるべきだった報いをその人が代わりに受けてくれたとしても…」

「では、私達は何故生き延びる必要があったのだ。そのとき、私達の人生は終止符を打つはずだったのに、その人が打ってしまっては、私達は生き延びる必要はどこにもない!!」

優介は、グラスを勢いよく置いた。さらに声を荒げたせいもあって、周りが優介を見ていた。

「すまない。皆、続けてくれ。」

周りが心配そうな眼をしていた。すぐにまた活気付いたようだが、前のような活気まではなかった。

「その人は、生き続けて欲しかったんじゃないんですか。俺たちを愛していてくれたから、自分の命を投げ打ってまで守って、俺たちを守りたかったんじゃないんですか?」

「しかし、代償があまりにも重過ぎる。」

「それは、試練ですよ。その人が与えてくれた、課題じゃないんですか。これを超えたら、俺たちが目を背けた未来が見えるようになるという、課題ですよ。」

「課題、か…」

深くため息をつき、

「そうです。その人が残した課題を、一生かけて解かないほうが、呪われますよ。」

「君は強い芯を持っているんだな。光り輝く、真っ白い芯を。」

那智は、首を横にふり、

「私のこの倫理は、正直、俺のじゃないんですよ。俺の彼女のです。」

「君は、彼女がいるのか…」

「いいえ、いました。俺の元を離れていったんです。」

「そうか。君も癒しきれない傷を持つものか。」

「俺は、もう心がどうかき乱されようと我慢できました。でも、あの店長が心をかき乱すと、一番触れることのない部分をピンポイントで当てるんです。今までわからなかった気持ちが顔に表れるようになったんです。これがいいことか悪いことか分からないけど、俺は、昔のままで満足していた。なのに、店長が介入してから心が荒らされていく日々が続くんです。」

優介は那智の言葉に深く頷きながら、

「みんな、最初は店長に心を乱されたんだよ。でも、その結果は、皆心が癒されているんだよ。」

「そうですか。」

「さて、私はそろそろおいとましようかね。家に帰ってやることもあるし。」

「あ、俺も帰りますよ。」

「君には重要な任務があるだろう。」

重要な任務、那智はそういわれて気付いた。命の存在をすっかり忘れていた。

「それじゃあ、命のお守りをよろしく頼んだよ。」

優介は、そう云うと、部屋を出て行った。那智は、深いため息をついて、命を探した。が、那智の目にはどこにも命が捕らえられなかった。すると、

「お~い、新入り!!」

「うおっ!!」

後ろから声がして、那智は驚いた。

「どうした!?浮かない顔して、せっかくの美形が台無しだよ。」

命はさらによいが廻っているのか、赤い顔がまえより紅潮していた。

「いえ、酒井さんと長話をしていて、少し疲れていたんです。」

「そうかそうか、じゃあ、次はあたいの話を聞いてくれぃ。」

既に一人称が変わっている。一体、命はどこの生まれなのか、全くの謎が生まれた。

そして、いつもの口調で愚痴&自慢話が始まった。それを何となく、流していった。

「姫川さん、そろそろおいとましませんか。」

「何を云うか!!まだまだ、飲めるんじゃい!!」

全くもって、悪酔いの中の悪酔いである。しかし、こうやって暴走すると、

「うぅ、気持ち悪くなってきた…」

こうなるのである。命をトイレに連れて行き、吐かせるだけ吐かせたあと、

「帰りますよ。これ以上飲んだら、内臓が出ますよ。」

命は、その提案に渋々了解した。

那智は命を支えながら、タクシーを拾い、

「姫川さん、一人で大丈夫ですか?ついていきますよ。」

命は青い顔をしながら、

「そうか、じゃあ、頼む。高層マンションの中腹だから、結構きついんだよ。」

そう云うと、那智をタクシーの中に引っ張り込んだ。

そして数分後、

「ここがあたしのマンションだ。」

そう云って、那智は見上げた。

「これは高いなぁ。」

那智が見ているマンションは上が全く見えない。スモッグで覆い被さっているのである。

「おい、早く連れて行ってくれ。」

タクシーで苦しんでいる命を引っ張り出して、

「じゃあ、いきますよ。」

命に肩を貸し、千鳥足で、マンションに入っていった。

「何階ですか?」

「…十二階。」

命は、顔を下に向けたまま、力なく発言した。那智は、急いでエレベーターに乗り、十二階のボタンを押した。

「すまないな、新入り。」

命が、初めて那智に対して、詫びを入れた。那智は、

「いいですよ。困った時はお互い様です。」

「さよか・・・」

チン、と音がし、ドアが開いた。どうやらついたようである。

「えっと、姫川、姫川。」

ドアを一つ一つ、確かめて、

「お、あった。」

ドアを発見した。

「姫川さん、鍵を…」

「……」

返事がなかった。那智は、よくよく耳を澄ますと、

「…スゥ~、スゥ~、スゥ~」

「なんだ、寝ているのか。」

仕方なく、那智は、命の持ち物を漁る羽目になった。バッグを色々探ると、底の中のタオルに包まっていた。

「昔聞いた、知恵袋って感じだな。」

鍵を取り出して、錠をあけた。中に入り、電気をつけると、中々の小奇麗な部屋出てきた。内装も、女の子らしい部屋である。電燈や傘も可愛らしいプリントがされている。ベッドもピンクであり、そのベッドに、命を寝かせた。腹を冷やさないように、布団をかぶせた。普段からは想像できないくらい可愛い寝顔と寝息を立てている。普段を知らない人だったら、はっきり云って、恋をすること100%である。那智は、命を寝かして、いざ帰宅をしようとすると、

「お、かあ、さ、ん…」

声をしたほうを向くと、命がいた。(と、云うか命しかいない)那智は、命に近づき、

「お、かあ、さ、ん。どう、して、あたしを…」

寝言である。命は、そう云いながら、涙を出していた。那智は、座り込み、

(姫川さんも、心に傷があるんだなぁ。)

「許して、おかあ、さん。」

那智は、自分をもどかしく感じるようになって来た。命は、自分の過去の幻影に追われ続けているのを必死に、戦っているのをただ見ていることしか出来ないのは、あまりにも屈辱である。

「う……ん」

命の目が開いた。人形のようだった顔が那智を見て、満面の笑みで、

「お前が連れてきてくれたんだったな。感謝する。」

半身起こして、

「まだちょっと酔いが残ってるな。悪いけど水を持ってきてくれ。」

店にいるとは打って変わってしおらしい態度に那智は驚きながらも、迅速に水を持ってきた。

命は、那智が持って来た水を、飲み干すと、

「助かったよ。さすがに、今日はやりすぎたな。新入り、これからずっとあんな調子でやると思うが、宜しく頼む。」

「どうしたんですか?さっきまでの姫川さんはどこに行ったんですか?」

命は、少し困った顔をして、

「あれがあたしの処世術さ。我ながら、馬鹿らしいとは思っているけど、ああでもしないと私の本当のこのみっともない姿だと、誰も来ないんだ。昔からこんな性格でね、何とか友好的な性格を作らなくてはいけないっておもってな。だがその反面、本当にこれでいいのか?って訊ねるもう一人の自分がいるんだよ。」

「そう、ですか。でも、そんな大事なこと俺なんかに云っていいんですか?」

命は力なく笑いながら、

「そうだね、何でだろ…やっぱり、愚痴の相手にぴったりだからかもしれんな。」

「姫川さん、俺でよかったらいつでも愚痴を云って下さい。」

「新入り、もう、仕事場じゃないんだ。命でいい。」

少し照れながら命が云った。

「でも、今更呼び方を変えるなんて…」

「お願い。」

命は両手を合わせてお辞儀をした。那智は、頭を掻きながら、

「しょうがないなぁ。」

「さんきゅ~。あ、悪いけど、ちょっと部屋出てくれない?」

「いえ、もう帰りますよ。」

命は、そう聞くとちょっと顔を焦らせ、

「ちょっと待って。あたしはまだ用があるの。」

「は、はぁ・・・」

しぶしぶ、命の静止を受けた。部屋を出て、しばらく待つと、

「いいよぉ~。」

そういう声が聞こえて、再び、部屋へ入った。すると、

「悪いな。待たせて。」

「・・!!?」

次の瞬間、那智が見たものは、命の下着姿であった。赤いブラに、ピンクのパンツを着てはいるものの、布団から出て、艶かしいポーズで待っていた。那智は、顔には出さないものの顔を背けた。すると命が、

