お祖父様と家族
ディルク視点になります。
俺とロザリンドはお祖父様のお屋敷に到着した。そして屋敷の扉を開けたとたんに飛び出してきた黒豹の女性獣人にロザリンドは熱烈なハグをされた。慌てて引き剥がそうとしたら、彼女は通常運転でした。
「なんという羨まけしからんお胸…」
ロザリンドのそこへの執着はなんなんだろうか。いまだによくわからない。まぁ、大丈夫なのは解った。
「あの、初めまして…フィーディア叔母様…ですか?」
母からよく聞いていた。陽気で溌剌とした妹。黒髪にくせ毛でよく笑うのだと言っていた。
「ええ、そうよ」
不信に思う様子もなく、フィーディア叔母様はにっこりと笑った。
「母からよく話をうかがっていました。お会いできて嬉しいです」
あれ?フィーディア叔母様とお祖父様はなんで固まっているんだ?
「なんて言ってたの!?」
「なんと言っておった!?」
「え?」
そこはそんなに食いつくとこだろうか。不思議に思ったが、幼い頃に何度も聞かされた母の話を懐かしく思いながら話そうとした。
「あああ、ズルいズルい!お姉様!わたくし達もディルクちゃんからお話を聞きたいですわ!わたくしの事も当然!聞いてますわよね!」
さらさらの黒髪。細身の黒豹獣人の女性。穏やかそうな印象だ。
「ミュー叔母様…ですか?」
確か本名はミュディアだったかな?ミューは母がつけた愛称だ。ミュー叔母様は嬉しそうに何度も頷いた。
「そうよ!さ、入って入って!たくさんお話をしまょうね!」
叔母様達に連れられて、応接間…かな?に通された。そこには鍛えられた体躯の長髪男性とやたらひょろい短髪の男性がいた。どちらも黒豹獣人だ。
「初めまして、ディルク=バートンです。ディスク叔父様とディーゼル叔父様…ですか?」
ディスク叔父様は目を見開いて頷き、ディーゼル叔父様は嬉しそうに微笑んで笑った。
「やあ、待ってたよ」
ディーゼル叔父様は俺とロザリンドに椅子を引いてくれた。
「あ、私お土産にお菓子作ってきたんです。よろしければどうぞ!」
ロザリンドがバスケットを取り出した。うん。普通はビックリします。ウエストポーチから3倍はある大きめのバスケットが出てきたんだから。
「ケーキもありますよ!」
ロザリンドは更に…チーズケーキかな?あれすっごくおいしいんだよね…を取り出した。俺以外の黒豹獣人がロザリンドの手元とウエストポーチを交互に見ている。不思議だよね。ウルファネアは魔具自体が珍しい。
「彼女の鞄は魔具なんで、容量を魔法で大きくしているんですよ。彼女のお菓子は本当においしいですよ」
俺の言葉に納得したようだ。お茶が出され、ロザリンドのお菓子も並べられた。バスケットの中身はクッキーとスフレだった。チーズケーキは切り分けられた。普段ならまるごと食べるけど、たまにはいいかな。ロザリンドのお菓子はいつも通りおいしい。
「うまい!」
お祖父様が目を見開いた。うんうん、おいしいよね。
「はい、ロザリンドのお菓子は世界一ですから」
皆が微笑ましそうな表情をしていたけど、ロザリンドのお菓子を一口食べたら皆が無言でがっつき始めた。そして、瞬く間になくなった。
「本当に世界一ね!」
ミュー叔母様がキラキラした瞳でロザリンドを見ている。あの、口にチーズケーキがついてますよ?
