凡人とはなんぞ
シヴェリハスのポッチは、何やら思いつめた顔をしていた。あの顔はどこかで見たことがあるような?少し考えてから思い出した。アルディン様だ。なんか、俺はダメダメだとかなんとかしょげてたんだよね。
とりあえず至近距離でとっておきの変顔を披露したにもかかわらず、ポッチは気が付かなかった。ディルクがやめなよと止めるが、これは疲れた弟を笑わせてやろうというお茶目な姉心。気がつくまで待つことにした。
なかなか気がついてくれない。これは相当重症……いやいや、たまたまかもしれない。ポッチは集中してると気が付かないしね。お、こっち向いた。
「うぉわーーーーんん!??」
「おワン?」
ポッチが謎の雄叫びをあげた。お椀??尻尾がブワってなってからピーンとした。いいリアクションだわぁ。
「いやいやいや!?いつ来たの!?なんで変顔!?びっっくりしたああああ!!」
「あっはっは。今来たの。呼んでも気が付かないからさー。変顔してスタンバイしてるのに全然気が付かないし。とりあえずドッキリ大成功!!」
「ごめんね、一応止めたんだけどポッチ君も全然気が付かないし……何か悩み事かい?」
穏やかに首を傾げるディルク。なんという癒やし系か。
「お姉ちゃんに出来ることならお手伝いするよ」
「……僕が、やらなきゃいけないことだと思うから、僕は大丈ぶ!?」
弟にお手伝いを断られたので即頭突きをした。あんなにため息をついておきながら大丈夫なわけないわ!
「全然大丈夫じゃないでしょ!ほら!お姉様に吐き出しなさい!そもそも帝王学のさわりしかやってないポッチがいきなりなんでもかんでもできるわけはないでしょうが!!そんな泣きそうな顔で言われても説得力ないわ!お姉様が嫌なら、底抜けにお人好しなアルディン様とかポッチに激甘い兄様とか、使えるモノは使っときなさい!!ポッチが潰れる方が困るから!ポッチがポックリ過労死したら、お姉ちゃん号泣するんだからね!!」
「え………うん………」
「こんなに頼りになるお姉様がたまたま新婚旅行で遊びに来たんだから、たまたま愚痴をこぼした。オッケー?」
「ふふふ、そうだね。実はね……」
ようやくポッチが笑ってくれた。
ポッチのお悩みは割と私がどうにかできるたぐいのものだった。
「あとは〜、肉不足はお土産でまかなえるね!財政難は……お姉様、いい話を持ってきたんだけど、乗らない?」
「うん?」
財政難はタイムリーだったわー!丁度人手が欲しかったし、娯楽施設がそもそも少ないこの世界だと確実にアミューズメント施設って稼げるからね!あとは宣伝と移動手段の問題だし!
説明を終えると、ポッチはなぜかしょんぼりしていた。
「どうしたの?」
「いや、やっぱりお姉ちゃんはすごいなって」
どのあたりでそう思ったのかがわからない。私はごくごく普通の侯爵夫人だけど??今回の雇用に関してはたまたまだし。
「お姉ちゃんからしたら、ポッチの方がすごいと思うけど?」
「え!?どこ!?どこがすごいの!?」
予想外にポッチが食いついてきた。えええ、どこって?ここは包み隠さず正直に言うべきだろう。
「いや、だってさ?ポッチは芸術家の夢を捨ててまでこの国のために王子様になったじゃない?それってなかなかできることじゃない。それに、この国についてから皆がポッチの自慢をしていたのよ。こんな短期間で皆から好かれるのは、ポッチの才能だと思うんだよね」
敵も多いが味方もいる私と違い、ポッチは愛され系キャラなのだ。悪役よりも正義の味方のほうが、しがらみも苦労も面倒も多い。私は手っ取り早いと思えば悪役になるけどポッチは違う。シャムキャッツの一件も、私が主体だったらああはならなかった。シャムキャッツをプチッと滅ぼして終わりだろう。王族は処刑され、提携事業なんぞできず、シャムキャッツをシヴェリハスが支配していたんじゃないかな。
ポッチがあくまでも対話の姿勢だったからこその今だ。
「でもぼく、ぜんぜんできなくて……」
「当たり前でしょう。お姉ちゃんは何歳から国政に携わってると思うのよ。帝王学をかじっただけのポッチが勝てるはずないじゃん。まあ、王様にも色々いるからね。逆に、今がいい機会じゃないの?どんな王様になりたいのか、自分がどうしていきたいのか学ぶ時期だもの」
「……そう、なのかな?」
「そうそう。宰相さん褒めてたよ。ポッチはすごいって」
「いや、それはお姉ちゃんから教わったことを教えただけで」
「教わったことを活かせるのはすごいことだよ」
「そうそう。俺のほうが領地経営歴は上なのに、今じゃロザリンドのほうが詳しくて新事業も次々やってるからね。社交界でもあっという間に中心人物だし。ロザリンドと比べたら駄目だよ。ロザリンド以上なんて、世界でも数えるほどしかいないからね」
「ですよね!!」
ポッチが元気になったのはいいが、待ってくれ。
「俺もロザリンドと比較されたら努力してても凡人以下だよ。ロザリンドは本当にこう……すごいからね」
「ですよね、ですよね!」
「いや、ディルクはディルクで無駄にチートじゃないですか!近接戦闘であの英雄と互角以上に戦える人が凡人とかありえない!」
「戦闘力はそこそこだけど、内政とかはね……?」
「いやいや、獣人だってだけで不当な扱いだったのを堅実な姿勢と優しい雰囲気でイメージアップさせた手腕!どのへんが凡人!?」
「それはロザリンドが裏で動きまくってたからでしょ。お義母さんやラビーシャさんも色々していたけど」
「傷ついてもめげずに、真正面からぶつかるディルクは心底すごい!私はわからずやなんぞ失脚させちゃいますからね!!」
ディルクに手を出さないでと言われたから血涙流しつつ我慢したけど、本当はディルクを悪く言う輩なんて殲滅したかったんだからー!!
「……よく考えたら僕の周囲……普通の人の方が少ないのかもしれないなぁ……」
ディルクとの終わらない自分こそ凡人対決のさなか、ポッチが呟いた言葉は私に届かなかったのだった。
あいかわらず自分が普通だ凡人だと譲らないロザリンドさん。そんな旦那も無自覚チート。その弟であるポッチも無自覚チート。
周りがすごすぎて、自分が普通に見えてしまうのです。
悪なり9巻が5月発売です!
なんとなんと!書き下ろしてんこ盛りでお届けなのです!お楽しみいただけると嬉しいですぞー!