「新入り、恥ずかしいのか?可愛い所あるじゃないか」

そう云うと、立ち上がって、ゆっくりと那智に近づいていった。そして、那智の顔を命に向かせた。

「どうした?ひょっとして女の身体を見るのは初めてか?」

「いえ、そういうわけじゃ…」

那智は命の身体を(無理矢理)見せられた。ブラから、豊満な胸、引き締まったウエスト、見事なプロポーションだ。

「なあ、新入り。あたしを抱いてくれないか?今夜だけ…」

「えっ?でも・・・」

云い続けようとすると、命の唇がそれを封じた。手を後ろで絡ませ、決して逃げることがないよう封じた。そして、長い間命は那智の唇と重ねていた。そして、唇を離し、

「新入り、あたしを遊びでもいいから今夜だけ抱いて…」

那智を見上げ、もう一度、唇を交わそうとすると、

「・・・ごめん。俺、そんなふうに命を見れない…」

命の手を離した。命はうつむき、

「どうしてもか?」

「ごめん。」

那智が出て行こうとすると、命は、那智の手を握り、

「新入り、お前の名前を教えてくれ。」

那智は、振り返らず、

「桐原那智です。」

手を振り解き、部屋を出て行った。命は、ベッドに座り、

「…ふぅ。」

一息ついて、命は髪の毛をいじり、

「残念だったな…」

薄く笑みを浮かべながら、呟いた。


那智は、あれから家に帰り、部屋の中で、さっきまでのことを思い返していた。色々な思いが巡ったが最終的な結論は、

「もったいなかったなぁ。」

後悔だった。男は妙にかっこつけたくなるのであんな態度をとってしまったのである。まあ、そこがいいという女性もいるらしい。このことを賢一が知ったら、馬鹿にすること百パーセントである。命の身体を思い出せば出すほど、後悔の念が強くなってきてしまっている。そんな時、

~ピンポーン~

呼び鈴が鳴った。後悔している顔を出さないよう、また無表情の仮面をかぶって相手を出迎えたドアを開けると、

「…店長?」

ドアの向こうには、那智が面接で見たい渋い顔の店長がいた。その隣には葉月がいた。

「那智、話がある。中に入っていいか?」

「はい、どうぞ。」

店長と葉月を中に入れて、お茶を出した。葉月にも差し出し、軽くお辞儀をされた。そして、

「今日、命に誘惑されて後悔しているんじゃないのか?」

いきなりの、ピンポイント攻撃である。那智は悟られないよう無表情のまま、

「いいえ、されはしましたが、後悔はしていません。」

その言葉を聞くと、さらに、

「命の処世術まで聞くとは、よっぽどお前に信頼を寄せているようだな、命は。ショックを受けていることだろう。」

少し心の中に憤りを感じたが、それを出さず、

「店長には関係のないことです。放っておいて下さい。」

那智は少し声を荒げて云った。店長は少し、ため息を出すと、

「そんなに、自分の心を偽って辛くないのか?」

那智は、面接の時と同じ感覚に襲われた。しかし、那智は顔には出さなかった。

「確かに、私は偽っています。ですが、私はそれでいいと思っています。」

「本当に、ですか?」

ここで、葉月が口を開いた。だが、少し訛りがある標準語である。那智は、葉月の訛りと声に驚いた。聞いたことがあるのである。しかし、また、無表情を通しながらチラッと見、

「あなたが口出す問題ではないはずです。」

「葉月、少し静かにしていなさい。」

「はい、申し訳ありません。」

那智は向きなおして、

「先ほども申し上げましたが、私の行動にあなたが批判する必要はありません。」

店長は目を鋭くして、

「いいのか?」

声を低くしているが、明らかに怒りを含んでいる声だった。那智は店長の言葉の真意を理解することが出来なかった。

「お前のこれまでの人生で、後悔したのはおまえ自身が原因だろう…」

那智はうつむいた。店長は、気にせず、

「おまえ自身による原因で、結果、愛するべき人を失ったと、そんな所だろう…」

那智は、下唇を噛んだ。うつむく姿はどことなく小さい。すると、隣に、

「店長、これ以上やると、彼の精神が崩壊してしまいます。」

葉月は那智の隣に移動し、座った。そして、

「那智、久し振りですね。覚えていますか?」

那智はうつむいていた顔をあげ、葉月の顔を見た。那智は、今までの満たされない心が、癒されたような気分になった。

「ア、キラ?」

「はい、那智のことは一度たりとも忘れたことはありませんでした。」

店長が、

「さて、我々の役目は終ったようだな。一応、報酬を振り込んでおく。」

「でも、店長今日だけしか俺は働いていないんですが…」

「不十分だろうから、私達から餞別で百万ほど振り込んでおく。これだけしたんだから、同じ事を繰り返すなよ」

「でも、俺、アキラに…」

「再び会うということは、どういうことかな?」

「那智、私は確かにあなたのもとを去りました。でも、店長に会ってあなたが残してくれたものがどれほど大切なものか気付かせてくれたんです。私は後悔しました。私は償おうと努力しました。結局行き着いたことはあなたとやり直すことでした。」

那智はアキラの方を向き、

「アキラ、それでお前はいいのか?」

「はい、あなたと一緒にいたいんです。私はもう迷いはありません。あなたの短所も含め愛することを決めたんです」

「それはただの自己満足じゃないのか…」

「そうです。ですが、あなたの無知も償ってもらいます。今から、二人で、お互いの罪を償う、という条件です。」

アキラから突きつけられたあまりにも過酷な条件であった。那智は自分の犯した罪を痛いほど理解している。アキラも、那智が犯した罪によって重ねた自らの罪も償う覚悟は出来たといっている。那智にはもう余地はなかった。

「そうだな。罪はくいらなければならないもんな。」

那智とアキラは向き合い、抱きついた。那智には、うっすらと涙があった。再び心の欠片が戻ってきた嬉しさもある。だが、全ての罪を償い終えた時の不安もあり、なんかやりきれない気持ちだった。こんな感じで、再び二人の恋の話は始まったのである。


第三章恋は障害があればあるほど、燃え上がるものである。○か×か❤


「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

いきなりの大声である。那智は、耳を抑えた。

「うるさい、もう少し静かに出来ないのか?」

「これが静かに出来るか!?」

賢一が、いつも以上のテンションである。それもそうである。お互い後悔が残った別れ方をした二人がまたよりが戻ったと聞けば驚くのも無理はない。

「まぁ、しかしお前が戻すとは思わなんだな。」

「色々と、な。」

「もう、あんなことは繰り返すなよ。」

「努力する。」

適当に話して、二人は、大学を出た。

「今日、お前の家にきていいか?」

那智が、そう切り出した。賢一は、

「珍しいじゃないか。お前が来るなんて」

「まあ、ちょっとな。」

賢一は那智とは、違ったマンションで暮らしているが、高級という形容詞がつく。ここの頭金は無論、女性が出してくれたのである。まあ、結果としては、高い家賃に苦しむ羽目になっているのである。そのおかげで、度々、那智にお世話になっているのである。那智から見れば、もう少し冷静になって、安い家賃のマンションに住めばいいだけの話である。しかし、賢一は昔の日本人の情け深い性格を色濃く受け継いでいるらしく、一度住まわせた恩義は、滅多に忘れることはなく、仇で返す真似はあまりしなかった。そうこうしているうちに、賢一のマンションに着いた。