ロザリンドのお菓子は大好評でした。
フィーディア叔母様とミュー叔母様には子供がいるのでぜひとも食べさせたいと言われ、ロザリンドはお土産を追加で出してました。ちなみにフィーディア叔母様の子供達は10歳と6歳、ミュー叔母様の子供達は3歳の双子だそうです。
俺の母さんは長女で、次女、三女、長男、次男の順に生まれたらしい。つまり、フィーディア叔母様、ミュー叔母様、ディスク叔父様、ディーゼル叔父様の順だ。男性2人はまだ未婚。お祖母様はディーゼル叔父様を生んでしばらくして亡くなったらしい。
屋敷に結婚したフィーディア叔母様とミュー叔母様が居たのは、たまたま筋肉祭り見物に来ていたから。タイミングが良かったようだ。
「…俺は騎士団で働いている。後で手合わせ願いたい。遠目だが、英雄に優るとも劣らぬ素晴らしい剣技だった」
「はい、後でぜひ!」
ディスク叔父様に笑顔で応じると、視界の端に小さな生きものが見えた。
「いらっしゃい、マディラ、マルラ。紹介するわね、ディルクちゃん、ロザリンドちゃん。私の息子たちよ」
小さな子供達に目線を合わせ、にっこりと笑った。
「俺はディルクだよ。よろしくね」
「私はロザリンドです。よろしくね」
ロザリンドも柔らかく微笑んだ。完璧な笑顔だけど、付き合いが長いせいか気がついてしまった。ロザリンドにはこの子達が子猫に見えてるんだろうな。なんというか、もふりたい!と顔に書いてあるよ。
「やら!にんげんとはなかよくしにゃい!」
「しにゃーい」
「マルラ!マディラ!」
ミュー叔母様が2人を叱ろうとした。しかし、ロザリンドはへらって笑った。
「えー?仲良くしてくれたら、魔法見せてあげたのになぁ。残念ね」
「「え?」」
子供は現金なものである。
「魔法?」
「魔法できる?」
瞳をキラキラと輝かせて、ロザリンドに話しかける。ロザリンドはウィンクを俺にして、子供達を連れて部屋から出ていった。
きっと、話を邪魔しないよう気を使ってくれたのだ。俺がここに来た理由を、果たそう。
「お祖父様、母は後悔していました。俺は、それを伝えたくてここに来ました」
「お前の母は、ディジャは…幸せではなかったと?」
「いいえ」
俺は首を振った。それはない。あの人は幸せだった。
「俺に毎日幸せだと話していました。でも、ちゃんとお祖父様と話して許しを得るべきだったとも言っていました」
「わしを、恨んでおったか?」
「いいえ。最期の心残りは、俺とここに来られなかったことだと言っていました。お祖父様、母は幸せでしたよ。母の最期の言葉をお伝えします」
俺は息を吸った。一言一句間違わないよう、母の最期を思い出す。
『私は幸せよ。素敵な旦那様と愛しい子…ディルクの成長を見守れないのが残念だけど。いつか、わからず屋のお父様に伝えてね。ちゃんと死ぬまで幸せだったわ…ごめんなさいって』
それが、母の最期。幸せそうに…眠るように息をひきとった。
「それから、母はよく皆さんの話をしていました。そしていつか俺を皆さんに紹介して、この屋敷の大好きな庭園も見せるのだと。母から聞くウルファネアの話はいつも面白くて、もっともっととよくねだっていました」
「お父様のバカ!」
「そうよ、意地はって!お姉様の結婚を認めないからよ!」
「あ、あたた!引っ掻くでないわ!し、仕方ないじゃろ!よりによって人間に嫁いで、差別が酷いクリスティアに行くなんぞ認められんわ!」
「母はお祖父様が心配してくれていたと理解してましたよ。それに…叔母様がた、お祖父様は毎年母に花を贈ってくださってます」
「「え?」」
「母の好きな薔薇を、毎年命日に」
「知っておったのか」
「はい。父から手紙を預かっています。本来ならば出向くべきだったのでしょうが、仕事がありまして。それに、本当は会いに行く予定はなかったんです」
自然と笑顔になってしまう。ウルファネアに行く数日前。母の命日に父とロザリンドで一緒に墓参りをして、たまたま母の遺言の話になった。するとロザリンドはニカッと笑った。
「なら、会いに行くか!ジェスにセッティングしてもらうね!大丈夫大丈夫!私はディルクのお祖父様ならいくら冷たくあしらわれようが、最後は仲良くなる自信があるよ!」
なんというか、ロザリンドなら出来てしまう気がした。ロザリンドは父を説得して手紙を書かせ、あっという間に今回の段取りを組んでしまった。
彼女はいとも簡単に背中を押して歩かせる。ロザリンドというきっかけがなかったら、多分俺はここに居なかった。
「きっかけは俺の婚約者でつがいのロザリンドでしたけど、本当にここに来て良かったです」
母はこの人達を愛していて、母は今も愛されている。母はお祖父様を恨んでなんかいないと伝えられて良かった。たくさん話をしたし、聞いた。幼い母の話はとても面白かった。
ロザリンドに会いたいな。君のおかげだと言いたい。
そして、話が終わってロザリンドを探しに行った。
「ぎゃはははははは!」
「あははははははは!」
「にゃはははははは!」
「わははははははは!」
爆笑する子供達。なんか増えてるし。しかもめちゃくちゃ仲良くなってるし。そんな中で、ロザリンドは女子にあるまじき変顔を披露していました。
「ぶふっ」
「あ、ディルク!?あ、あわわわわ…こ、これはにらめっこという遊びでして…」
吹き出した俺にあわあわと弁明するロザリンド。顔を真っ赤にして慌てている。普段はわりと大人びているからかなり珍しい表情だ。
俺の大事なつがいは、本当に予想外で面白くて可愛くて…最高だと思います!