約束
「こっちに来なよ、詳しく話をするよ。」
石川がリビングから呼んだ。正直、聞くのが怖かった。俺は下を向いてリビングへ向かった。
「すげぇな。」
俺はリビングに入るなり、口をポカーンと開けてしまった。石川のリビングはとても綺麗だった。真っ赤なふかふかのソファに、ガラス張りのテーブル。窓際にはお洒落な観葉植物が置いてある。
いかにも金持ちって感じだ。
「ここ、本当にお前ん家?」
俺が笑いながら聞くと、石川はソファから立ち上がってヤレヤレという顔をした。
「疑ってるの?ここは正真証銘僕の家だよ。ここのアパートはつい去年にできたばかりなんだ。」
「去年...ってことは10年前?」
「まぁ、そうだね。今、コーヒーを入れてくるからそこでくつろいでてよ。」
そう言って石川はそのままキッチンへ向かって行った。なんだか落ち着かない。石川は9年前、ここに住んでいたのだろうか?石川は何者なんだ?いろいろ考えていると石川がコーヒーを持ってきてくれた。
「熱いから気をつけて。」
「ありがとう。」
石川は俺の前にコーヒーを置くと、隣に座った。
「詳しく話すよ、君には。ちゃんと伝えとかないといけないからね。」
石川は手にコーヒーを持ってニコリと笑った。
なんだか怖い。石川はコーヒーを一口飲んでテーブルの上に置いた。そして、詳しく話しはじめた。
「まず、ここは9年前の海星町。それは分かるよね?」
「あぁ、なんとなく。」
正直、全く分からない。
「僕はね、人の過去を知ることができる。これは本当だ。僕は人間じゃない。信じられないかもしれないが、僕が君を9年前の世界にタイムスリップさせたんだ。佐島くんはいつも浮かない顔をしてるよね?僕が合コンに誘った時もすごい嫌そうな顔をしてた。会社仲間との飲み会にも参加しなかったよね、君。おかしいと思ったんだ、希望を失い、ただ前を真っ直ぐ見つめる君の目はとても冷たかった。光が何もない、真っ暗な世界。君はこの世界から抜け出したかったんだろう。もう一度運命の人に会いたい、会って話がしたい、そして……想いを伝えたい。僕は分かっていたよ。君を救いたい。君に光を見せてあげたいんだ。」
石川の言っていること、全てが心の奥に深く深く刻まれていった。怖いけど、なんだか信じられるような気がした。
「僕が、君の役に立つことをしよう。」
「役に立つこと……?」
「君が運命の人に想いを伝えられるように協力するんだ。」
……運命の人。そうだ、俺は美波に伝えたい。
「いいかい?」
石川は笑顔で俺の顔を覗き込んだ。俺はずっと下を向いていたみたいだ。
「……あぁ。」
石川なら信じられる。そう思った。
「……ただ、約束してほしい事がいくつかある。」
石川は急に真剣な表情になった。
「この世界には9年前の佐島海輝がいるということ、過去の運命は変えられない、だから美波ちゃんは必ず自殺するということ。もし君が彼女の運命を変えたなら、君もこの世界で死ぬことになる。そしたら一生本当の世界に戻ることはできないよ。いい?約束できる?」
自殺……。運命……。死ぬ……。嫌な単語ばかりが俺の頭の中を支配する。急に気持ち悪くなって、手を口に当ててしまった。
怖い、怖いけど俺は伝えなきゃならない。
俺は顔を上げて石川の方を向いた。
「……約束するよ。」
声が震えていた。でも心は不安だけでなく、小さな期待も芽生えていった。