「いつみてもでけぇなぁ~。」

「はっはっは、お前も俺を目指して頑張るがいい。」

「他力では頑張らないが、自力で頑張らせてもらう。」

マンションの入り口のドアを開き、賢一の部屋に移動した。靴を脱ぎ、居間で適当に座った。

「で、お前が俺の部屋に来るってことは相当わけありなんだろ?」

賢一がいきなり、鋭い指摘をした。那智も、反論することもなく、

「まあな。大学でも話したがアキラのことでな。」

那智は、近くにあった、座布団をとって、その上に座った。

「贖罪が目的の付き合いなんて長続きしねぇぞ。偏見だけどな。」

「俺もそう思うんだけど、なんでか、長続きする自信があるんだよなぁ。」

賢一は、冷蔵庫から、ジュースを取り出し、那智に差し出した。那智は、封を開け、一口含むと、

「何だこれは?」

「適当に買ったんだが、『どろり濃厚ジュース・オレンジ味』だって、面白いネーミングだったから買った、」

那智はもう一口含んで、

「お前、飲んだか?」

「うまかったぞ。」

「嘘つけ。」

間髪いれず突っ込んだ。那智は、ジュースを置き、

「なんにしても、少し様子を見てみないとな。」

「だな。応援はするぞ。」

「あんがとさん。」

那智は何気に、机を見た。そこには、大量の原稿があった。

「相変わらず大変だな、アシスタントは。」

「まあな、でも殆どは一人立ちするとき用のやつだよ。」

賢一は、一枚取り出して、

「殆どは先生がアイデアくれたんだけどな、応援してくれているからな。師弟愛ってやつ?」

「どんなタイトルなんだ?」

「ああ、『killing doll』っていうタイトルさ。」

那智は、賢一から何枚か見せてもらいった。内容は、日常生活から、並外れた人間がどうやって日常生活を取り戻すかっていう感じであった。

「中々の話じゃないか。」

「どうも。」

原稿を元に戻し、違うのに目を向けた。

「最近はイラストも描いているんだな。」

「まあ、成人向けだけどな。」

一枚取った。女の子が、泣きながら必死に苦痛を耐えている絵だった。服装はメイドらしい。

「これをどうすんだ?」

「まあいざ、と言う時と。」

他のもとって見た。次の絵は、二人の女の子がお互いを舐めあっている絵だった。

「もう、すごいとしか云い様がない…」

「貸してやろうか?」

「そういう意味ではない。」

絵を元に戻した。

「全く、相変わらず絵は上手いな。」

「特技ぐらいないとな。」

「それじゃ、今日は帰るわ。」

那智は立ち上がった。賢一も玄関で見送った。那智は真っ直ぐ家に帰った。

「ふぅ、ただいま~。」

返事することのない部屋に云った。が、

「おかえりなさい。」

返事がきた。那智は、最初、戸惑ったが、声が聴いたことがあったので、あまり慌てることはなかった。そして、部屋のドアを開けると、

「アキラ、どうやって俺の部屋に入った?」

那智は、確かにドアの錠を閉めた。作者が云うんだから間違いない!!…しかし、周りを見ると窓ガラスが割って入った形跡はない。部屋に窓から入ろうとする前に、那智の部屋は最上層に近い。まさに神出鬼没である。

「愛の力です…」

「帰れ・・・」

間髪いれず突っ込んだ。アキラは笑顔を絶やさず、那智を見続けた。那智はコタツに入り込み、

「で、どうしたんだ?用があるんだろ?」

「えっとね、もうすぐ私の誕生日だから催促しにきたの。もちろん忘れていないよね?」

那智は、少し考え、

「…忘れてた。」

その言葉にさすがのアキラも笑顔が消え、

「ぶっ飛ばしますよ?」

何処から取り出したのか、銃を取り出し、那智に向けた。

「ちょっ、待てアキラ。話せば分かる。」

「私の誕生日を忘れるなんて、女の子の気持ちを踏みにじった罰です。一度,地獄へ落ちて下さい。」

カチャッと、トリガーが動き、

「待て。待ってくれ。なんでもするから、それだけはやめてくれ。マジで、頼む。」

そう云うと、アキラは笑顔を取り戻し、

「それじゃあ、明日は私に一日中、付き合って。やりたいことがあるの、お願い。」

那智は、少し考え、

「明日は、講義があるから、ちょっと…」

アキラはもう一度銃を構え、

「やっぱり、一度地獄に落ちる必要がありますね。」

「もちろん喜んでお付き合いさせていただきます。気が済むまで一緒にいましょう。」

アキラは銃を下ろし、

「約束ですよ。」

「…はい。」

アキラは、立ち上がり、玄関に向かった。

「じゃあね、那智。明日はいつものところで、いつもの時間だよ。」

そう云い残して、玄関を出た。那智は、一気にコタツになだれ込み、

「ったく、相変わらずだよな。ふざけんなよ・・・」

そう愚痴っていると、

「何か、私の悪口が聞こえたんですけど…」

にこやかな顔で、窓から顔を出し銃を那智に向けた。

「いいえ、一切云っておりません。お気にならず、お帰りください。」

「そう?ならいいんだけど…」

アキラは、窓を閉めそして影が消えた。

「マジで疲れた。」

そう云い残し、那智は、夢の中に陥った。


一方、アキラはというと、

(信じられないよぉ~、またナッチーと付き合えるなんて。)

心の中にある陽動を抑えながら歩いていた。ちなみに、アキラはみんなの前では、那智のことをナッチーと云って、紹介している。心の中から湧き出る気持ちを抑えきれず、やっぱり足が速くなる。それに明日は二人で約束した(させた)デートである。

明日のことを考えただけで顔がにやけてしまう。もし、理由を知らない人が来たら、変に勘違いされるだろう。それに気付いて、周りを見回したが、幸い誰にも見られなかった。しかし、それは同時に一人で暗い道を歩いていることになるのである。アキラは、急いで自分の家まで歩いた。しかし、角を曲がろうとすると、

「いてっ!!」

「きゃっ!!」

ぶつかってしまう。そして、

「す、すいません。急いでいたもので・・・」

先に男の方が謝った。すると、アキラは頭を撫でながら、

「いいえ、お気になさらず。私も不注意でしたから。」

お互い、立ち上がり、頭を下げ、別れを告げた。そして、アキラの部屋らしきところに着いた。そして、服を脱ぎ、下着姿で、風呂場へ向かった。そして、自分の脱いだ下着に、

「あれ?何で男物はいてたんだろう…」

少し疑問に思ったが、大して気にせず、浴槽へ向かう途中の鏡を何気なく見た。すると、風呂に入ろうとする足を見事なまでに、ストップさせたのである。そして、鏡に映った自分自身の顔に向かって、

「な、何で、男に変わってんの!?」

鏡に映った男の顔に、大声で話した。

「え?えぇ?えぇぇ?」

すっかり、動転したアキラは、とりあえず、さっき脱いだ男物の下着をはき、そして上もはき、

「ど~しよ?ど~しよ?どうにかしないと…」

そうやって、どたばたしていると、

「すいませ~ん。」

ドアから、声が聞こえてきた。その声には聴いた覚えがあった。

「私の声?」

いそいで、ドアを開けると、紛れもない自分の顔が見れた。

「え?でも、どうやってここまで???」

「あ、中の免許証を見ました。」

「そう、ですか。あ、とりあえず、中へ」

自分を招きいれた。

「一体、何がどうなっているんでしょうか?」

すると、アキラの体が、

「おそらく、ぶつかった時に、お互いの心が入れ替わったんでしょう。」

「…やっぱり?」

小説としては、ベタな展開である、自分に反省。すると、

「どうします?」

「解決方法が、見つかるまでお互い成りすます。」

「…しかないですよねぇ。」

そういう会話をして、夜は更けていった。


那智は朝日とともに目覚め、朝食を適当にとって、きょうすべきことをすぐに思い出して、賢一に今日、サボるから後宜しくとメールを打った後、よそ行き用に着替え、待ち合わせ場所に向かったが、あまりにも早く来すぎてしまい、とりあえず、どう時間を潰そうか考えている所からこの話は始まる。

「さて、まだ店はあんまり開いていないし、ぶらぶらと散歩でもするか。」

待ち合わせ場所から、少し離れた通り沿いをぶらぶらすることにした。やはり、朝だからか、人がパラパラいるぐらいである。

近くの建物の壁に寄りかかって、座り込んだ。そして、ぼ~っとしていた。那智はただ空を見ている。

ふと、道脇を見ると捨て猫を発見した。まだ、生まれて二ヶ月ぐらいの大きさで、物欲しげな目で訴えていた。(あまり想像つかない人は、アイ○ルを思い出しましょう)那智は、そのネコを抱きかかえ、頭を撫でたりしていたが、

