嘘②
なんで、嘘……ついたんだろう。
「君のお母さんから話……聞いてるんだ。」
研修先がどうとかは嘘だけど、美波の家庭事情はよく知っていた。美波から直接言ったり、俺の親を通して知っていた。
美波の両親は美波が幼稚園の頃に離婚。父親の浮気が原因だった。酒癖が悪く、暴力的であまり家には帰って来なかったと言う。金が無くなると家に帰ってきて、母親の恵美子さんから金を奪った。最低な夫だったはずなのに、恵美子さんはその時離婚なんて頭に無かったらしい。だただ愛おしくて、本当に大好きだったから。いくら金を取られても、酷い暴力を受けても、ずっと信じ続けていた。本当は優しい性格で、家族思いな人なんだよと幼い美波に言っていた。今は仕事が忙しいだけ...。残業が多くて少しイライラしているだけ...。そう思っていた。でも違った。浮気をしていたことが恵美子さんにばれて、父親は何も言わず家を出ていった。
本当に愛していたのは私だけ……。
ずっと信じていたのは私だけ……。
私だけ、私だけが想っていた。不安な時は都合のいい理由を思い浮かべて心を落ち着かせていた。
泣き疲れた母親と、幼い我が子を残して出ていった。
『もう誰も信じられない__。』
心は深い傷を残して散っていく。涙という名の海に溺れ、太陽という名の我が子を抱いて……。
『死のう。』
そう思っていた。でも、いざ海に入ると怖くなった。このまま進んで行ったら深くなっていく。
太陽という名の我が子は...笑っていた。
「お母さん、海すっごい綺麗だね!」
この子にはまだ未来がある、この子の未来を私が壊してどうする。この子はまだ生きる__。
私も生きなければ__。この子のために。
「……帰ろうか。」
「えー、もう帰るの?まだ見てたいよ。」
「...そうね、じゃあもうちょっとだけ居ようね。」
離れていた手をギュッと強く握りしめ、私はこの子のために生きる__。そう誓った。
……………
「お母さん、何か言ってた?」
美波が俺に聞いた。
「会いたいって。君に。」
本当はこんなこと聞いてないけれど。
恵美子さんは1年前に病で倒れた。今は入院中。体調は日に日に悪化していると昔聞いた。
「病院から、電話があったんだ。先生に言われて職員室に行った。電話の先は病院の先生じゃなくて、お母さん本人だったんだよ?びっくりした。」
美波はゆっくり話してくれた。
「お母さんね、なんて言ったと思う?もう無理、今までありがとうね。苦しいんだ、もう生きれない。だって……。苦しいのは、お母さんだけじゃないよ、、!いつもそんなことばっかり!会いに行くたびにさよならだの、死にたいだの...!私のことなんかこれっぽっちも思ってない!私の目を見て話さないんだよ?!上ばっか見て、私が言ったことに対してうんともすんとも言わないの!こんな酷い母親いる?!!?」
美波は俺の方を向いて泣きながら叫んだ。辛いのを訴えかけてきた。
知っている、知っていた……。でも、なんて声をかけていいか分からない。
「...ごめんなさい、ついカッとなって……。」
美波は立ち上がって俺に頭を下げた。
「頭なんて下げなくていいんだ、君の気持ちはよく分かる。」
「...私、学校戻りますね。ありがとうございました。」
美波がもう一度頭を下げて歩き出した。
「...ま、待って!!」
「えっ……?!」
ぐいっと美波の腕を掴んで引き寄せた。
「まだ戻らなくてもいい。一緒に居てほしい...。」
「...えっ、。えっと、、。」
ヤバイ、完全に変態野郎になってしまった。汗が止まらない。ヤバイ、ヤバイどうしよ。
「……いいよ。」
「...ッ!」
美波が優しく微笑んだ。胸がドキドキして熱い。
「おじさん、いくつ?」
「あっ、えっと24...。」
おじさん……。
「ご、ごめんなさい!おじさんなんかじゃなくて、お兄さんでしたね!本当ごめんなさい...!」
「...いいよいいよー!」
笑って誤魔化した。でもなんとかおじさん扱いにならなくてすんだ。
「あ!私は月野美波です。お兄さんは?」
「広瀬海斗です。」
……嘘ついた。また...。でもこんなの嘘つかないとやってられない。