迷子と黒狼と荒ぶる人達
とりあえず、ミケルの家は降格されてミケルは勘当されるらしいです。仕方ないかな。お家潰されなかっただけいいよね。本人も命があるだけでありがたいからと納得してました。ただ、家族に申し訳ないとしょんぼりしてて、なんか高飛車お嬢さんキャラじゃないのかもと思ったり。まぁ、おいおい人柄は見えてくるかな。
後はジェスに丸投げ…と思ったら、商人への情報提供のお礼にレシピあげなきゃいけなかったりとそれなりに面倒ごとがありました。
ひととおりが済んで歩いていたら、天井に物語のレリーフがあるのに気がつきました。少女が銀色狼獣人と…なんだろ。でっかい黒い魔物を倒す的な?伝説?物語?少女は贈り人なのかなとか天井を見ながら歩いてました。
上を向いて歩いた結果、ロザリンド7歳は見事迷子になりました。
ここどこよ。しかも、もふ丸もいないしボッチです。
オンリーロンリーロザリンドですよ!
途方にくれて外を見たら、テラスからデカイ黒もふもふが舞い降りて来ました。ジェスと違い、鳥の羽根つき黒狼です。ジェス並みにデカイ。私は迷わず駆け寄ると、懇願しました。
「すいません、道に迷いました!帰り道教えてください!客室に行きたいんです!」
このままでは、先ほどの騒動もあって、大捜索部隊が出てしまうかもしれません!ただの迷子なのに大捜索とかとんでもない羞恥プレイですよ!レジェンド迷子は勘弁です!
焦った私は土下座しました。頼む!皆の所に私を帰らせてくれ!
黒もふもふ…じゃなかった、狼さんは固まっていましたが、人型になると手招きしました。なかなかのイケメン。なんか見覚えあるイケメンだなぁ。素直についていく私。しばし無言で歩くのですが、私はかなり奥深くまで来ていたのか、客室エリアに着きません。
元黒狼なお兄さんは、私をとある部屋に入れるとお茶をくれました。執務室…かな?私は帰りたいんだが。茶をすする余裕はないんだが。
「お前は私を怖がらぬのだな。茶を飲んだら客室まで送る」
私はそれを聞いてお茶をイッキ飲みしました。公爵令嬢としてアウトかもしれませんが、今は私がレジェンド迷子になるかの瀬戸際です。今日に限って通信魔具も置いてきました。不特定多数に伝わってしまう拡声魔法は最終手段です。
「私と居るのはいやか?」
「そういう問題ではありません!緊急事態なのです!」
悲しげなお兄さんに私が簡単に状況を伝えるとお兄さんが呆れた表情でテーブルの上にあった魔具を鳴らしました。そんな便利な品がありましたね。テンパり過ぎてて忘れてたよ。現れたメイドさんに私の無事を伝えるよう、お兄さんは話してくれました。
私は安心して自分でお茶を淹れなおして飲みました。
「お兄さん、お話はなんですか?」
「ああ、何故お前は私を怖がらない。怖くないのか?」
「怖くありませんね。むしろなんでそんなこと聞くんですか?」
「私はわけのわからぬ生き物に姿が変わる。わけのわからぬものは恐ろしいだろう」
「お兄さんは混血なだけでしょう?別にわけわからなくないから恐ろしくありません」
「黒い色は魔の色だ」
「私の婚約者兼つがいも黒髪ですよ。私の髪にも黒が混じってますし、気になりません」
「………そうか」
「そうです」
話しててようやく思い出したよ。これ、第2王子じゃん!この人がジャッシュに呪いを?そんな風には見えないなぁ。
「貴方はクリスティアが嫌いですか?」
「ああ、嫌いだ」
お兄さんの瞳に、暗い炎が見えた。うん?魔力がおかしい?しかし、違和感は一瞬だけだった。
「だが、今回ウルファネアはクリスティアに多大な借りを作った。この命ある限り、害さないと約束しよう。肉の聖女よ、ありがとう」
「誰が肉の聖女ですか!変なあだ名つけないでくださいよ!」
「ふふふ、すまぬな。しかし、お前は予想以上に面白い」
ああ、面影があるよ。ヒロインに優しかった王様だ。クリスティアを害そうとしているのは貴方じゃないの?分からない。
「もし、貴方が贈り人を喚べたなら何を願いますか?」
「贈り人?」
「贈り人は強い願いに引き寄せられるようです。貴方が願うとしたら、なんでしょう」
「そうだな。私を怖がらず最期まで側に居て欲しい」
お兄さんは悲しげに微笑んだ。ああ、ゲームの王様の面影と重なる。
「そうですか」