「何かほしいのか?でも、何かあるかな?」

と、ダンボールに直し、ポケットなどを漁った。すると、チョコレートが最初に出てきた。

「猫を殺してどうするんだ…」

他にはビスケットが出てきた。

「身体には悪いよな。」

最後に、小魚の酒のつまみが出てきた。

「これなら、文句ないだろう。」

と、云い袋を開け中をダンボールの中に落とした。それを猫は美味しそうにカリカリと音を立てて食べていた。

全て食べ終えると、すぐに横になった。どうやら満腹になったようである。とても心地良さそうに眠っている。捨てた人か愛着がわいた人が毛布を置いてあるので、寒い思いをすることはないだろう。那智も、そこから離れ、また違う道をうろうろしていた。ふと、時計を見ると、そろそろ約束の時間になっていた。

「行くか。」

そして、那智が向かった先は、小さな丘がある公園だった。そこの、丘のふもとを座って待っていた。

数刻経つと、目線の先にアキラが現れた。しかし、

「なんか、動きがたどたどしいな。」

そして、那智はアキラの隣に見知らぬ男が立っていることに気付いた。

二人は一緒に那智の元まで歩いていった。すると、

「うぇ~~~~ん、ナッチ――」

男が急に泣き出し、那智に抱きついてきた。那智は驚き、本能的に避けきった。その結果、地面に顔をもろにぶつけてしまう羽目になった。

「ナッチ―?何で、見知らぬあなたが俺の名を?」

「そちらはアキラさんですよ。」

アキラがそう云った。那智は、頭を斜めにして、

「え?アキラ、お前何云って、えぇ?」

那智は混乱してきた。すると、地面にへばっていた男が立ち上がって、

「ナッチ―、ひどいよぉ。」

「お前、本当にアキラなのか?」

「そうだよ~、信じてくれてもいいじゃな~い。」

「無茶を云うな。いきなり信じろといわれて信じれるか。」

那智は、とりあえず、アキラに手を貸した。その手で、アキラは立ち上がり、

「じつは・・・・」

これまで起こった事の一部始終を話した。

「・・・・・・・・・・・マジかよ。」

アキラ(男)が、

「私もまさか、こういう事態になるとは・・・」

「いや、あんたは悪くない。」

そう云って、アキラの方へ、向いて、

「この馬鹿が悪いんだ。この馬鹿が…」

そう云って、顔にデコピンを与えた。アキラは、おでこをさすり、

「あうぅ~、ひどいよ~。」

「それで、一体どうするんだ?このままだと、俺は、中身はアキラじゃない奴とデートってことになるよな?」

アキラ(男)が、

「そうですね?私も、これといった解決法もありませんし・・・」

「同じ方法をやるとかは?」

那智が案を出した。そうすると、二人揃って、頭のてっぺんを突き出した。そこにはおびただしい数のたんこぶがあった。

那智は、その様を見て、

「お、おい、まさか・・・」

「百回やったので、脳が機能停止しかけました。」

「痛かったんだよ~!!」

那智は、押し黙った。そして、二人に背を向けて、震えた。

(ショックだったかな、あうぅ~どうしていつもこうなんだろう・・・)(アキラの心の声)

(悪いことをしましたね。どうにか、しないと・・・)(男の心の声)

(コントだよ、コント。笑える・・・笑ったらいけないが、我慢できねぇ~。)(那智の心の声)

そして、また向きなおして、

「それで?他に案は無いのか?」

いつもの通りの無表情に戻し、二人に尋ねた。

「まあ、無いことも無いですよ。」

「マジか!?じゃあ、早速・・・」

そう云った瞬間、アキラが、

「ナッチー!?本当にいいの!?」

いきなり大声を出した。那智も突然のことで、耳の対処に遅れた。

「な、なんだよ?戻れるなら、いいじゃねぇか」

「最後まで話を聞いてください。その方法というのは、性行為なんです。」

「・・・・・・・・・・・何故?」

アキラ(男)は続けた。

「お互いの身体から離れた魂をもう一度元に戻すのを、外的なことで解決するのはほぼ無理でしょう。それならば、内的なことなら、どうか?っていう話になったんです。」

それに続いて、アキラが、

「それで、一番手っ取り早いのが、性行為なんだって~。お互いの身体が一つになるから、戻るんじゃないかって…」

「ですから、あなたに許可をもらいに来たんです。どうか、許してくれないでしょうか?」

那智はしばらく考え、

「・・・・・駄目に決まってるだろ!!」

「何故です?これではいつまでも変わりませんよ?」

「確かに、そうだが、これで、よかったと満足できるのか!?もう少し、時間があれば、解決の糸口が他にもあるはずだ!!」

「でも、それまで、ずっとこの身体で付き合っていくんだよ~?私なら大丈夫だよ。これで、元に戻れるなら・・・」

アキラが、悲しそうな声で主張した。

「アキラ。お前、この行為を認めたら、身体の中に傷が残るんだぞ?ずっとこの行為で犯した傷が、死ぬまで付きまとうことになるんだぞ?そうやって苦しむ姿を、俺は見たくない!!俺達の時間は、まだあるじゃないか。急ぐ必要もない。このことも、笑って思い出せる記憶にしたいんだよ。」

しばらく、沈黙が流れたが、

「ナッチ―・・・ありがとう。」

その言葉が出たのは、なんと男の心が乗り移っているはずのアキラのほうからだった。

「え?お前、アキラ?」

「うん、実は、もう元に戻っていたんだ・・・・」

そういうと、那智はすかさず、アキラを抱きしめた。アキラも、那智の温もりを受け止め、

「ごめんね、試すようなことをして・・」

「何で、こんなことをしたんだよ・・・」

アキラは、那智の胸に顔をうずめて、

「だって、不安だったんだよ。」

そして、お互い、少し距離をおいて、

「ナッチ―と久し振りに会ったけど、やっぱり不安だったんだ。また、同じ事を繰り返しそうで・・・」

「・・・アキラ」

アキラの目から、一滴涙がこぼれた。頬も紅潮し、もう、泣き崩れそうである。

那智は、そんなアキラを抱きしめることしかできなかった。

「では、私はこれにて失礼します・・・」

男が一言言い残して、立ち去った。そして曲がった角にて、

「ご苦労だったな…シン」

そこには店長が立っていた。シンと呼ばれた男は、チラッとこっちを見ただけで店長の横を通り過ぎようとすると、

「店長、私の心を知っててなお、この任務を任せたんですか?」

「・・・あぁ」

シンは、そぅですか、と呟いて、店長の元を去っていった

店長も、アキラと那智の二人を見て、もと来た道を戻っていった。

「ナッチ―、今から、デート、だね?」

アキラは、涙のあとが残ったまま、笑顔で云った。那智は、感情の表現が分からなかったが、

「ああ、そうだな・・・」

精一杯頑張ってかけられる、思いやりの言葉だった。アキラもそれを察して、

「じゃあ、何処から行く?」

「そぅだな、まずは公園に行くか」

那智とアキラは公園へ向かった。もちろん、離れることのないよう、手をつないで。

そして、アキラと那智は、公園に着き、近くのベンチに座った。

「ナッチ―、あそこの丘、見て♪すごいねぇ」

アキラが指差した方向の丘を見ると、一昨日降った雪がまだ残っていた。

「ちょっといってみよぅよぉ」

那智も渋々、ついていくことにいした。ふもとまで着くと、アキラが頂上まで登っていった。

「ねぇ~、ナッチ―、ココ、気持ちいいよぉ~」

頂まで登ると、アキラは風を感じていた。とても冷たく、皮膚を切り裂くような風だが、アキラには心地良く感じた。

那智は、そんなアキラの様子を不思議な気持ちで眺めていた。まるで、遠い空にはばたいていきそうな、思いが募っていった。そんなアキラを、那智は留まって欲しくて、後ろから抱き包んでいた。

