それが彼女の通常運転だと、彼は知らない
ウルリア公爵視点です
普段通りに仕事をしていたら、妻が泣きながら訴えてきた。仕事中だというのに困ったものだ。昔は可愛らしかったのだが………時間とは残酷なものだ。
妻が話した内容は、意外にも興味深いものだった。人族の国の使者から不当な扱いを受けた。辱しめられたと言うのだ。
外交は今まですべて我が領地が取り仕切って来た。外敵から真っ先に狙われる国の外れが領地なのだから、そのぐらいの旨味がなくてはやってられない。
しかし、その領分に土足で踏みいってきた男がいた。マコト=ノガミ=ユーフォリア。国一番の美姫を射止めたばかりか、友人が他国の中枢に居るなどといい、新たな外交ルートを開拓しようとしたのだ。王に進言したが、奴はボクチクやらヒンシュカイリョウやらで民の機嫌を取っていたせいか、却下された。
招いた使者が事故にあったと聞き、いい気味だと思っていたが……無事たどり着いてしまったらしい。
「………詳しく聞こうか」
我が家の繁栄のためにも、使者にはお帰り願いたい。トラブルメーカーな妻も、たまにはいい仕事をするものだ。私は静かに微笑んだ。
驚くべきことに、使者は若い娘だという。ユーフォリアを舐めているのか、よほどの傑物か………判断しかねた。ただ、妻の話からそれなりに口が回るらしい。
娘は、美しかった。威嚇のため、武装した部下を連れてきたが、怯えるそぶりもない。真っ直ぐにこちらを見る瞳に、純粋な意思の強さを感じた。
「大勢で失礼する。妻が失態について執拗に叱責されたと訴えているのですが、事実でしょうか?」
とりあえず、端的に用件を伝える。娘はあきれた様子を隠さずに返答した。
「一部は事実ですが、全部ではありませんわね。執拗にとの事ですが、奥方から謝意が微塵も感じられませんでしたから。そもそも、奥方が何をしたからこのような事態に陥ったかご存知ですの?その上で抗議なさっているのでしたら、公爵様はクリスティアやウルファネア……人族・猿族・狼族・犬族を内包するすべての国家と戦争でもなさるおつもりで?」
なるほど。妻の方に非があるのは間違いないようだ。そうなれば、ユーフォリアは確実に滅ぶだろう。
「いいえ、そのようなつもりはございませんが、我々にも矜持がございます」
「では、どういたしましょうか。奥方はわたくしに『不当かつ執拗に』謝罪を要求されたと言い、わたくしは『謝意を感じられなかったため、妥当だ』と言っております」
「そうですね。互いの話は平行線だ。ですから、私と勝負していただけませんかな?」
「勝負?」
妻に非があるなんて、百も承知だ。私は今回、妻が起こした騒動を利用して、使者である彼女を追い出したいのだ。娘は少しだけ考えてから、勝負を承諾した。
勝負の方法はバトル・カウ。娯楽に乏しいこの国で、我が家が広めたものだ。花形のバトル・カウマスターは我が家のお抱え。審査員も私の部下達だ。あの娘が勝てる要素は万にひとつもない。
あの娘が頼れるのは、忌々しい獣ぐらいだろう。娘の夫は見るからに優男で荒事向きではない。奴は……あの狼は、腕こそ立つが魅せる戦いなどしたことがない。せいぜい恥をかくがよい。ああ、楽しみだ。
しかし、予想外な事に、娘自身が参加すると言ってきた。バトル・カウがいかに過酷かを見せ、こちらがハンデをおったと思わせるためにこちらが先攻とした。
バトル・カウ専用の闘技場で一番人気のバトル・カウマスターがひらりひらりと牛魔物をかわす。そのたびに歓声があがる。やがてバトル・カウマスターは疲れた牛魔物を縛り上げ、その背に飛び乗った。
娘はドレスのまま闘技場に立ち、一瞬で服を変えてみせた。あえて見せつけるように髪を結い、艶然と微笑んだ。その表情は自信に満ちていて……怯えなど微塵もない。
そしてそこから、娘のショータイムが始まった。
牛魔物がより強力なモノ……名前は知らないが生け捕りにする際かなりの負傷者が出た奴を連れてきた。それでも娘の表情は変わらない。
「棄権しますか?」
気をきかせたのか、審判が娘に話しかけていた。
「いいえ、ずいぶん美味しそ…………活きがよさそうな牛さんですわね」
今、おいしそうと言いかけなかったか!?我が耳を疑っていたら開始と共にオープンゲートを突き破って巨大な牛魔物が突進してきた。娘は、難なくひらりとかわす。長年バトル・カウを見てきたからわかる。娘は、遊んでいた。
目の前の光景に、私自身が目を疑っているが……娘は、遊んでいたのだ。緊張なく、あくまで自然に。かわしながらもあくまで可憐に、優美に、観客をその所作で魅了する。
美しい。これは、文句なしのショーだ。
「ロザリンド様、カッコいい!!」
声援に、余裕で手を振るほどの余裕。娘は、私が選んだバトル・カウマスターよりも上位………バトル・カウゴッドと呼んでも差し支えない能力の持ち主だった。
頃合いとみたのか、娘の周囲に青い光が集まり始めた。光は一気に氷へと変じる。それをまるで、粘土細工でもするかのように娘が舞いながらナニかを作っていく。氷の建造物も娘も、ため息が出るほどに美しく……歌は魂を揺さぶられるようで…………幻想的であった。
すっかり存在を忘れていた魔物は、娘が作った見事な氷の城のてっぺんで震えていた。なんだか哀れみさえ覚える。
「……なんにも怖くないわ♪」
歌のフィナーレで魔物はで氷の城の塔からのびる滑り台を一気に滑っていく。これは大惨事では!?と思ったら、空中で高速回転し、緩やかに着地した。魔法………なのか?
娘は魔物の背に乗り、ロープをリボン結びした。格の違いを悟った魔物は、怯えて微動だにしない。
一拍遅れて大歓声が響き渡った。私も、自然と立ちあがり拍手をしていた。
「素晴らしい!!これは………新しい芸術だ!!」
バトル・カウマスターは号泣していた。彼は私よりも彼女のすごさを感じたに違いない。間違いなく、あれは最高のショーだった。もう一度、あの歌を聞きたいと思うぐらいに。
冷静になってから、思った。
公爵令嬢って、こんな異常な戦闘力があるわけがない。影武者か!??影武者だな!?
しかし、これはまだ序章に過ぎなかったと私は嫌でも知ることになる。それを、今の私はまだ知らない。




