魔法院長の受難・後編
魔法院長視点です。
魔法使いたるもの、常に冷静であれ。
これは、魔法院に入り誰しもが必ず最初に学ぶこと…いや、魔法を学ぶ者が必ず最初に教わる基本中の基本である。実際に感情の揺らぎは魔法の失敗に繋がる。だから私に魔法使いは向いていた。世界はいつもフィルター越しで、他人事 だったから。でも、それは幸か不幸か…知らなかったんだよ。
「ぎゃあああああああ!!」
自分がこんな必死に叫ぶとか。
「うおおおおおおおお!!」
自分がこんな全力でにげるとか。
「こっええええええ!!」
本気で恐怖を感じたときって、余裕なくなるとか知らなかったよ。
ぼよんぼよんの罠からどうにか脱出した私は、流石に疲れきっていた。休憩していたら、カサカサ…と音がした。もう次かい。せっかちだな…と音のする方向に目を向けると………
手が…………
手が…手首から上がない手だけがカサカサと虫みたいに這っていた。しかも……………いっぱい。
キモいグロいエグい怖い!!様々な嫌悪の感情が押し寄せ、気がつけば全力で走っていた。
無我夢中。まさしくそんな感じだ。曲がり角を曲がるべきか考えていたら、右から髪を振り乱した上半身しかない女が、肘で移動して………速い速い!ようやく加速の存在を思いだし、どうにか逃げきって部屋に隠れた。
床にへたりこむ。息が苦しいが、呼吸を整える。あの気味悪いモノ達にまた追われたら……………
急に部屋が明るくなり、自分が誘導されたという事実に今更ながら気がついた。ずらりと並ぶ、魔法植物達。
うん、みたことあるよー。知ってるよー。あれ、ルー君のだよね。あの口から、種吐くんだよね!前にやられたよ!すげー痛かったよ!!
そして、ルー君の魔法植物による一斉射撃が始まった。
「し、死ぬかと思った………」
全方位からの一斉射撃。魔具と結界によるゴリ押しでどうにか隣室に逃げました。いや、植物を傷つけたらルー君が確実にキレるし、結界解いたら餌食になるし…歩きながら全方位結界なんてやったことないから、魔力を余分に使っちゃうし…………まさか魔力切れ狙ってる!?魔具も魔力が無きゃただの飾りだ。そこに思い至り、青褪める。参った。まさか力押しで魔力切れをわざと起こさせようとする奴がいるなんて………魔力切れた魔法使いを罠にかけるとかなんなの!?鬼畜過ぎるよね!?普段魔力が余ってるから魔力ポーション持ち歩いてないのが裏目に出た!こっからじゃ倉庫は遠い…
廊下に出ることも転移もできない。廊下には手と怖い女がまだ待機してるかもしんないから却下!手前の部屋で力尽きる可能性も否定できない。転移…実は魔法院全体に結界があって使えないんだよねー。しかもこの状況。魔力の無駄遣いはできない。
また部屋が明るくなる………自然と体が強ばり緊張した。スポットライトが部屋の中央…ステージを照らした。誰かいる?目をこらし、じっと見た。
「ハピネス☆クラクラ☆ミラクルチャージ☆魔法少女蔵之助☆クラリンって呼んで欲しいの☆」
私は、ステージに立つ、ちっさいフリフリ衣装のじじいを目の当たりにして床に崩れ落ちた。私の緊張を返せ…………!!
誰!?これ考えたの誰!?メンタルがゴッリゴリ削れたよ!頭イカれてんじゃねーの!?じじいはさ?ボケてるから仕方ないよ!でもそのボケじじいを見事にデコレーションして芸仕込んでお披露目するって何したいの!?そもそも、これ罠なの!?
お前もグルなのかよとか、お前朝忠告してきたけど知ってたのかよタチ悪いなとか、問い詰める気力も根こそぎなくなったわ!!地べたに寝転ぶ私。もう何も考えたくない。
つんつん、と私をつつくじじい。もうほっといてくれよ。
「エドモンモン………」
誰がエドモンモンだよ。もはやそこに文句を言う気力も体力もない。しかし、しつこくつついてくるじじいに、根負けした。
「あー?」
「うえ、うえ」
「上?」
じーさんの指さすままに上を見上げ…
「○×△□!?⬇↘➡+P!!」
人間は、あまりにもパニックを起こすともはや言葉を話せないらしい。我ながら意味不明だったし、ちびってしまった。しかし、漏らさなかった自分を誉めてやりたい。
天井に、みっしり…顔。照明以外、みっしり顔。これ、完全にトラウマレベルだと思う!!じじいはただの囮で、こっちが本命だったんだね!!しかもさらに恐ろしいことに、天井…………明らかに下がってきてるじゃねーか!!しかも顔から謎の液体が………いやあああああ!!いや、体液じゃないと解ってても、嫌悪感がはんぱねぇわ!!
もはや一刻の猶予もない。手も恐ろしいが(もはや魔法植物による一斉射撃は脅威でもなんでもない)この顔のヨダレ的ななんかを越えていきたくない!!
覚悟を決めて背後のドアに飛び込もうとした。
「えい」
「は?」
押された。
頭がついていかない。予想外の攻撃に、ぶざまに尻餅をついた。そして、謎の液体でスリップした。これ、油的ななんかだ!私はそれはもう、間抜けな顔をしていただろう。じじいに押され、勢いのままに滑っていく。
「くっそじじいぃぃぃ!!」
あっという間にじじいは見えなくなる。扉は自動で開きました。そして、私はひたすらに滑っていく。は、速い!!既に床はやたら滑りのいい氷でコーティングされており、止まれない。風で勢いを殺そうと試みるが、勢いは止まらない。いや、むしろ、加速している!?背後を確認すると、途中触れると加速する陣が設置されていたようだ。
「ふ、浮遊!」
そう、浮遊すれば………しかし、ここで残念なことが起きた。
「!?」
尻が………………………出た。
氷ですれて、ズボンと下着が破けた。尻が冷たい。なんつーえげつない罠だ!!誰だよ!考えたやつ!!悪魔だ!本物の悪魔だよ!!ビックリしすぎて展開しようとしてた浮遊の術式が霧散する。
そして、私はついに空中に投げ出され…………噴水に落ちた。ちなみに尻は魔具で回復されて傷なし。結界は間に合ったので、他に怪我はしなかったが…魔力は切れた。
そして、敗北感にうちひしがれ、もはや噴水から出る気力もない私の前に悪魔っ子が現れた。
「やりすぎました。ごめんなさい」
それはもう、見事な土下座だった。あと何人かも土下座してた。だれだっけか。エルンストとルー君は土下座してなかった。
「あー、うん」
どうでもいいわ。疲れたし、尻寒い。
「院長さぁぁぁん!!戻ってきてぇぇ!?」
ちなみに、私は魔力切れで無気力になってたようだ。魔力ポーションで魔力が戻ったらいつも通りになりました。
ルー君には、これに懲りたら真面目に働けと言われた。…またあの悪魔っ子に罠作らせるよという一言に、反射的に土下座するようになりました。悪魔っ子、怖い。世の中には軽い気持ちでちょっかいだしたらダメな存在がいると学びました。
正直…やりすぎた感が否めない。次回はロザリンド視点です。補足が入ると思われます。