「ど、どうしたの?ナッチ―」

急にだきよせて来た那智を、アキラは驚いた顔で訪ねてきた。

「ん、いや、なんか、離れていきそうな雰囲気だったんでな…」

そう何気なく呟くと、アキラは抱かれた腕をぎゅっと握り、

「ナッチ―、怖いこと云わないでよ。この地から離れてしまったら、私が私でいる必要がなくなるよ」

アキラの弱々しい声を聞くと、那智は自分が云った言葉がどれほどアキラを悲しませたのか気付いた。

「アキラ、ごめんな、また悲しませて」

「ううん、ナッチ―の全てを受け入れるって決めたんだもん。」

「場所、変えるか?」

「うん・・・」

丘を降り、違う場所へと向かった。ただ、ココにはいたくなかったという気持ちはお互いいっしょだった。


「なぁ、やりたいことがあるとか云ってなかったか?」

那智が、ふと漏らした。アキラは思い出したように、

「うん、実はね、そのぉ、ちょっと、恥ずかしくて、えへへっ。」

恥ずかしがりながら、じれったくした。那智はイライラしながら、

「なんだよ?全く・・・」

アキラは周りを気にしながら、

「あのね、絵を描きたいの。」

そう云うと、一瞬の静寂が生まれ、

「でね、モデルを頼みたいなって」

「では、これにて失礼。」

そう云って帰ろうとすると、アキラが背後から、ナイフを取り出し、

「なってくれますよね?」

首元にナイフを向けた。

「喜んででご協力させていただきます。」

「よかったぁ、断られたらどうしようかと思ったよ~。」

(普通断るっつうの!!)

那智は心で叫んではみたものの、それは雪の如く消えていった。

そういう考えを云ってる間に、アキラはせっせと、画材道具の準備をしていた。

「うん、バッチリ。」

「んで、どういう風に描くんだ?」

「ん~とねぇ、ナッチ―の笑顔。」

「無理だ。」

即突っ込んだ。

「俺は元来、笑うのは苦手なんだ。せいぜい、面白コントを見て馬鹿笑いするくらいしかできん」

そう云うと、アキラは少し困った顔で、

「こう、にこ~ってできない?」

口の両端を握って、い~っとした。那智もまねてみたが、

「・・・・にあうか?」

アキラは苦笑し、

「私の笑い方で、学習できないかなぁ」

那智はアキラの顔をマジマジと見つめ、

「ちょ、そんな風に見られると、逆に恥ずかしいよぉ。」

照れ笑いをだした。

「アキラってすごいな、そんな風に表現できて」

「だって、ナッチ―とまた付き合うことができるってだけで、顔がほころぶもん」

アキラは絵を描く準備をはじめた。パレットを片手に持ち、キャンバスに向かった。

「ナッチー、向こうの噴水に、立ってくれる?」

「あぁ、わかった。」

アキラが指をさした方向に行くとき、

「笑顔は、いいのか?」

ふと呟いた一言にアキラは、

「うん、ナッチ―の日常を描いたほうが思い出に残りそうだしね。」

「そういうものか・・・」

「うん、そういうものだよ。」

那智はまた噴水の方へ歩いていった。アキラの筆を持つ手が少し震えていたが、那智に悟られまいと顔は笑顔を浮かべていた。

那智は噴水を背中に向けて、アキラのほうへ向いた。

「これでいいか?」

「ん~、もう少し右に行ってくれるかな?」

那智は少し右に動いて、

「こうか?」

「うん、いい感じだよ。そのまま動かないでね」

しばしの静寂が生まれた・・・が、

「ナッチー・・・・」

蚊が飛ぶような声で呟いた。

「何か云ったか?」

「え、ううん。なんでもない」

アキラはいつもの笑顔を作った。少しばかり無理をして・・・

那智はそんな感情の微妙な変化を読み取ることなどできず、

「さよか。」

アキラの顔は那智から見ると、スケッチが邪魔になっていて見えにくい。向こうが、スケッチから顔を出して時々こっちを見る。その度々に、難しい顔をしたり、笑顔になったりと、モデルになった側から見るとなかなか飽きないものである。

またしばらく沈黙が生まれ、

「できたぁ~~」

両手を空に掲げて喜ぶアキラの姿を見て、那智も肩を振り回しながら、

「ようやく終わったか」

そして絵を見ようとすると、

「だめぇ~!!完成してから見せるから今は見ないで!!」

身体で絵を隠した。那智は絵というものを知らなかったが、ここまで拒まれるとはそんなに見せたくないものだろうなと考え、

「わかった。ちゃんと完成してから見せてくれよ。」

「うん、大丈夫だよぉ」

手早く画材道具を片付けるアキラを待ちながら、

「はらへったなぁ・・・」

と、呟くと、

「ぁ、今日はあたしが作ってきたんだよぉ~」

・・・・・那智は、とてつもなく遠くへと後ずさりをした。それはムーンウォークができてるんじゃないかというほどの速さで

「残したらどうなるか分かってますよね?」

今度は両手の袖の中にナイフが大量に隠してあるのが見えてしまった。那智にとってこれ以上の不利な条件はない。

「大丈夫だよ。ちゃんとレストランで働いてて、料理も担当したんだから、経験はバッチリ」

那智にはにわかに信じがたかった。

「で、お前の作った料理の感想は何て云ってた?」

口元に人差し指を当てて

「えっとぉ~、個性的な味だね、とかぁ、好きな人には好きな味だね、とかぁ、ぁ、この前なんか、あまりの美味しさに気絶する人とかいたんだよぉ。ねっ?腕上がったでしょ?」

那智はその感想をよ~く噛み砕きながら思った。

(絶対腕は上がってない!!むしろ悪くなってる!!)

那智も一度アキラの作った料理を食べたことはあるが、見た目は完璧なのである。料理番組の広告に出してもおかしくないほど視覚的に美味しさを宣伝している。だが、食べてみると、とんでもなかった。面白いくらいのギャップに那智も呆れたほどである。

そして、作り方をアキラに訊ねてみると、

「ぇっとぉ、やっぱり、基本はマグネシウムでしょぉ?それにナトリウムや過酸化水素水も必要だしぃ、それにアンモニアも酸味を入れるために必要だしぃ、一番いい食材はゴキブリの卵でぇ、ねずみなんかも揚げると美味しいんだよぉ」

と、常人では食べられそうにない食材をあげる。それを知らずに食べたお客様がかわいそうである。

きっと、店長も最初は全部任せていたのだが、あまりにも突拍子のない料理が出たもんで、レシピと調理工程を書いたかみを渡し、その通りにするようしたのは想像に難くない。

しかし、アキラはそんな簡単に型にはまる女ではない。店長の渡したレシピに多少の手を加えたはずである。

その結果として、アキラの云った客の感想になっているのである。

「ねぇ~、考えてないで、食べてみてよぉ」

アキラの純心無垢な笑顔が那智の良心を刺激する。食べなければ、しかし、食べたら死ぬ・・・・その葛藤が続いた。

意を決して、

「よしっ。」

そして那智は、から揚げに手を伸ばした。一番失敗しにくい料理でもある。

一口、口に含んだ・・・・

「・・・・・普通だ・・・・」

那智は驚いた。アキラのことだから塩コショウと間違えて砂糖を入れたとか、

鶏肉と間違えてがんもを入れてしまったとか、上げすぎだとか、生焼けだとかetc

を想像していた。しかし、上手いとまでは云わないが、確実に人が食える代物である。

「アキラ、一体何があった?」

と、おでこに手を当てた。その手をアキラは優しく握り、

「素直に美味しいことを認め、ろっ!!」

と、アキラの手首をひねった。すると、聞いたこともないような怪しい音が聞こえた。

「ぉ、ぉぃっ・・・お前、俺の選手生命を壊す気か?」

「ナッチ―、何かスポーツをやっていました?」

笑顔だが、その後ろを見ると阿修羅が見えそうな気がする。そして那智は本能的に悟った。

今逆らったら命を落としかねない、と・・・・

「はぃ、美味しゅうございます。どうぞお許しください。」

そう云うと、

「全く、こんなに美味しいのに、認めてくれないんだから・・・・」

アキラの目から涙がこぼれた。那智もそれを見て、驚いた。そしてアキラの手を見ると、指にばんそうこうがいっぱい張ってあった。一生懸命、それでいて不器用に作ってあったのが見て取れる。

