彼女と私
アルフィージ様視点になります。
不本意ながらカーティスに担がれ、うとうとしたら夢を見た。昔、初めて出会ったとき、彼女は幼い子供だった。聖獣を怖がらない変わった子供。
アルディンをベコベコにへこませ、アルディンに都合を合わせない稀有な人間。大人であっても王太子に媚びへつらうのに、彼女は全くそれがなかった。アルディンにとって唯一の『対等な人間』となっていた。
私が彼女とうわべでなく本当に仲良くなったのは、ほんの偶然だった。気まぐれで勉強の息抜きに庭園を散歩していたら、彼女がいた。彼女は…
罠を作っていた。
この三歳は何を…いや、見てわかる。ワイヤートラップだ。踏んだら宙吊りになるやつだ。
「何をしてるんだい?」
「うにゃっ!?」
私が声をかけると猫みたいな悲鳴をあげ、私を見ると彼女は目を見開き…へらりと笑った。
「………罠を作ってました」
うん、見たらわかる。
「…誰を罠にかける気なんだい?」
アルディンじゃないことを祈る。彼女の仕事をしょっちゅう邪魔してるし、怒ってても仕方ないが、知ってて止めないわけにはいかない。
「あの、小太りな文官で…」
「ああ、ならいいや」
興味を失い立ち去ろうとした私に、彼女は声をかけた。アルディン以外なら罠にかけるなり好きにすればいいと言おうとしたら、彼女は予想外のことを言った。
「…アルフィージ様」
「何」
「…見ていきませんか?」
正直、面白そうだと思った。実際にえばりくさったオッサン…私にも散々嫌みをいってくる気取った貴族があわてふためく様は爽快だった。
ただ、後でそいつに会ったらカツラがずれてたのもあって笑いをこらえるのが大変だった。
「ふふっあはははは!」
嫌みな貴族が居なくなってから笑い転げる私に、彼女は穏やかに笑った。
「ああ、そんな風にも笑えるんですね。そっちの方がいいですよ。アルフィージ様の作り笑顔、不自然で好きじゃないです」
「………は?」
彼女は私が心から笑ってないと知っていた。それから彼女は、私のいたずら仲間兼愚痴相手になった。
彼女の側は心地いい。彼女は私に何も期待していないから。悪い子でもいい。私は皮をかぶらなくていい。優しく張り付けた笑顔より、悪さをして笑う顔がいいと言う。
ある日、彼女は私に言った。
「アルフィージ様、猫をかぶらなくなりましたよね。隠そうよ!腹黒通りすぎて真っ黒だよ!」
「別に、黒くたって君はかまわないだろう?」
「あー、まあ…愛想笑いよりはいっか」
ほら、気にしないでくれる。
彼女は天才だが平和な人間だ。例えば、悪戯のために個人を認識して発動するトラップを作る。暗殺に使えそうだと言ったら即座に破壊した。彼女は平和な人だから、アルディンみたいな事を言う。
「アルフィージ様は優しいですね」
そんなはずはない。優しいのは君やアルディンだろう。そもそも優しい人間だったら暗殺を考えたりしないだろう。
「兄上は優しいんだ」
そんなはずはない。私は…
「アルフィージ様、自分を出すようになりましたよね」
それは…そうだな。自分を出しても大丈夫な人間がいる。それは私を安心させた。アルディンだって、私がイジワルをしたって嫌わない。どれだけ底意地悪いことを言っても、ルーは止めはしても引かない。私が素で接したって彼女は私を疎まない。
ずっと周囲は敵ばかりで、いい子に擬態しなきゃいけなかった私を彼女が…彼女達が変えた。アルディンとの関係も、彼女や彼女の兄との関係も。そして、彼女は私に味方を与えた。
カーティス=ブラン。彼は私に近い人間だ。必要なら殺せる。だが…私はカーティスに暗殺者として殺しをさせたいと思わない。カーティスの身の上は聞いた。彼はいびつだが…暗殺者ではなくカーティスとして生きると決めたのだから、尊重すべきだ。
そして、カーティスもまた私に変化を与えた。母との和解はカーティスのおかげだ。彼は物騒で気まぐれだが、私を助けようと…手伝おうとしてくれる。照れ臭くて言えないが、部下ではなく年の離れた友人と思っている。
日々を退屈に過ごしてきた。嫌なことばかりだった私は…今は退屈なんてしていない。カーティスとくだらないやりとりをしたり、アルディンをかわいがったり、ルーと弟妹自慢合戦をしたり、たまに彼女と遊んだり…私は今幸せ、なのだと思う。
私は懐かしく幸せな夢からさめ、現実を見た。ここはレイデ火山。夕方になった。カーティス達が夜営の準備をしようとしたら、彼女…ロザリンド嬢がしなくていいと鍵を取り出して…いきなり現れた木に張りついた扉をあけた。扉のなかは、明らかに別空間だった。彼女はとんでもない秘密をたまにぶん投げてくる。例えばユグドラシルとかだ。あれには驚いた。
「ロザリンド嬢、説明」
「喜んで!」
救世の聖女…勇者の遺産。さらには彼女の贈り人が勇者の姪だという。説明を聞いて更に頭が痛い。
形見としてクリスティアにある勇者の遺産を返すべきだろうか。戻ったら王に相談しなければなるまい。黙っていたら怒っていると勘違いした彼女が、目に見えてオロオロしだした。面白いのでしばらく放置してからクリスティアにある勇者の遺産の話をしたら、膨れた。忙しいことだ。
翌日、彼女は全員に高価な対火属性魔具を配った。どこまで通用するか不明だが、あって困るものではない。
また山歩きになったが、私は足手まといなので今回は最初からカーティスに担がれることになった。しかし、年上の自分だけが担がれるのはなさけない。ロザリンド嬢がおかしいんだと自分に言い聞かせる(いや、実際こんなに歩ける7歳はいない)ジェンドとオルドは獣人だから体力で負けても仕方ない、と自分にいいわけをしていた。
私が担がれたことで、驚異的なスピードで山頂にたどり着いた。
そして、私はロザリンド嬢が変人であることを再度認識した。頭はいいが、本当にどうなっているのだろうか。
ロザリンド=ローゼンベルクは本当に変わった令嬢である。
次からはまたロザリンド視点に戻ります。視点がロザリンド以外だと、途端にシリアス風味になる不思議。




