嘘
石川としばらくこの世界の話をしてから石川の提案でここに俺も住むことになった。住むところが無かったからとても助かった。気づけばもう夜の10時を回っていた。さっそく明日、美波に合わなければいけないらしい。俺は、昔美波と一緒に歩いた通学路で待ってなければいけない。女子中学生に突然話しかけるなんて……。ただの不審者だよな。そんなことを考えていると俺はふと思い出した。9年前の記憶を___。
海が見える坂の上でいつも水平線を見ていた。
夕日に染まったあの海の太陽はゆっくりと俺たちを残して沈んでいった。
「……もう暗いよ海くん。」
美波はベンチに置いておいた鞄を持って歩き出した。
「待って、もうちょっとここに居たい。」
「...いいよ。」
美波は鞄を持ったまま俺の隣にきてくれた。
「明日、テストだね。」
「あぁ。」
「帰って勉強しなくていいの?」
「いいよ、勉強なんて。」
「海くん馬鹿なんだからちゃんと勉強しないとダメじゃん。来年は受験生だし。」
「はぁー?馬鹿とは失礼なッ。」
「ふふふ。海くんそんな怒んないでー。」
あの日は部活がお互いに長引いて、帰るのがすごく遅かった。
「海くん遅い!私、30分も待ってたよ!1人で!」
「ごめんごめん。やけに'1人'を強調するなー。」
「寂しかったんだよー!他の皆は帰っちゃうし。」
「別に待ってなくてもよかったのに。」
「……えっ。」
「なーんて、うそうそ。待っててくれてありがとうな。」
「……!!もう!帰るよ!!早く!」
「……オツカレサマ。」
俺にはしっかり聞こえていた。小さな声でお疲れ様と言っていたのを。
あの日は俺の部活が終わるのをずっと待っててくれた。
「……せーのでいくよ?」
「おっけー。」
「せーの……、、。はいッ!」
2人で一緒に通知表を見せ合った。
「あっ!海くん社会4じゃん!なんで!?私は3なのにー!」
「ふふーん。しっかり授業受けてるし、テストの点いいしー?」
「なっ!……でも、数学と英語は2だね!」
「あっ!見つけたなぁー!?お前はどうなんだよ?」
「ジャジャーン!国語は4、英語は5!!私は海くんと違って家でもしっかり勉強してるんで!」
得意げに通知表を俺の顔の前に持っていった。
「はいはい、そーですか。」
「えっ?!なんか言わないの?他にないの?褒めてくれたっていいじゃんかー!」
1学期の終業式の日。帰り道、歩きながらお互いの通知表を見て笑った。
いつも一緒に学校行って、一緒に帰って...。
隣にいたのは美波だけだった。
……………
「……しま...」
「...しまくん!」
「佐島くん!」
「はっ...!」
「やっと起きた。もう時間!急がないと2人行っちゃうよ?」
そうだ。俺、行くんだった。なんだか懐かしい夢を見たな。
「やべっ、行くわ。」
布団を畳んですぐに飛び出した。
急がないと__。
海が見える坂の上に早く行かないと__。
「海くん遅い!急がないと学校の門しめられちゃうよー!岡野先生にまた怒られるー。」
「悪い悪い!」
……美波と、9年前の俺、佐島海輝だ___。
2人は既にもうここに来ていた。
「遅かったか...。」
木の影に隠れて2人の会話を聞いた。
「よし!走るぞ美波。」
「えっ!ちょ、待って、海くーん!」
2人は走って坂を下りていった。
なんだか楽しそうだ。よく遅刻して生活指導の岡野先生に怒られてたっけな。その度に俺と美波は何回も頭を下げたっけ。
って、そんなこと思い出してる場合じゃない。
このままじゃ美波に話しかけられない。
俺は坂を下りていった2人の後を追いかけた。
夏なのに、風が気持ちよくて涼しかった。
数十分走っていると学校に着いた。
『海星町立日輪中学校』
通称''ひのちゅー''。
学校に着いたはいいが、一体いつ話しかければいいんだろうか……。校門の前で考えていると急に門がバンッと開いた。
「……ッ!」
1人の女の子が泣いて飛び出してきた。
美波だ。
「ま、待てよ!おい!」
美波は家とは反対方向の道へどんどん走って行った。なんで泣いてるんだ?なんで学校から飛び出してきたんだ?俺は美波を追いかけた。
「は、速い……。」
美波は陸上部だった。大人の俺はなかなか追いつけない。
そして2分後、美波は公園のベンチに座った。
それが見えて俺は慌てて走る。
「……はぁはぁ。」
久しぶりに走るとやっぱりキツイ。
俺は汗を拭って美波のもとへ歩いて行った。
「ねぇ、どうして学校から飛び出したの。」
美波は驚いて顔を上げる。
まずい。急に話しかけてしまった。
不審者だ。
「……おじさんには、分からないよ。」
お、おじさん、、。まだ24歳なんですけど。
そんなことより、普通に言葉を返してくれた。
美波は再び下を向いた。
「分かるよ。」
そう強い口調で言うと美波はゆっくり顔を上げて涙を手で拭った。泣いている。確かに泣いている。走ったせいかもうほとんど乾いてしまったがまだ目から涙は出ていた。
その時俺は思い出した。美波が泣いている理由を。
「……お母さんに...、何か言われたのか。」
きっとお母さんのことだ。美波は涙を拭っていた手を止めて俺の顔を見た。
「どうして……。分かるの?」
「俺は、君のお母さんの知り合いだ。俺の研修先が君のお母さんが入院している病院だ。」
俺は大嘘をついた。
「知り合い...?」