「アキラ・・・・」

「もぅいいよ。やっぱり、私の作った料理ってまずいし。」

そう云うと、手早く片付けた。

那智は、その一部始終を見てなす術がなかった。食べなければ気まずい、さりとて命は惜しい。しかし、このままでは・・・

「だぁ~~~っ!!まどろっこしい!!!とっとと、手を止めさせてたべんかいっ!!」

そう云いながら那智の頭にけりを与えた。那智は、不意のことだったのでもろに喰らい、そのまま、アキラの胸に倒れ込んだ。

「ちょ、ちょっと!!ナッチ―、人が見ている前でそんな大胆に・・・・ぁのッ、ちょっ・・・・」

アキラには、那智にけりを与えた男が見えなかったようである。その蹴った男は既に影も形もなくなっていた。

「ったく・・・・ぁの野郎・・・・」

那智は起き上がり、蹴られた所をさすりながら、

「こんなことをするアホはあいつしかいねぇ・・・・」

とぼやき、立ち上がろうとした、が、アキラの手がそれを阻んだ。

「・・・ぉぃっ、起き上がれんのだが。」

アキラを見ると、少し頬を赤らめ、

「少し、このままでいていいかな?」

そして、那智をぎゅっと抱き寄せた。那智は少してれて、

「勝手にしろ。」

そう云うと、素直に従った。

(まぁ、今回は感謝するぞ。賢一)

「ふっ、どうやら大成功らしいな。」

賢一、つまり那智の頭にけりを与えた男がそう格好よく決めると、去っていった。

かくして、今回のデート作戦は無事解決を迎えたのであった。


第四章 突然すぎる○○


アキラと那智がデートをして、数日後、ここは那智の部屋

~どごっ~

すごい擬音がこだました。見てみると那智が賢一を思いっきり殴りつけていた。

「おい、何のマネだ・・・・」

賢一は微動だにせず、那智に問い掛けた。

「貴様、俺を蹴りつけただろう・・・・」

「・・・・なんのはなしだ?」

賢一はすっとぼけた。

「とぼけるな。その恨みを今果たしたまでだ。」

「何を云う!?結果として上手くいったのだから、よいではないか!?」

~どごっ~

「しまった・・・」

「やはり貴様か。俺を蹴ったのは・・・・」

那智の目つきは明らかに殺気を帯びている。賢一もさすがに人生の終焉か!?天国にいる美女達とランデブーか!?

というくらいの覚悟を作らせた。

「ありがとよ。今回だけは感謝する。」

予想外の言葉にしばしの時が止まった。賢一は少し考え、

「あ、あぁ、どういたしまして・・・・って、じゃあ何故俺を殴った!?」

那智は

「・・・・仕返し。」

と、あっさりといってのけた。賢一もさすがに眉間にしわを寄せながら、

「ぉぃっ、久し振りに本気でやりあうか?」

賢一はけんか腰に挑発。那智も眼光を鋭くし、

「ほぅっ・・・・俺に喧嘩を売るとは、死にたいらしいな・・・・」

那智も買う気満々である。

「久し振りに本気の戦いができそうだな。腕がなってきやがった。」

骨をバキバキとならし、

「ほぅ、どうやら本気らしいな。」

那智も、オーラを醸し出した。

「ふふっ、さすがは桐原流柔術の正統継承者。その腕にかかった者は、まるで、ミイラのようになってしまう、だったか?」

「ぉぅ、何ヶ月ぶりだ?お前とやりあうのは・・・・」

那智と賢一が各々身構えた。

「さぁな、だが、今を楽しませて、もらうぜっ!!!!」

ワンステップで、那智の懐に入った。そして、いきなりリバーを当てに行った。しかし、それを予想していたかのように鮮やかに避けていった。そして、そのステップに乗って、賢一の顔面におもいっきりぶつけていった。

