ウルファネアの真実
ディルク、お祖父様と一緒にお城に行くと、すぐに応接間に通されました。
「無事か、主!」
部屋の扉を開けたらジェスが飛び出してきました。
「ぐは!?」
勢いよくぶつかってこられました。いきなりだから避けられなかった。
「だから主じゃないったら…無事ですよ。心配させてごめんね」
応接間には王様、ジューダス様、シュシュさん、レオールさんが居ました。なんかジューダスさん、どよんとしてない?それは困るんだけどな。
「ロザリンド、すまない…私は君の優しさに甘えて君をひどい目に…」
「認識が甘かったのはお互い様です。私が無事だったのですから問題ありません」
「…すまない」
私はジューダス様の額にデコピンをかました。微動だにしないジューダス様。
「謝罪禁止。お礼なら受付中です」
「…ありがとう」
困ったように、でも確かにジューダス様は柔らかく微笑んだ。場の空気が和んだところで、お祖父様が話し始めた。
「さて聖女様に聞いていただきたいのは、この場にいる者達の役割についてです。我らは救世の聖女からとある使命を受け、ずっと守ってまいりました」
要約すると、救世の聖女はこの地で魔を封じたが、魔を滅ぼすには至らなかった。魔力干渉を受けにくい銀狼族の血に魔の一部を封じ、有事には魔を制御出来る魔豹族(お祖父様の一族)と聖属性を生来保持する金獅子族(シュシュさんとレオールさんの一族)を東西南北に配置し、それぞれ地の長とした。さらに北に魔豹族、南に銀狼族を配置したのは、北は高山があり、南には渓谷がある。他国に魔の蔓延を防ぐための布陣だったわけです。
しかし、ここで誤算がありました。族内婚を繰り返した結果子供が減り、恐らくは本能的に血を薄めるために、一族以外でのつがいが増えてしまった。
実際にジューダス様は銀狼とドラゴンの混血ですし、レオールさんも普通の獅子獣人との混血なんだそうです。
血が薄まり、魔の一部が発現してしまったのがジューダス様。お祖父様も、シュシュさんとレオールさんも抑えるまでしかできなかった。
「しかも、私は魔を抑える時に憑かれてしまった」
悲痛な表情のレオールさん。
「私はシュシュリーナ様への劣等感をつかれ、魔に支配されたのです。しかし、シュシュリーナ様を傷つけたことも、魔につけこまれたことも言い訳にすぎません。本当に申し訳ありませんでした。更に私は…魔に憑かれたと知りながら隠し続けた…私は最低の獣人です!」
レオールさんが泣き出してしまった。まぁ…うーん…シュシュさんにしたことは許しがたいけど…
「レオールさんは、それでも魔を抑えてましたよね?」
「は?」
「ミチュウさんが無事だったのですから、魔が他に憑かないように抑えてましたよね?」
「…はい」
「他に犠牲者は出てませんし、ぶっちゃけ過去をウダウダ言っても仕方ないですよね。覆らないですし」
「ふふ、そうだね。私も賛成だ。過去は過去だよ、レオール殿」
ふわりとシュシュさんが微笑んだ。
「まぁ、シュシュさんを傷つけといて助力を請えなかったのも分かります。プライドがあるから言えなかったのも分かります。次からはちゃんと助けを求めましょうね!以上!」
「うむ。気をつけるのだぞ、レオール殿。私も気をつける」
ぽかーんとするレオールさん。涙目になりながらも頷いた。私とシュシュさんはにっこりと笑いあう。
「うむ。過去をふりかえっても仕方ない」
王様も頷いた。
「そうです。で、ジューダス様の今後ですが…ジューダス様…」
あれ?ジューダス様の手を取ろうとしたら、逃げた。もう一度トライする。避けるジューダス様。
「す、すまない…体が勝手に…」
ジューダス様の意思では無いらしい。つまり、魔が嫌がっているのね。
「あ、悪巧み考えてる時の顔だ…」
ディルクに指摘された通り。私はにんまりと笑った。
「てい」
抱きしめようとする私。避けるジューダス様。
「あはははははははは」
「か、体が勝手に!?」
追う私。逃げるジューダス様。
「あはははははははは」
「は、きつい…げほっ!?」
追う私。むせながら逃げるジューダス様。
「あはははははははは」
「うああああん!わけわかんない!」
追う私。泣き叫びながら逃げるジューダス様…じゃなく、魔だな。ふははははは、逃がさん!!
