写真コンテスト
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「えっ、新人写真コンテストに?」
「そうなの。若菜の写真が最優秀賞に選ばれたの。若菜から何も言ってこない?」
「ううん、まだ何も言ってきてないけど。どんな写真なの? 見たことある?」
「うん。明生の家の写真なの」
「この前きたとき、写真をたくさん見せてくれたけれど、その中にはなかったように思うけど・・」
「うん、結構最近のものだと思う。俊君のお父さんが明生を訪ねた時のもの。表題は『語らい』。あっ、ちょっと待って、スマホでも見られると思う」
「日本のコンテストなの?」
「うん。日本人向けのコンテストだけど、私たち二重市民権を持ってるから。応募できたの。それにしても若菜すごいわね。私はいつもあの子の写真が好きだった。生き生きとして写真の中に引き込まれていくような感じ。寂しい景色、悲しみに包まれた雰囲気や表情の中にも、いつも何か心温まるものが若菜の写真には感じられるの」
「お母さんも若菜の写真すごく好きよ。まっすぐの目で、しっかり大切なものを捉えてる。お母さんは得しちゃった。あなたや若菜なのような娘がもてて。お父さんに感謝ね」
「それにしても、おかしな子ね。コンテスト最優秀賞者が家には連絡してこないんだから」
「照れてるのかな? まさかね。でもあの子変なとこ変わってるから。賞は嬉しいはずだけど、それに特別こだわったりしないとこ、昔からあったよね。あっ、あった、あった。お母さん、これよ、これ」
春香が携帯を手渡してくれた。それは確かに、なんともいえない温かな『語らい』を感じさせた。写真の人物はまさしく洵と俊くんだった。闇の中のスタンドの柔らかな灯が全体が闇に包まれているサブジェクトを浮き上がらせ命の息吹を与えている。壁にかけられたホルン、洵が前かがみになって少し上げられたベットに横になっている俊くんに話しかけているように見えるシルエット。俊くんの額にかかった前髪と細い顔の線そして開いている瞳。わずかな光がほっそりとした顔と瞳をうまく捉えている。
「美しい写真だわ。とても」
洵の抱えている闇はほんのりと明るい。
いつからか娘達は人の中に大切なものを見出せる力を持てるようになっていた。
「生きているって凄いことだと、若菜の写真を見て思った。この写真にはちゃんとそうでているね」
春香のくぐもった声に携帯から顔をあげると、春香の瞳がうっすらと濡れている。
「お母さん、私やっぱり俊くんのこと好き。好きでもいいかな・・・」
人を好きになるということは、恋をするということは、なんとまっすぐなのだろう。昔私にもそういう時があった。それは私の人生でも決して忘れることのない、貴重な思い出だ。『ただ好き』単純な何色にも染まっていない純白な気持ち。
「正直に言っていい?」
「うん」心配そうな瞳が私を直視する。
「大切な娘の幸せは何かなと考えるの。正直、お母さんには分からない。ただ親だから幸せになってほしいと願う。でもお母さんの思う春香の幸せと、春香が考えている幸せとは違うでしょ。例えばお母さんが勧めることの方が事実幸せ、というか安定した生活になる可能性が高いとしても、春香が納得しなければ、幸せとは繋がらない。残念なことに人は二者択一しかできないし、結果は誰にも予想もできないし、分からない。それはどっちの服を買おうかとか、夕飯に何を食べるかなんて選択じゃないから、不安なの。でも一つ不安でないことは、春香なら、結果がどうであれ、そこから立ち上がってくれると信じられるところ。お父さんがなくなるとき言ってた言葉覚えているよね」
「いつも輝いていてほしいって?」
「そう。一生懸命に生きることは輝きを増すわ。だから・・お母さんもお父さんと同じ。ちゃんと生きてほしい。自分が選び納得し責任を持って」
春香の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れる。
決して辛くないわけはない。それでも自分が恋をし、自分の気持ちを大切にしたいと。わたしは見守ることだけしか親としてできない。成長した娘。ただ愛おしさが心を満たす。
わたしの携帯にメール受信音がなる。
「写真コンテストで入賞して、今勇くんと友達と居酒屋でお祝いしてもらってるとこ。お姉ちゃんがお母さんのところに行くって言ってたから、写真見せてもらって」
若菜のメールはいとも簡単で、小学校の算数のテストで100点もらったか、運動会の徒競走で一番になった時ぐらいの嬉しさのようだ。ワイワイと友達に上げてもらうことの方が、賞そのものよりも楽しい年頃なのだろう。
私の思いで深い杜の都で、娘達もまたそれぞれに青春を生きている。