賢一は那智の拳の速さに対応できず、もろに喰らってしまった。

「がぁっ!」

そのまま遠くまで吹っ飛んでいった。そして大の字で倒れた。そのまま微動だにせず、

「ふぅ~、やっぱつえぇよ、おまえは。少しは追いついたと思ったんだけどなぁ。」

賢一のところに那智は歩み寄って、

「いや、お前は強くなったぞ。見てみろ。」

そこには賢一の拳の風圧で破けたふくがあった。

「まっ、敢闘賞だ。」

「さよか、前は我武者羅に打ってようやく一発かすめた程度やったからのぅ。」

そうやって、ふたりとも、コタツのところへと戻った。

「おぃ、アキラとはどうよ?」

「お前のおかげで、順風満帆だ。」

賢一の質問にいつもどおり普通に答えた。

「ふ~ん、アキラもずいぶんと幸せになったろうな。」

賢一は、何気なく云った。那智はそれを聞いて、

「お前、アキラの事を知っているのか?」

「あ、あぁ。ちょっとな。それより、当然お前はもぅやったんだよな?」

賢一の質問を聞き、

「いや、まだだが・・」

その言葉を聞くや否や、

「きさまぁ~~~!!あんな美人と付き合っておいて、今だになしだとぉ~~~!?あまりに純すぎるぞ、大学生!!」

と、大興奮。那智は冷静に、

「っていうか、向こうも臨んでないだろうし。」

賢一にこの言葉は焼け石に水

「いやいやいや~、お前は女子をしらなすぎる。キスの一つでもやってそのまま突入すりゃあえエねん!!」

明らかにレイプとも取れる豪快さにしばし唖然。しかし、そのやり方で賢一は巷で床上手と呼ばれてる。那智は、

「まぁ、俺は俺のやり方で行くよ。さすがに最先端を行くおまえのやり方を真似たら、血を見そうだ。」

「そういや、アキラって、初めてなのか?」

タバコに火を点け、煙を吐き出しながら賢一は云った。

「あぁ、そういうこと、聞いたことなかったな。いつも、向こうが話題を提供して、それから話を聞くって感じだし。」

「ふむ、まぁ、次デートする時は、アキラの昔話を聞いてみぃや。」

「考えておくよ。」


第五章 アキラと那智の恋愛試験


那智と賢一がそういう話をして、一ヵ月後、

季節は二月、もぅすぐ、那智と賢一は大学を卒業する月である。

アキラと那智は相変わらず、恋人同士であることを楽しんでいた。

そして、ここは那智の部屋

「なぁ、アキラ、本当にいいのか?」

那智は上半身裸でアキラに迫っていた。アキラは顔を赤らめ、

「ぅん、いいよ。痛いけど、我慢するし。」

那智はそれを聞いて、

「うわ、くそ思っていたよりいれるの難しいな。」

那智がちょっと苛立ち始めて、

「大丈夫?やっぱり私がやろうか?」

アキラが那智の方向を向こうとした、が

「いや、大丈夫、俺にやらせてくれ。きっと直すから。」

そう云って元通りの方向へ向かせた。

「イタッ、刺さったよぉ。」

「ぁ、すまん。」

そう云って、手にもっていた、針を抜いた。

「もぅ~、ナッチ―が云うから服を縫うのやらせたんだよぉ。」

「そうはいってもお前が俺の服を着ているから、縫いにくいんだが。」

「だって、ナッチ―の温もりがもったいないじゃ~ん」

そぅ、那智は自分が着ていた服をアキラから綻んでいるといわれて、自分で直そうとした所、

「ナッチ―のぬくもり~ww」

と云いながら、脱いだ服をアキラが着てしまい、脱がなくなってしまったのである。

「大丈夫、あたしが縫ってあげるよ~。」

といって、そのまま縫おうとしたら、

「おまえ、それは危ないから俺がやるわ。」

なにぶんほころんでいるのは、背中側の腕のつなぎの部分である。明らかに一人で、しかもきている体勢では出来るはすもない。

「えぇ~、いいよぉ~。ここは女のあたしに任しといてよっ!!」

そう云って聞かない。

「お願いします、是非やらせてください。」

なにぶん那智はアキラと付き合ってみて女の要素を容姿以外に一切含まれてないということを痛感している。

洗濯は、スイッチを入れることすら出来ず、家事は皿洗いすら出来ず、料理は先刻承知である。

裁縫という高レベルな家庭的なものをアキラが出来るはずがない。

被害を食い止めるために、自分がやったほうがましなわけである。

「えぇ~、まぁそこまで云うなら仕方ないなぁ。」

と、云って、脱がずに那智に近づいた。

「あの、脱いでくれませんか?」

「えぇ~、だってぬくもりがもったいないじゃん」

ここで一般的には惚気ともとれる一言。

しかし、アキラは普通にナイフを胸元にちらつかせていた。

つまり反抗すれば命はない、と

「わかりました。動かないでください。」

もはや完全なるカカア天下である。那智とアキラはこれくらいで均衡が取れているのが不思議なのである。

で、とりあえず、そのまま縫っているのである。

那智は縫いながら

「なぁ。アキラ・・・」

躊躇いがちにアキラに声をかけた。

「ん、なぁに?」

純粋無垢な声で聞いてきて、余計云うのを躊躇ったが、声をかけたいじょう何かを云うしかない。

「あ、お前、昔のこととかなんで話さないんだ?」

そういう風に聞くとアキラは少しくらい顔をして

「ぅん・・・・そうだね、いつか話さなきゃだし、ナッチ―にも、聞いて欲しいし。」

着ていた那智の服を脱いで、

「驚かないでね。」

「あ、あぁ。」

アキラは一呼吸おいて、

「そうだね。あたし、実はもぅ長く生きられないんだ。」

アキラはそう短く丁寧に言った。

「・・・・・・・は?」

那智は、あまりにも予想だにしない告白で、しばし呆然。

「驚いたでしょ?でも、これって小学校の時から決まっているんだ。病名は忘れちゃったけど、段々あたしのからだを蝕んできて、最後に心臓が停止してゆっくり眠るように死んでいくんだって。」

淡々と静かに説明しているアキラ、しかし、必死に笑顔を作っていた。那智は、ただただ呆然としていた。

「医者からは、二十歳まで生きられないだろうって、だから、みんなあたしが好きなようにしろって云って、自由に過ごしてたんだ。ナッチ―に最初合ったのは、色々あって心が荒れてたとき。」

「色々?」

「ぅん、そのとき、あたしは別の人と付き合ってたんだけど、その人ってとっても暴力的で、あたしと一回Hするまで優しくて、紳士的だったから、憧れてたの。そんな人が急に性格が変わって、その人から離れるまですごい男性不信で、そういうときにナッチ―に会ったの。」

「お前、そのとき俺と会って三日もしないうちに告白したじゃないか?」

「ふふっ、実はね、最初は単なる元彼があけた隙間を埋めるためにしか思わなかったんだよ、ね。」

「・・・・そうか。」

「ごめんね。」

「いや、いいよ。俺も大して何もしなかったし。続けてくれ」

「ぅん。さっき云ったみたいに、あたし、もぅ処女じゃないの。って云うか、ナッチ―が思っているような、綺麗な身体じゃないんだ・・・・元彼にぼろぼろに身体も心もあらされて、むしろナッチ―と一つになれないかもしれない・・・・」