「あはははははははは」
「怖い怖い怖い怖い怖い!真顔でくるなぁぁぁ!!」
実は全く笑わず、真顔であはははと言っていた私。部屋中を走り回る私達に、他の人達は固まっている。そうこうしているうちに、ついにジューダス様の魔が部屋のすみに追い詰められました。
「カバディカバディカバディカバディカバディ」
「は?」
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
昔リンがテレビで見たカバディの動きを真似る私。しかもノンブレスでカバディと唱え続ける。無表情の残念な私と意味不明かつ俊敏な動きと呪文的なカバディに、魔はすっかり怯えています。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
「い、いやああああああ!!」
そして、絶叫とともにジューダス様が倒れました。ジューダス様はすぐにむくりと起き上がり…困った表情をしています。
「…どうやら引っ込んだようだ。全く存在を感じない」
場が沈黙に包まれた。
「うむ、狙い通りです!」
ない胸をそらす私。うん、途中かなり悪のりしたけど、概ね狙い通りですよ!
「…ロザリンドはなにをしたかったの?」
ディルクが首をかしげて聞いてきました。確かに傍目から見たら意味不明の行動ですよね。
「嫌がらせ」
「納得した!」
さすがはマイダーリン!納得されちゃった!
「私、魔に嫌われたみたいですし、触られたくもないみたいだから絶対触ってやる!と思いました。後半のカバディはなんとなくと怯えてたんで全力で脅かしてやろうと頑張りました!」
「…結果として、魔は怯えきって隠れている」
ジューダス様は信じられないご様子です。
「なんという非常識娘…魔をビビらせるとか聞いたことないわよ」
チタに呆れられました。いいんですよ、結果オーライですから!
「そして、ジューダス様に私から呪文を授けます」
「カバディか」
「違います」
前から思ってたけど、ジューダス様もだいぶ天然だよね!カバディ…まぁ、効くかもしんないけどさ。
「ではなんだ?」
「ズバリ『幸せだなぁ』です」
『は?』
王様以外の全員が、は?と言って呆然としてしまった。え?おかしいですか?
「魔は負の感情を糧として増幅するシロモノですよね?」
「う…うむ」
お祖父様が頷いた。
「ならば、負の感情を出さぬよう幸せを感じればよいのです!自己暗示大事!ぶっちゃけ上を見れば上がいます。下を見れば下がいます。幸せを決めるのは己です!」
「まぁ…確かに」
若干納得した様子のジューダス様。まだまだおしますよ!
「ジューダス様は五体満足です。はい」
「…幸せだなぁ」
「ジューダス様は腕輪で魔を抑えられるようになりました。どこにだって行けます。はい」
「幸せ、だな」
「ジューダス様には心配してくれる優しい弟がいます。はい」
「…幸せだな」
「案外小さな幸せはどこにだって転がってます。ご飯がおいしい、誰かが喜んでくれた…自分が幸せか不幸かを決めるのは自分です!なので、ジューダス様は自分がどれっだけ恵まれてて幸せか、考えなさい!今から貴方はもっともっと幸せになるんですよ!」
「…ああ…幸せだ」
ジューダス様が涙をこぼした。とりあえず、魔がこれ以上力をつけることは阻止できるだろう。
「流石は薔薇に選ばれた聖女様だ」
「へ?」
「まさか、ロザリンドちゃんは薔薇の聖女なのか!?」
「ついに、ついに我らの主が現れたのですね!?」
お祖父様の言葉に目を輝かせるシュシュさんとレオールさん。私だけが今度は展開についていけてない。いや、ディルクもだ!よかった、仲間がいた!