なら、何故貴方はヒロインを手離したの?貴方の今の願いとは違うの?この人はひどくちぐはぐな気がした。だが、多分先ほどのクリスティアを害さないという言葉に嘘はないだろう。私の勘だが、多分間違いない。あれほど仕掛けておきながら、あっさり手を引く意味もよく分からないが、何故だか信じていい気がした。
「…すまないが、魔法院の種は回収できない。お前がなんとかしてくれ」
「言われなくともなんとかしますよ」
何故だろうか。この人は私の敵なのに、私への敵意がない。変な人だね。
「さて、送ろう」
お兄さん…第2王子は私をきちんと客室まで送ると消えてしまった。
まるで夢見ていたかのような感覚から、私は一気に現実に引き戻された。
「うわぁぁぁん!ロザリンドちゃん、無事だったんだねぇ」
「ハク!?」
「ロザリィ、心配しましたのよ!」
「大丈夫だったか?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
皆に囲まれた私。え?連絡しましたよね?困惑する私に、兄が説明してくれました。
「ハクがロザリンドの気配が消えたって叫んで落ち着かなかったんだ。だから皆心配してた」
「ご、ごめんなさい」
「で、なんでいきなりいなくなったわけ?」
「迷子になってました」
「……………」
うわぁぁぁん!兄の笑顔が超怖い!仕方ないじゃん!迷うんだよ!城ってそういう造りじゃないか!
「どうして迷子になったのかな?」
「天井に物語の絵があって、気になって上を向いて歩いてたら迷子になりました」
「ああ、だから精霊が気配を追えなかったんだな」
荒ぶるうちの子達の説得に駆り出された可哀想なジェスさんが説明してくれました。私が歩いてた区域は聖域と呼ばれ、全ての魔法が使用不能となるらしい。だから、気配というか魔力を探知する精霊からしてみたら、私は消えたように感じられたわけだ。
兄から久々にウメボシを喰らいました。痛い痛い痛い!兄、私一応女の子!加減ぷりーず!!
「この馬鹿妹がぁぁ!!どれっだけ皆が心配したと思ってるんだ!確かにロザリンドは強いけど、不死ではないんだ!急に居なくなれば心配することくらい分かれぇぇ!!」
「痛い痛い痛い!すいません!もうしません!」
「ルー、そのぐらいで。ロザリンドが無事で良かったよ」
ディルクが優しく兄のウメボシをやめさせて、私を撫でた。ああ、癒され…
「腹いせに危うくウルファネアを滅ぼすところだったよ」
癒されなかった!
腹いせに滅ぼすなよ!よくみたらディルク、目が全く笑ってませんよ!?超怖い!!病み属性を発動させちゃった!?
「ロザリンド、ディルクを止めんの大変だった。肉じゃが明日食いたい」
「かしこまりました」
カーティスがボロボロです。予想外にディルクは荒ぶっていたようです。
「ロザリンド、ロザリンド…」
「大丈夫だよ、ちゃんと居るよ」
ディルクが泣いてしまった。よく見たら、周囲もわりと泣いてる。わ、私のせい?というか、連絡したのは意味なかったの?
「一応私は大丈夫と連絡したのですが…」
「むしろ通信魔具とかで連絡が来ないから拉致されたんじゃと皆が不安になったんだよ。まったく人騒がせな」
真っ黒様に指摘されて黙る私。
「ディルク、皆もごめんなさい」
私は素直に謝罪した。
「うん。良かった、ありがとう、カーティス。うっかり怒りでウルファネアの兵士を片っ端からぶちのめすところだったよ」
…え?
「ボクも地盤沈下と大地震を起こして甚大な被害を起こすとこだったよぉ」
…ええ?
「ウム。怒リニ任セテ毒ノ霧ヲ城中ニ発生サセテ皆殺シスルトコロデアッタ」
「えええええ!?というか、なんで心配からウルファネア滅亡の危機に発展しちゃうかなぁ!?ただの迷子だったのに!」
「むしろ、宰相達の事件があったから迷子になったと思うよりは何らかに巻き込まれたと思うだろう。特に精霊のマンドラゴラは話が通じなくて大変だった。彼らが暴れだす前に戻ってきてくれて本当に良かった……」
全身から疲労を滲ませるジェス。
「本当にうちの子達がすいませんでした」
迷わず土下座する私。いや、まさかの迷子でウルファネアが大変な事になるところでした。
私は必死で皆をなだめて何度も謝罪しました。もう迷子には絶対なるまいと心に誓いました。