アキラは頑張って笑顔を作って話していた。那智はようやく金縛りが解けたように

「アキラ、無理をするな。」

そういうことしか出来なかった。アキラは

「無理なんか、してないよぉ。だって、今、あたし、幸せだも・・・・・あ」

アキラが言い切る前に那智は無意識に抱きついていた。アキラはその反動で、そのまま押し倒される形になってしまった。

すると、

「ぃゃぁぁぁぁっ!!」

押し倒した那智を押しのけて、那智と距離をとった。那智は

「ぁ、ご、ごめん。」

那智は謝った。アキラは今自分がしたことを悟って、

「ぅ、ぅぅん。こっちこそごめんね。やっぱり、あたしナッチ―を拒否しちゃう、よ。」

アキラは身を震わせて、声を殺して泣いていた。

「アキラ、もぅ泣くなっ!!お前が拒否していても、お前が幸せなら俺はそれでいい!!」

那智はそう云って、優しく包むようにして、抱いた。

アキラは、那智と同じ方向をむいたままゆっくりと堪えている声が静まっていった。

「ナッチ―、男の人ってこんなに暖かいんだね。あたし、こんなに暖かいのを拒否してしまうなんて・・・」

「お前のペースでゆっくりやればいい。俺、待つから。」

「ナッチ―、でも、あたしは・・・」

「俺お前が受け入れるまでずっといっしょにいるよ。お前がいなくなるなら1秒でも多くいっしょにいる。」

そう云って少し強く抱きしめた。

「ナッチ―・・・・」

そのまま那智に身を委ねて、そのまま時が過ぎていった。


その後、那智はアキラを家まで送っていった。もちろん手を繋いで。

送っていった後、そのまま賢一の元へ向かっていき、1部始終を説明した。

「ふ~ん、そんな過去があったんねぇ。」

賢一がマンダムをしながら、

「で、お前はどうしたいわけ?」

そう聞くと、

「無論、あいつが死ぬまで付き合うさ。」

那智がそういうのを聞いて、

「お前らしいな。お前の愛仕方って本当すごいと思うときあるよ。」

「お前にも決心したんだ。必ず守ってやる。あぁ、お前に聞きたいことがあるんだが。」

賢一はタバコに火をつけて、

「おぅ、何でも聞けや。」

「俺の今の恋愛は、恋愛において、神と悪魔から祝福される恋愛だろうか。」

那智の質問を聞いて、

「むぅ、質問の意味が分からんから、ちょいかんがえる時間をくれ。」

「あぁ、わかった。」

そう云って那智は賢一の部屋をでた。

「うぅっ、さぶっ。」

そう云って身をちぢ込ませてから家へと向かっていった。


最終章 二人の恋愛試験の結果


那智がアキラを送っていった翌日。

「ん~、朝かぁ~。」

カーテンを開けると、そこから陽射しが差し込み、眠たい瞼を刺激して覚醒をさらに誘った。

「よしっ、今日もナッチ―を誘って、惚気ようっと❤」

そう心の中で思った瞬間、

「うっ・・・・」

急に視界が暗くなってしまって、体中の筋肉がはたらかなくなった。

そのままアキラは人形のように倒れてしまった。


そして、ここは病院。

アキラは急いで治療室へと運ばれ、そのまま手術へと相成った。

アキラの両親もその病院へ着き、いよいよ最後と思い臨終の思いを考えていた。

「アキラ、いよいよ、楽になれるのね。」

「すまない、親の無力さを恨むなうらんでもかまわない。本当に無力な父親だよ、私は。」

そう云いながら、祈って治療室の前で待つことしか出来なかった。

~~~~一時間後~~~~

治療室のドアから医者が一人出てきた。

「残念ながら全身の臓器が著しく機能を低下しております。身体全体の臓器を移植するしか手はないでしょう。」

医者からまさに絶体絶命以上の絶望を宣告された両親は、

「そ、そんな・・・」

そして医者は続けて、

「そして、五臓六腑全ての内臓を提供するドナーを見つけなければなりません。ドナーが見つかったとしても全ての内臓がそのドナーだけで賄われる訳ではありません。正直云いますと全ての内臓をそろえるのに、何年かかるのか、分かりません。」

「そ、それじゃあ、アキラは死ぬしか道がないといっているのと同じです!!」

アキラの母親は、その場で泣き崩れた。

「そぅ、ですか。もぅアキラには、死ぬしかないの、ですか・・・」

「はぃ、残念ながら・・・」

医者はそれだ言い残すと去っていった。

泣き崩れていた母親が起き上がり、

「あなた、アキラの運命は決まっているんでしょうか?」

「さぁ、それは神のみぞ知っているだろうな。」

そう云って、治療室から見えたチューブに巻き込まれたアキラの姿を見た。

父親は手に握りこぶしを作って、それを無理してほどいた。


結局、アキラの両親は病院に寝泊り、次の日、また刻々と、過ぎ行くアキラの定められたであろう運命をただただ見ていくしかなかった。

両親はいつも通りに起き上がり、アキラがいるCIA室へと、向かっていった。

割烹着と頭巾を被り、アキラのベッドへ近づいていった。アキラは人口生命維持装置で何とか命を取り留めていた。

アキラの眠っている姿を見て、ただただ、泣くしかなかった。

そんな中、

「・・・・んっ・・・」

目をうっすらとアキラが開いた。

それに気付いた両親は、

「アキラッ!!わかる!?私よ。」

そうアキラに問いかけた。アキラは声がした方向を向き、

「ぉ、かぁ、さん・・・」

そう云って、手を母親へ向けた。その手を母親はぎゅっと握り締め、

「アキラ、大丈夫、大丈夫だよ。」

そう云って、励ますと、アキラはにっこり笑って、

「あ、たし、外、行きたいなぁ。」

そう云うと、

「ぇ、何云ってるの!?もぅあなた死ぬかもしれないのよ!!そんなこと出来るはずないじゃない。」

と、泣きながら、訴えた。アキラはそれを首をふりながら

「お願い。外を見ておきたい、んだ。」

アキラが切に願っているので、親はもぅ云っても聞かないと思い、

専属の医者にお願いし、車椅子でアキラを外へ連れて行った。アキラは昨日とはうってかわって、かなりやつれた姿になってしまった。その姿は親から見てもあまりにもひどい光景であろう。

アキラは

「お母さん、お願いちょっと、一人にしてくれない?五分間だけ」

母親は、何も言わず、そのまま病院へ入っていった。

アキラは空を仰ぎ、

「ごめんね、ナッチ―。約束、守れなかった、よ・・・・」

そう呟いて、うっすら涙を浮かべた。

「アキラ、お前、どうしたんだよっ!?」

突然、背後から聞いた事ある男の声がした。アキラはゆっくりと振り返ると、

「ぁ、ナ、ナッチ―・・・・・」

そういう間に、那智はアキラのやつれた体を強く抱きしめた。

「ナッチ―、ど、どうしてここが・・・・」

「お前のそばに1秒でも多くいるって約束しただろう。」

そう云って、アキラの顔を見つめた。

「ナッチ―・・・・・・ぁ・・・」

アキラの口を那智が塞いだ。しかし、アキラは那智の行為を拒否することなく、素直に受け入れた。

そのままアキラにとっても、那智にとっても、幸せな一時が続いた。

そして那智が口を外し、

「アキラ、生きろよ。お前は絶対生きていけるよ。」

そう云って、那智は、アキラが望んでいた最高の笑顔を見せた。

「ナッチ―、ぁの、ぁのね・・・」

那智に云おうとしたら、

「アキラ!!アキラ!!」

病院から大声で叫んでいる母親が来た。ほんの一瞬そっちに気をとられた隙に那智はアキラの元から消えていた。

「ナッチ―・・・」

息つくまもなく、母親が来て、

「アキラ!!聞いて。あなたの臓器全て符合する奇跡的なドナーが見つかったらしいの!!今から急いで、手術をするらしいから急いで!!」

「えっ?えっ?」

アキラの反応を確かめるまもなくそのまま手術室に向かっていった。

「先生、どうかアキラをお願いします。」

「はぃ、任せてください。ドナーの人のためにも必ず成功させてみせます。」

そう云って、先生とアキラは手術室へと入っていった。


アキラが手術をして、一ヵ月後、

賢一はアキラが今日退院する予定の病院を訪れた。

「よぅ、アキラ。」

アキラのいる病室へ行き、

「賢一兄ちゃん。どうしたの?」

そぅ、実はアキラと賢一は異母兄弟であった。

お互い、存在は知っていて、会った事もあったのだが、お互いの家族の建前会わないよう自粛していたのである。

「何、お前を迎えに来たんだよ。会いたい奴がいるだろう。」

そう云うとアキラは目を輝かせて、

「もしかして、ナッチ―!!?ぅん会いたいよぉ。手術が終わってから一度も会ってなかったから、すっごく嬉しいよぉ」

「そぅ、か。わかった。今から会わせてやる。」

そう云うと退院手続きを手早く済ませて、アキラの両親にアキラからちょっと出かけてくると云わせて、

病院を出た。

「ナッチ―にあえる~♪、は~っやく会いたいなぁ~♪」

とてもるんるん気分で出かけていった。

一方の賢一は少しくらい表情だった。そして、那智が住んでいたマンションに近づくと、

「あぁ、兄ちゃんはやくぅ~」

と、さらに駆け足で行こうとしたが、

「アキラ、悪いが那智はそこにはいないんだ。こっちにいる。」

と、いい、そのまま近くの公園へ連れて行った。

そして公園へと着き、

「ねぇ、ナッチ―、どこにいるの?早く会いたいよぉ。」

そう云いながら賢一についていくと、ちょっとした丘に着き、

中ぐらいの大きさの石が建てられていた。そして、その石に、桐原那智と刻まれていた。

賢一はその石の前に止まり、

「ここに、那智がいる。」

アキラにそう告げた。さっきまでの笑顔が消え、ゆっくりとその石の前に立った。

「ぇ、う、嘘だよね?ナッチ―が、そんな。」

賢一はアキラの後ろから

「こいつ、お前を送っていった後、俺の部屋に来てな、その後帰る時に、交通事故で頭の打ち所が悪くて、死んじまったんだ。」

賢一は静かにゆっくり説明した。

「ぇ、嘘だよ!?だってあたし手術をする前に、ナッチ―に・・・」

賢一は首を振って、

「きっと、お前に会いたかったんだよ。お前を死んでも魂になっても好きな気持ちが変わらなかったんだ。」

アキラは墓の前に座り込み、石を抱きついて、

「ナッチ―、どうして約束を破ったの?あたし、ナッチ―の約束守りたかったから、生きてきたのに。」

賢一はアキラの肩に手をかけて、

「お前、ナッチ―といつか一つになりたいって云う感じの約束をしたんだよな。」

泣きじゃくってる、アキラは賢一の質問に

「ぅ、ぅん。そ、そぅだよぉ。」

そしたら賢一は少し笑って、

「じゃあ、お前は約束を守られてるよ。」

アキラは賢一の意味不明な発言に、

「な、何?それ、どういうことぉ?」

賢一は穏やかに優しく、

「お前に内臓提供したドナー、誰かわかるか?お前の愛した、那智なんだよ。」

「ぇ・・・・」

「那智は脳を強く打って脳死判定でな、運良く全ての内臓は無事だったんだよ。それをお前の比較したら見事全て一致。まるで奇跡のようだっていったんだそうだ。」

「そ、それじゃあ、今あたしの身体に組み込まれている内臓全部・・・」

「あぁ、あいつは約束どおり、お前と結ばれたんだよ。幸か不幸か、あいつは約束を果たしたんだ。」

アキラは那智の墓を見直し、

「ナッチ―・・・・」

そのまま、墓を強く抱きしめた。


エピローグ


空を仰いだ老人はまた墓に目を戻し、

墓に水をかぶせた。

そうしてる最中背後から、

「また、ここにいたんですね。」

老母の声のようだが、その声は優しく透き通っている。

「おぉ、命か?」

その後、賢一は命と出会い、そのままとんとん拍子で結婚、現在子供二人と暮らしている。

アキラも両親と地方に戻り家業を継いだのだが、決して結婚せず、現在家業の茶屋を経営している。

「貴方がそんなにお友達思いとは思いませんでしたよ。」

「まぁそう云うな。」

そして、線香を添えて、

「よし終了。」

「賢一、帰りますか?」

「そぅだな。」

おぼつかない足取りで、その公園を去っていった。

その数分後、その墓にもう一人年配の女性が訪れた。

彼女は、その墓を見てとても穏やかな笑顔で、

「ナッチ―、また会いに来たよ。またいっしょにいれるね。」

そう云って墓にそっと頬を寄せた。

「ナッチ―・・・」

その女性はとても満足そうに目をつぶっていた。

頬を離し、

「ナッチ―・・・あなたに出した、恋愛試験の答え、教えてあげるね。今日は

『あたし達の今の恋愛は、恋愛において、神と悪魔から祝福される恋愛だろうか』だったね。」

一呼吸間をおき、

「答えは、『神も悪魔も祝福しない恋愛、だよ。だって、あたし達の恋愛に神や悪魔が関係しちゃったら、

私たちが苦しんだり悩んだりする理由がなくなるから』だよ。」

女性は立ち上がって、

「ナッチ―、あたし、今幸せだよ。ナッチ―を感じて今まで生きてこれたから。」

そう云って女性は空を仰いだ。

                                      THE FIN


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