「え?」
「ロザリンド…さすがは我が主だな!まさか薔薇の聖女だったとは…いや、俺の目に狂いはなかったということだ!」
ジェスも満足げだ。誰か、説明プリーズ!
「我が魔豹一族にはもう1つ護るべきものがございました。それがあの光の薔薇にございます。光の薔薇に選ばれしもの、魔を打ち払う希望となる。光の薔薇の勇者にお仕えすることが、我らのもう1つの使命にございました」
「せ、聖女イベント!?」
あああああ、思い出した!思い出しちゃったよ!?見たよ!私、光の薔薇はゲームで見てたよ!ウルファネア北にある廃墟のお屋敷…王様ルート解放後限定の隠しイベント!
偶然庭園であれ?このポイントだけ魔法使える。目の前に枯れた植物があるし緑の魔法でいいかなー、と軽い気持ちで魔法を使ったら、枯れた植物はさびれた庭園に灯る幻想的な光の薔薇になった……しかし私は結局王様ルートはクリアしてないから、このイベントが本編にどう関わるのかは知らない。ただ王様ルートオープン後にしか発生しないため、関わるのは確実だろう。精霊を救えないかルート確定前に行ってみたがダメだった。
結局私が知っているのは、ヒロインが遅かったということだ。光の薔薇は復活したが精霊はもうボロボロでヒロインに最後の力をふりしぼり加護を与える。そして、隠し属性である聖属性をオープンさせるのだ。その精霊は、確かにチタそっくりだった。なんで忘れてたんだよ!
このイベント後に城に行くと、何故か聖女と呼ばれるようになるのだが…こういうことだったの!?
「かくしいべんと?」
ディルクが首をかしげる。
「いや、こっちの話だから。チタは何か知ってる?」
「それが、アタシは薔薇を死なせないだけで手一杯で…ほとんど記憶がないのよ。何か大切な…頼まれごとがあったと思うんだけど」
「そっか」
しかし、そうなると気になる事がある。腕輪もなしに、ジューダス様はどうやってヒロインが来るまでもたせたのか。
「シュシュさん、偽りなく答えてください」
「…はい」
一番嘘をつけないタイプのシュシュさんに問いかけた。
「…金獅子族と、魔豹族は命と引き換えに魔を封じる…または力を殺ぐ能力がありますね?」
もはや、疑問ではなく確信に近かった。シュシュさんは目を見開いたが、肯定した。
だから、ゲームに彼らは居なかった。彼らの命と引き換えに、7年を得たジューダス様。下手したら、彼ら以外の命も使ったのかもしれない。想像して、ゾッとした。
あの、悲しげな優しい優しい王様は、何を思っていただろう。
全てが符合する。強くてニューゲーム状態のヒロインでなくては、ルートがスタートしない。したところで救えない。救世の聖女の遺物は近代兵器ばかりだったこと…全てが魔を倒す布石だったんだ。
「私、主になります!そのかわり、自害禁止!!魔でもなんでも、どうにかしてやろうじゃないですか!!」
「ふふ、さすがはロザリンド。俺も手伝うよ」
「頼りにしてます、ディルク。忙しくなりますよ!この7年が勝負です!」
私にとっても、恐らくこれが最大の死亡フラグとなるのだろう。
私は、悪役令嬢になんかならない!絶対死なないし、私の大切なものは死なせませんからね!決意を新たに、皆に指示を出すのでした。
シリアス先輩はここまでです。作者は今回楽しく書きました。どの辺りか…ここまで読んでくださった皆様なら理解してくださると
思ってます。
聖女フラグの決着は7年後になります。今からひたすら準備期間となりますよ。